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近年の教育界
いわゆる義務教育はとうの昔に卒業しましたが、 最近の教育界の問題はどのような点にあるでしょう? また地域社会との連携、問題点、課題などについて教えてください。
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学級崩壊と呼ばれるものが起こっています。これにより私立中学校へと流れてしまう子が多いと聞きますが、全国的には、圧倒的に私立学校のほうが学級崩壊は多いようです。ただ、私立学校は悪評判がたつとすぐに閉校(=民間で言うところの倒産)に追い込まれるので、ひた隠しにします。東大・京大クラスの進学高校においてても、そのほとんどが塾化しており、およそ学校とは呼べないほど実態は悲惨だそうです。受験に必要のない授業では授業が成立しなかったり、校内での盗難や風紀の乱れが激しいようです。つまり私立神話はウソだと言えます。 さて、その学級崩壊ですが、教師のスキルや学校という組織の持つ組織力が、社会の要請するニーズに遠く及ばない状況にあることが原因かと思います。昔ならば地域の教育力があったのが、現在は、たとえば小学校低学年の担任が、自分の学校の子どもを家庭に送っていった際に留守だったために、隣の家庭に「この子をちょっとだけ預かってください」とお願いしたら、大問題になる時代です。「頼みもしないのに教師が勝手に我が子を隣に預けた!」と。 昔であれば「ありがとうございます。不在にしていて先生には心配かけました。」で済んだ問題ですが、今はここまで過敏に反応する時代です。もはや大人は誰も信用していないし、子ども同士のケンカなどは即親同士のケンカに発展します。これでは地域のコミュニティと協力しあうことが前提に設立された学校が崩壊するのは当たり前です。 世間では、「学校教育はサービス業だ!」とか、「学校は社会人になるための訓練をする場所だ!」などといった現代風の意見も交わされていますが、少なくても現状の公立学校はそういう意図で設立されていない以上、「昔ながら」の対応しかできないのが現状です。 地域社会との連携と言ったところで、地域社会そのものがもうすでにありません。かく言う私も今住んでいるマンションの隣近所の住人とは年に数回、すれ違って挨拶する程度です。したがって、昔ならば多少の悪ガキはすぐに地域社会から制裁を加えられたのに、それができないばかりに、いわゆる「問題行動」は増加の一途をたどっています。そのため、子どもの環境に良さそうなところに人口が集中し、地域ごとの差がかなり激しいです。 小泉内閣は格差社会を助長させてしまったと言われていますが、教育現場では、格差がかなり深刻な状態で露呈しているのが現状です。
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- garu_sim
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ご質問に対して、多方面にわたる回答を用意しているサイトをご紹介します。 「小学校長のお仕事」というサイトです。 現在の公教育(小学校)の課題を浮き彫りにしていると思います。
お礼
私は一億総ブロガーと思っているのですが、先生も内情をこのような形を借りて発信しているのですね。わざわざHPを立ち上げるとなると切実感や問題意識があからさまになるし、でもブログなら気楽に、その分おおっぴらに語れるし、ということなのでしょうか!? とはいえ内部からの生の声はとても参考になりますね。ご紹介ありがとうございました。
- chinatsu1984
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公教育は「崩壊」の一言に尽きます。そのため、小学校、最低でも中学からは私立へ入れたくて、皆体年名苦労をしているわけです。 事の起こりは「ゆとり教育」です。教えるべき項目が減ったので、子供が持ち帰るテストはいつも90点、100点が続出しているので、親は「ウチの子は賢い」と勘違いしてしまうが、学力はかなり落ちている。 進級・進学すると、分数の足し算もロクにできない子供に代数は理解できないので、授業中騒ぐとか授業妨害する。デキる子はイジめられるので、学校に来なくなる。教師は「ゆとり」ができたので遊んでばかり。 もともとは公教育の教師になる試験が異様に易しく、実際の採用は教頭とか教育長とのコネの有無によっていたからです。それと○○会という昔の師範学校以来の同窓会が幅を利かせているところも…。 地域社会との連携を望むのは無理というもので、なぜなら、小学校への無差別殺人とかがあってから、部外者を入れないようにしたので、地域との連携はありませんね。 文部科学省は重い腰を上げて、ゆとり推進した寺田研を左遷し、文部化学大臣が教育学部附属中学を訪問して中学生に謝罪したくらいですから。 子供がいるなら、公教育に期待しちゃダメですよ。よくてニート、下手すりゃ(先輩に強制されて)犯罪者一直線です。
お礼
