質問だけではあまり細かな回答ができないのですが、#1のご回答との関係で書くと、現在の中国の仏教のあり方は人畜無害なものですが、基本的に共産党政府の思惑を考慮しない訳にはいかないでしょう。中華人民共和国になって以来、国家的に仏教遺跡の修復などは実施されていますが、基本的に仏教は個人の信仰の範囲に限定されていますよね。
それから、日本との比較で中国の仏教がインド仏教に近いかどうか、インド仏教の定義もふくめて慎重に比較する必要があると思います。経時変化が大きすぎるためです。
そもそも仏教渡来時に遡れば、老荘思想の中で仏教を理解したり、あるいはそれを媒介として仏教を説く「格義仏教」も盛んでした。
唐代は中国仏教が最も勢力を持った時代だと思いますが、この時代には民衆教化のために一般民衆におもねた疑経(例えば「父母恩重経」など)が多く生まれています。また、儒教の論理と仏教の論理を牽強付会に結びつける動(五常と五戒を同一視するなど)も根強くありました。
さらに宋代に下れば、(道元も正法眼蔵の中で批判していますが)儒教・道教・仏教の融合を説く三教一致、いわゆる三教調和説が幅をきかせたことは有名ですね。
こういう中国仏教の流れは一様ではありませんが、基本的に道教と儒教のなかで相当の変節があるのは明らかです。日本にもそのまま伝わっている十王思想(道教の冥府思想との習合)などがいい例ですが、こういう動きを見れば少なくとも日本の神仏習合と比較してどちらが純粋仏教(?)か簡単に判断するのは、かなり困難でしょうね。比較するにしても、教学レベルなのか、民衆の受容レベルなのか、いろいろありますし。
鎌田茂雄「中国仏教史」(岩波書店)などによると、明代の仏教は歴史のなかで最も民衆に浸透し、外来宗教から脱却して中国人の思想になった、という内容が書かれていますが、それは要するに民衆レベルの仏教では道教思想などとの違和感ない融合が完成した、という意味でもあるわけです。