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「呪い」は本当にあるのでしょうか?
このカテでいいのかわからないのですが… 変な質問ですみません。今までにすごく憎んだ人が数人います。簡単に言えば私を執拗にいじめた人たちです。憎んでも憎み足りないと思った人たちです。その人たちがその後どうなったかといいますと、 Aさん 夫が難病・子どもが非行に走る・離婚 Bさん 兄が難病死・娘が難病 Cさん 子どもが3人とも障害児・本人も難病 Dさん 激しい体調不良(うつ病?)・離婚寸前 偶然でしょうか。子どもの非行や離婚はその人の性格がかかわるので、非のない(と思っています)私をいじめた性格の悪い人たちですから、ある意味なるべくしてなったのかもしれません。 でも次々と本人や近親者が病気になるのはどうなのでしょうか。皆老人ではなく、年長の方でも中年といわれる世代です。 さらに、後に私に謝罪してきたAさんとDさんはその後幸せになられました(Aさんは再婚、Dさんは病気克服、離婚回避)。 もしかして、私の怨念が罪もない人を不幸にしているのではないかと考えてしまいます。怖いのです。今後もし、また憎いと思う人が現れたら、私はまたその人やその人の周囲の人を不幸にしてしまうのではないかと。 確かに私はその人たちを恨みました。でも、したことの報いは受けるべきですが、本人はともかくご家族は無関係ですし、人生がめちゃくちゃになるほどの病気になって欲しいとまでは思いません。 偶然だと思うのですが、あまりにも続いたので、怖いのです。私のせいなのでしょうか。
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「呪いの専門家」というわけではありませんが、心理学と民俗学両方を修めた者としてひとつの回答をさせていただきます。 あなたをいじめた方が4名とも病気や不幸に、という事ですが、ここにはいくつかの「条件づけによる選別」が拝見できます。 1.>子どもの非行や離婚はその人の性格がかかわるので(いじめるような)性格の悪い人たちですから、なるべくしてなったのかも これは御明察の通りです。 2.>本人や近親者が病気になるのはどうなのでしょうか。皆老人ではなく、中年といわれる世代 死んだり病気になるのは老人だけとは限りませんよね? 実は突然死は圧倒的に中年前後が多いのです。責任ある仕事を任せられたり子供が思春期に入ったりして心身ともに無理がかかる世代は、疲れていても体力にまだ自信があるぶん医者に行かず病気になったり、忙しさで余裕がなく家庭も荒れたり、不注意で事故にも遭いやすくなります。 2.>後に私に謝罪してきたAさんは再婚、Dさんは病気克服、離婚回避 おや?謝罪するだけの心がある人だったから、良い相手と再婚できたり離婚回避できたのでは?「激しい体調不良」も、うつ病や自律神経失調症など強いストレスが原因の一端となる病気の場合は、大きな気がかりが一つ減っただけでも回復のきっかけとなる場合があります。いじめた事をずっと気にしていたのでなければ、あなたに会っても謝るどころか忘れていたかもしれませんよ。 3.>Cさん 子どもが3人とも障害児・本人も難病 ここにも思い込みがあります。広い世の中、障害児を抱えた難病の人はCさんだけではありませんよね。もしかしたらいじめのあった時代以外の「覚えていないようなお友達」や「ちょっとの間だけの知り合い」の中にも探せばもっと不幸な方がいらっしゃるかもしれません。それどころか、この4人からの被害がひどかったために、影で避けたり悪口を言っていた人についてはあなたが気づいてなかった可能性もあります。思い出さない人に関してはその消息を耳にする確率も大幅に下がりますから、これは冷静に見れば「この4人があなたが強く覚えて忘れなかった人だから」不幸になった事も回復した事も知りえただけ、とも言えます。 そして最後の条件付け。 4.>私の怨念が罪もない人を不幸にしているのではないかと考えてしまいます。私はその人たちを恨みました。でも、したことの報いは受けるべきです 「呪い」の正体はこれです。 自分が恨んだ事が原因である、悪事には報いが来るものである、という考え方があるからこそ、あなたは「呪い」という言葉を出してきたのではありませんか? その証拠に、このような生きた人間が恨んだだけで呪いになるという観念がない民族の人は不幸を死者や悪魔のせいにします。また、同じくその観念がない人に向かっていくら呪詛を吐いても恐れません。 ただし文化や観念の差に関わらず、恨んでいる事が何らかの手段で相手に伝わった場合は、必ず実質的な報復を恐れます。そして「偶然かかった病気」などを恨まれていたせいと考える事で因果律を求めます。これは恨む方にとっても同じです。 簡単な話、漠然と「お前は必ず不幸になる」と言っただけで、相手も自分も「恨みのせいだ」と思い始め、何もかもより不幸な方へと考えやすくなる。 これが「呪い」の正体なのです。 よって、呪いは「実在しない」にも関わらず、条件次第では「実際に有効」でもあるのです。 「自分のせい」という呪縛にかかっていたのは、あなたの方だったわけです。 「人生の吉凶は裏表」という言葉があるように、誰にでも浮き沈みはあるもの。何をどうとらえるかで「不幸」は決まります。それもまた考え方という呪縛です。 4人は所詮あなたの身内でもなんでもない赤の他人。そんな人たちの家族の事までいつまでも考えるという、自分にかけた呪縛をもう解いてみてはどうでしよう。
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No.14です、繰り返しますがが呪いなどと言うものは有りません、映画とかマンガの世界での話です。 有りませんが貴女がその人たちを非常に恨んでいるという事が本人達に知れれば体調を崩す事も有るかも知れませんね。 しかしこれを呪いとは言わないでしょうし、まして原因は当人達に有るわけでご自分が悩むなんてお門違いもいいとこです。 いじめは犯罪です、何で犯罪被害者である貴女が悩む必要が有りますか? 優しい思いやりの有る方ですね、でもその優しさが弱さになっているようにお見受けできます。それでは疲れてしまいますよ。 しかしそれは本当は素晴らしい事で周りの人々を幸せにする要素が充分有ります。 いずれにせよ責任を感じる必要なぞ微塵も有りません。自信を持って生活なさってください。 お幸せに
