- ベストアンサー
クリスチャンが仏教の葬儀に出席する時
カトリックの人はロザリオを持っていけると思うのですが プロテスタントは偶像崇拝で何も持っていけませんよね? もっと言うと、本当は出席してはいけないのですよね? (プロテスタントの教会に通っていますが、偶像崇拝禁止が もやもやしていて未だ誓うことが出来ない未熟者です)
- みんなの回答 (6)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
安らかに眠るようにと心でお祈り形はみんなの真似焼香スタイルでしてます。 あなたが仏教を信じていないなら偶像崇拝しに行くわけではありません 他の人をつまずかせないようにするのも私たちの務め 神様は日本にこのような宗教があることはご存知です。だから心配しない。心で真の救い主に出会い 受け入れ天国に行きますようにと心から祈ればあなたの祈りは天でも聞かれます。安心して行ってください。
その他の回答 (5)
- tangerine1
- ベストアンサー率10% (2/20)
私はプロテスタント信者ですが、親の教えで、どんな宗教の葬儀でも、その宗教の仕来りに倣って参列(出席)しています。 仏式にしろ神式にしろ、そこでキリスト教式の参列をすることは故人や親族の方々を侮辱するような行為にもなりかねませんので、間違いのないように、先の方々のやり方を見習って外見の作法には気をつけていますが、祈る相手は自分の神様に祈っていますよ。 体裁ではなく核が自分の宗教にあればいいのではないでしょうか。
- ucok
- ベストアンサー率37% (4288/11421)
カトリックやらプロテスタントやら、周りにわんさかいますが、みんな、仏式の葬儀に出席しています。でも、どうしても気になるなら、通っておられる教会の牧師さんにご相談になって、そのかたの指示に従うといいでしょう。 ただ、私個人は、こういうふうに考えています。葬儀における神や仏といった宗教的象徴は、故人が心安らかに逝くためのものである。しかし、参列者がその宗教的象徴に祈りを捧げたくないならば、葬儀で祈らなければいい。代わりに、故人に思いを捧げればいい。つまり、「仏様よ、亡くなった私の友人を極楽に導いてね」とは祈らず、「亡くなった私の友人よ、安らかに眠ってね」とだけ祈ればいい。「キリストのもとで眠って」とか考えなくてもいいし、どうしても考えたければ、そっと胸のうちで考えればいい。焼香は辞退したければ、係りの人に事情を話してそうすればいい。 参列すれば遺族は安心します。そして、どんな宗教でも、人を安心させる行為を肯定しているんじゃないかと思います。
- zumichann
- ベストアンサー率39% (892/2250)
出席していけないことはありません。 私の母はプロテスタントの教会で洗礼を受けたクリスチャンですが、私が生まれてからだけでも4回身内の葬式に出ています。 うち1回は神道、2回は仏教です。 身内以外でしたらもっと行っています。ほとんどが仏式です。
- galluda
- ベストアンサー率35% (440/1242)
がると申します。 自らの行動を自らの宗教によって規制するのは良いと思うのですが。 同じくらいに、行動の元である「想い」や、相手の立場状況を「慮る」こともまた、大切なのではないでしょうか? 葬儀の本質は「故人を想う」ことであると、私は思います。 また、葬儀の場に行くのであれば、そこは「ご自身の領域」ではなくて「相手の領域」です。 教えの「言葉」をうのみにするのではなく。 その本質と、相手への配慮とをきちんととらえることが肝要だと、私は考えます。
- nanapatkal
- ベストアンサー率39% (110/281)
>カトリックの人はロザリオを持っていける・・・ いや、いけませんて。葬儀が仏式なら参列者も仏式に習わなければなりません。それが無理なら無宗教的にお悔やみします。数珠もロザリオもなしで参列することです。 ロザリオを持ってお悔やみをしたいなら、後日墓前等で個人的にします。プロテスタント(にもいろいろあるかと思いますが?)と言えども同じことでしょう。大切な方の仏式の葬儀に参列してはいけないなんて、そんな非人道的な宗教ですか、キリスト教は?