一応ウイルス検査の専門家ということで知っていることを書かせていただきます。
まず現在ある技術から書きますと、例えばPCRの話が出たのでその話から。
PCRとは、目的の遺伝子のある特定の部分のみを増やす技術です。
No.1さんが書かれた「ウイルスの断片から遺伝子を復元し」というのはちょっと誤解を含んでいますが、要するに「検体中にある特定の遺伝子が存在したか否か」を比較的容易に判定できる技術です。
プローブの話が出たのでちょっと詳しい話をしますが、PCRを行うには目的の遺伝子の塩基配列にマッチする「プライマー」というものの設計が必要です。「モノ」としてのプライマーはプローブと基本的に同じで、PCRに使われるものをプライマーと呼ぶ、くらいの理解でOKだと思います。
つまりある特定の塩基配列に相補的に結合する短いDNAをプライマーとして使うわけです。これを増幅したい遺伝子の2カ所に設定することにより、2つのプライマーで挟まれた領域が増幅されます。
ですので、PCRを行うためには、原則として「増幅したい遺伝子の塩基配列が判っていること」が条件となります。
ま、ウイルスのゲノムはどれも短いものですから、新種のウイルスであっても全塩基配列を調べることは容易です。「遺伝子」としての機能解析となると話は別ですが、配列を調べてプライマーを設定すること自体は決して難しくありません。
ウイルスの中には変異が激しいものもあります。No.1の方はエイズウイルスを例に挙げておられますが、インフルエンザウイルスのようにもっと激しいものも多くあります。
ですがこれも、ゲノムの全領域に渡って激しく変異しているわけではなく、比較的保存性が高い領域は必ずありますので、そこを標的にプライマーを設計すれば、かなり汎用性が高いPCR系を組むことができるでしょう。インフルエンザにしてもエイズウイルスにしても、抗原部位をコードする領域は絶えず変異していますが、非構造蛋白(酵素など)をコードする領域は比較的保存性が高いことが多いですし、非翻訳領域などの領域がプライマー設計に適している場合も多々あります。
なのでPCR系を作出してそれで検査を行うこと自体は別に現在の技術でも難しくはありません。
ただし。
ウイルス遺伝子はタンパク質の殻(カプシド)に守られていますので、「検体をそのままPCRにかける」ことは基本的に著しく感度が落ちます。元々空気中のウイルス量などたかがしれていますから、すなわち「検出不可能」となる可能性が高いです。
臓器検体や血液などからPCRでウイルス遺伝子を検出する際には、ほとんどの場合「核酸(DNAまたはRNA)を抽出する作業」が必要になります。最もベーシックな方法はフェノール系の薬品でタンパク質を変性させてエタノールで核酸を沈殿させるという手法ですが、これは現在いろいろなキットが販売されていて、多少楽になってはいます。
ですがどれも小1時間以上はかかり、またそれなりに煩雑で神経を使う作業です。
なので「空気中のウイルスを検出」することは原理的に不可能ではないと思いますが、「センサーでちょちょいと」というわけにはいかないですね。PCRは温度をかけてDNA合成をさせる技術ですので、そもそもコントロールされた実験室内での仕事、ということはおそらく当分変わらないと思います。
さて、「センサーで空気中のウイルスを検出」ということになると、まっさきに思いつくのがパーティクルカウンターのようなもので空気中の微細粒子の存在を検出すること、となるのですが、これも残念なことにウイルスはあまりにも小さいので光学系の装置では検出は不可能です。
これは科学が進歩すればあるいは、というレベルの話ではなく、物理的に光の波長よりウイルスが小さいという問題に起因するものですから、「光学系では不可能」ということが判っている、という話です。
現にウイルスは普通の顕微鏡では見ることができません。
ウイルスを観察するには電子顕微鏡が必要で、これはNo.1さんが書かれているように(少し大げさにしても)実験室を丸々1部屋、という程度の規模になります。
これが将来携帯できる程度の大きさになるか、と聞かれると、とてもそんな世界など想像もできないのですが、まあ遠い将来にはそんなこともあるかもね、くらいしか言えません。
ただ、それだけの高倍率での観察系ということになると、例えばコップくらいの容積の空気中から、1億個くらいのウイルス粒子を探せ、という話であっても、大海原に落ちてしまった10円玉を探せ、くらいのスケール比になってしまいます(別に厳密に計算したわけでもないですが)。
1視野を5秒でサーチするとしても、もしかしたら1年間サーチしてもコップの中の空気の判定が終わらないかも・・・(別にこれも厳密に計算したわけではないです)
下痢便中からウイルス(ノロなど)の存在を電子顕微鏡でサーチできるのは、下痢便1g中に1~10億個くらいのウイルスが含まれており、それを超遠心などで濃縮するから可能なのです。空気中のウイルス、となるとかなり絶望的な感じがします。
もうひとつ問題が。
仮にウイルス粒子を検出できる手法が存在するとすれば、その検出器は空気中に漂うありとあらゆる粒子をも検出してしまうでしょう。
参考までにウイルス粒子のだいたいの大きさを書いておきます。
小さいもので20nmほど、大きいもので400nmくらいですか。
1mmの千分の一が1um(マイクロメートル)、そのさらに千分の一が1nm(ナノメートル)です。ですから言い換えると0.02~0.4umくらい、mmに換算すると0.00002~0.0004mm、です。
まあいつかは実現するかもしれませんが、その道はかように遠く険しい、というわけで、現在の技術レベルではまだ想像もできないお話だったりします。
お礼
遅れてすいません。。。! みなさん色々詳しいお話ありがとうございました!! 不可能な部分が多かったのは残念でしたが、なんか実現が絶対!!不可能じゃないんだなということも感じました。 後、メーカーさんの解説も絶対、本当!ということはないんだなということも勉強させていただきました。 またオレの思いつきに付き合ってもらえるようでしたらお願いいたします。