ご回答ありがとうございます。 私が経た義務教育の時代は「ゆとり教育」の対極をいくものでした。つまり「拘束教育」と称したくなるような・・・。そのゆとり教育も弊害があるようですね。質と時間のレベルを下げればいいという安易なやり方(実際政治がらみの) その結果公立から私立に流れる・・・という現象もまた新たな問題なのでしょうね。しかもイジメや教師の問題も孕むというのでは悪循環極まりないですね。そして教育の世界も政治がらみ・・・。いつも犠牲になるのは間の立場の子供たち。殺伐とした世の中では地域への線引きはますます濃くなる一方・・・。 ただ公教育⇒ニート、犯罪者という図式はいかがなものでしょうか。この問題はまた別の問題が複雑に絡んでいます。
- yosimako
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地域の教育力、親の教育力、教師や親の権威・・・子どもを育てていたこの要素がどれも消えかかっています。お金をかけなくても存在したこの力がなくなりつつある今、どうこれを穴埋めするのでしょう? 行政が予算を大幅につけるなり、システムを大きく変えるなり、何か手段を講じなければ解決にはほど遠いと思います。多少の改革はあってもさほどシステムは変わりません。教員に対する締め付けは強くしているようですが。・・・効果の薄い姑息な手段だと感じます。 個人主義が広まり、それが利己主義へと陥っています。西洋では宗教が根底にあるので、利己主義は排除されます。しかし、日本は多くの国民に影響する宗教がありません。西洋の宗教に変わるような日本の価値観がないように思います。 日本は外国にもまたがる商売に囚われすぎて、大切なものを失ってしまいました。
お礼
子供が遊ぶ公園がなくなっている気がします。 先日も暗い高架下にジャングルジムがあるのを見つけました。 子供の可能性、不可逆性を考えると、今の若者の有様をみると私達大人が取り返しのつかないことをしてしまったような気がします。「今の若者は・・・」と言えない、逆に責められるは大人側でしょう。 たとえば公園ひとつとったって、利益優先の企業が子供達から遊ぶ土地さえ奪っている、それをフォローしない行政側・・・。 たしかに背景にある宗教観も問題でしょう。また欧米文化は自立を重んじますが、日本の場合甘やかしと「躾」と称した不本意な大人のエゴで子供を振り回し混乱させています。上手に甘えること、そして本当の愛情を知らない大人が子供になればそれは負の財産として受け継がれ、自分への甘やかしと共に、自身の子供への誤った躾としても学習されてしまいます。 根本的に何かを変えないと、日本は滅びへの道をたどるしかありません。少子化がそれを警告しているのではないでしょうか? 参考になりました、ありがとうございまさいた。 物質主義、拝金主義は
- Ama430
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No.2の方もおっしゃるように、簡単には書けないのですが、個人的な問題意識として回答致します。 「構造改革」という言葉があります。ムダをはぶいて効率化するなら歓迎ですが、実態は、借金まみれになってしまったけれど、それでもゼネコンや軍事産業に税金をつぎこみたいので、教育・福祉予算を、本来削ってはいけないような水準まで下げようとしています。 少子化、地域共同体の崩壊、商業文化の浸透、所得格差の拡大と学歴格差への反映、ジャンクフードの普及、など、教育環境は悪くなる一方なのに、行政は予算をつけずに口ばかり出して現場をふりまわしています。 教育行政が、これまでいかに子ども達の豊かに学ぶ権利を軽視して問題を多発させてきたかを反省することなく、「教師の質が落ちたから」「行政にたてつくやつがいるから」というような姿勢を強めています。 今度の教育基本法では、国の都合でさらに教育をふりまわせるものに変えようとしています。 今、必要なことは、教育・福祉に諸外国並の予算をつけることです。 「構造改革」の美名にだまされず、弱者に光を当てる税金の使い方を多くの国民が求めていくことが大切だと思います。
お礼
そのしわ寄せが現場に来ているように思います。教師や子供のストレスは精神疾患やイジメ、登校拒否や授業崩壊、果ては学力低下まで及んでいると思います。 教育、福祉など最優先すべき領域がすべて後回しになっているのはまったく腹立たしいかぎりです。いかにも「長いものに巻かれろ」主義的な日本の行政はかつての「生めよ増やせよ」政策で誤魔化そうとしている感がします。少子化は異常な現象ではないと思います。 ジェンダー問題以前に、こんなありさまの日本で危機感を覚えた女性の母性のひとつの表れではないでしょうか。 参考になりました、ありがとうございました。
- himit
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どのようなお立場でご質問されているのでしょうか?教育学のレポートみたいなものでしょうか?それとも新聞報道などに対する個人的興味ですか?あるいはご自身のお子様の状況を心配してのことでしょうか? 教育界に限らずどの世界にも無数の問題が山積しているでしょうし、こんな掲示板でさらっと回答ができるほど単純ではないと思います。せめて、質問をするに至った経緯や想いがわからないと、回答はしにくいと思いますよ。地域社会との連携、問題点と言ったところで、これだけで本が一冊書けると思います。学校側の視点から回答がほしいのか、それとも行政側の視点でしょうか?あるいは地域住民としての視点でしょうか?
