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番狂わせ

スポーツの試合では、実力者や前評判の高い選手が時折大舞台で敗戦するなど番狂わせが起こることもあります。 個人的に思い出すのは、近いところでは柔道の井上康生。アテネでは日本の柔道陣は予想どおり、あるいは予想以上に勝つ選手が多く、金・銀を多く獲得してきましたが、井上康生は金当確と思われていただけに、早くの敗戦は驚きでした。オリンピックでは団長も務めていたことももしかするとプレッシャーになったのかもしれません。でも、彼のすばらしいのは、敗戦しても日本の団長として最後まで他の競技など現地で応援し続けたことだと思います。 少し前では1983年夏の甲子園の準決勝池田ーPL学園です。このころは池田水野投手の実力が抜きん出てて、またチームも常勝チームでしたので、当然優勝と思っていました。しかし、ふたを開けてみると、当時1年生の桑田・清原擁するPLが水野を打ちまくり、7-0で完封勝ちしました。その後のKKコンビの活躍をみれば当然かもしれませんが、このとき2人はそれほど有名ではなかったので、呆然としたのを覚えています。 何か番狂わせの試合がありましたら教えてください。

質問者が選んだベストアンサー

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回答No.1

私の一番の番狂わせは、1996年のアトランタオリンピックのサッカーの日本対ブラジル戦です。 恐らく、同じ条件で何回試合をしても日本が負けるだろうと思われるくらい、当時実力に差がありました。 1-0で勝てたのは、『マイアミの奇跡』。

pacemen888
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。個人的には当時は見ていませんが、昨年のWカップのブラジル戦の関連番組などで知ったと思います。どういう状況で勝てたのかよくわかりませんが、日本のレベルは年々上がっているとはいえ、天下のブラジルに勝てるとはまさに奇跡ですね。

その他の回答 (1)

  • -Harry-
  • ベストアンサー率50% (24/48)
回答No.2

私が特に印象に残っているのは……陸上競技1500mのヒシャム・エルゲルージですかね。 優勝候補だったアトランタでは転倒で最下位、その後世界選手権なども含めて負けなしで優勝間違いなしといわれたシドニーではケニアの選手にラスト50mで抜かれて銀とオリンピックでは不運な選手でした。 アテネではそれを払拭するかのごとくP・ヌルミ以来80年ぶりの1500m、5000m二冠の偉業を達成しましたが…

pacemen888
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。ヒシャム・エルゲルージさんは不勉強で申し訳ありませんが、存じません。アトランタ・シドニーとオリンピックでは不運が続くも、アテネで見事に実力を発揮されたのですね。

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