補足
>どのようなお立場でご質問されているのでしょうか? ただ興味を抱いた者の立場としてであります。レポートでも子供の状況でもありません(実際子供はいないので)。 逆にテーマを限定させてしまえばそれに絞られてしまうと思いますので。項目的なものを求めていたので、何でもそれはご回答者様の自由にお任せしたくてあえて漠然としたトピを立てました。 たとえば#1の回答者様はまったく気がつかなんだ視点です。
- skbler
- ベストアンサー率9% (69/691)
20年前に義務教育を終えている時代の私からすれば、考えられないような問題で頭を抱えていることが多々あるみたいですね。 例えば野球…サッカーでも、バレーボールでも何でも構いません。子どもの数が激減してしまった昨今、チームに必要な頭数を揃えることすら難しいそうですね。チームは出来たが対戦相手が無い? 土曜日が休みになったことに伴い、遠足や課外活動といった行事が削られている現状を知りました。学校を離れた場所での団体行動の機会が少なくなっているみたいですね。
お礼
なるほど、少子化の問題はこのようなことでも波及しているのですね。 「ゆとり教育」は、授業を削減するだけかと思っておりました。遠足や課外活動などは移動教室のようなもので、そこでも学べることがまた様々にありますよね。それでも仕方ないとなると、今度は家庭や地域社会がそのフォローをすることが求められると思います。 そして「お父さん」がもっと心身共に「ゆとり」をもって子供に接することができたら母親の教育負担の削減にもなると思いますが・・・。 参考になりました、ありがとうございました。
お礼
私もマンション住まいなのですが、同和的な古くからの住宅街に近辺では唯一マンションが建っています。が、マンション内では隣人同士の顔も知らないのですから古くからの住人とは挨拶すらしていないようです。つまり出入りの激しいマンション住民は彼らにとって「よそ者」であり、その不満(?)がゴミ問題となって表面化されました。 私だけがゴミ集積場の掃除をしていたのですが、あるときそれを見た近所の方が「他のマンション住民はやっていない」と指摘されました。事実規約にもありません。後日、自治会を通してマンションの管理会社にマンション側も掃除をするようにという「お達し」がきました。 近所の方の連携プレーの見事なことよ、とは思いましたが確かに内心面白くないですね。これではますます溝を深める一方でしょう。 一軒家と集合住宅の形態の違いもこのような差を生じさせるのでしょうか。 しかしながら教育界の、地域社会との専門分野では連携が重視されています。目標を掲げることは簡単でも実際問題となると難しいのではないでしょうか。 さて、学校が塾化するということは授業崩壊という自然派生的ものとは別に、ある意味の理想の崩壊となると思います。内部的にも外部的にも崩壊・・・従来の学校は必要ないのかもしれません。 そして地域社会に援助を求めるとき、そこには社会の暗黒面も混在しているわけですから合理的に境界を設けることしかできないのが精一杯といったところでしょうか。ホント殺伐とした世の中です。人を信じたくても信じられない。それが子供に伝わり循環していく・・・。 社会問題とされている少子化はその警告だと思います。行政はそれでも「産めよ増やせよ」と叫び続けるのでしょうか。義務教育もこのような短絡的な政策下に置かれているからこそ振り回され続けているのでしょう。 参考になりました、ありがとうございました。