お礼
再度のアドバイスをわざわざありがとうございます。また、やさしいお気遣いに感謝しています。このことはもう気にせず、前向きに生きていこうと思います。ありがとうございました。
- tachibanay
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呪いの種類は何でしょうね? 今現在は、磁場(磁力)が関係しています。非科学的な物ではありません。 >本人はともかくご家族は無関係ですし 家庭がおかしくなると、子供や家族もそうなりますよ。 それに関しては100%違うとはいえませんが、呪いとは関係ないかもしれません
お礼
回答をありがとうございます。呪いにも種類があるのですか…興味深いお話ですね。性格が家族に影響をもたらすことは当然だと思うのですが、病気は…? 偶然だと思うようにします。ありがとうございました。
>もしかして、私の怨念が罪もない人を不幸にしているのではないかと考えてしまいます。怖いのです。 ご心配なく、そのような事はアリエマセン。その証拠にあなたが訴えられる事もないし、仮に訴えられても裁判所は門前払いです。 現実の世界では全く認められていない事柄なのです。 仮に100人同じような人が出たとしても貴方には直接には原因も責任も有りませんからご心配なく。 他の方もおっしゃっていますが因果応報という言葉があります。冷たい言い方ですが何かに原因を求めたいならそういう事です。 別の言い方をすれば偶然と言う事です。但し本人の人間性が悪いために招いた不幸と言う物は充分に考えられます。
お礼
回答をありがとうございます。因果応報、本人が招いた不幸…確かにそうかもしれませんね。気が軽くなりました。ありがとうございました。
質問者さまの恨みが誰かを不幸にしたというより、 ただ自分の蒔いたタネが巡りめぐって自分に降りかかってきただけだと思います。 その証拠に、 質問者さまが恨んでも幸せに暮らしておられる方もたくさんいるでしょう? お気になさらないほうがいいです。 ただ「恨む思い」は自分自身の心を痛めますから、 さっとかわして前に進みましょう。
お礼
回答をありがとうございました。自分の心を痛める…そのとおりなのでしょうね。もう忘れたいと思います。ありがとうございました。
- konagoo
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No7です。 物質対物質、意識対物質は偶然が支配する事は当たり前ですが、意識対意識は、偶然では説明出来ないことがタイミングよく発生します。 私がここに回答していることも偶然ではありません。あなたの質問に興味を持ち、回答しようという意志を持ったからです。 男女間の意識は、外から見てもあからさまですよね。女性がある男性に惹かれたとき、そばにいるだけで察知出来るでしょう。意識は、流れ、共鳴し、連鎖し、作用します。 呪いの成功、怨念の成就には快感があります。 >豊かさ、幸福、愛情、善意・・・ >呪い、怨念、恨み、妬み・・・ そうなんです。破壊と創造、どちらにも快感があります。この快感自身に良いも悪いもありません。 人間は意識的にまたは無意識に選択しているのです。人間は単純に「やりたい」ことを必ずやろうとします。(「やりたい」には強制労働等恐怖に基づく「やらざるを得ない」を含みます)努力は関係がありません。努力という言葉は、目的が未成就であることの外部への言い訳に使用されます。 注意深く、タイミングを逃さず、意識する事をお勧めします。私のような年になると、人生が大きな輪になって感じます。終着駅はありません。 あなたの質問の偶然か必然かは、あなたが実感する時が必ずやってきます。 あなたが怖がっていることは、矛盾を含みます。もともとあなたが発した意識であって、あなたは人を憎んでおいて、傷つけたくはないと言っています。この矛盾は、誰でももっているもので、注意深く観察することにあなたの恐怖に対する回答があります。 「私のせいなのでしょうか」 この質問は、厳密には、当事者でない第三者に回答することはできません。しかし、あなたがあなたのせいなのかもしれないと思う意識は偶然ではありません。 この掲示板でも既に、あなたの意識が流れ、連鎖しているという様なことをことを御理解下さい。 発散してしまいましたが、根本的には、外部状況の変化に対してどんな意識を持つかが鍵となります。 右に行くべきか左に行くべきか、愛するべきか憎むべきか、生きるべきか死ぬべきか、無意識に流されるのではなく、これを選択する(決める)のは、今生きているあなたの意識なのですから。 以上から、「呪いは本当にあるのですか」という質問に対する回答は、オカルトの類の話は別にして、 誰かが真剣に誰かを呪い、その意識を持った状態で周囲と接触した場合、その意識が周囲に伝幡し、作用します。 誰かが誰かを真剣に愛しその意識を持った状態で周囲と接触した場合、その意識が周囲に伝幡し、作用します。 「呪い」などに捕らわれないで、絶妙なタイミングで現れる不思議な出来事を体験下さい。
お礼
再度のアドバイスをありがとうございます。大変詳しく、時間を割いてご回答頂きましたこと、本当に嬉しく思います。 お教えいただいたことをじっくり考え、前向きに生きて行きたいと思います。 本当にありがとうございました。
- merimotti
- ベストアンサー率33% (92/275)
一生のうち、一度も病気になったことがない人のほうが少ないのではないでしょうか。 それに、一生のうち、一度も誰とも人間関係が困難になったことがない人も少ないのではないかと思います。(親子も含めて。) 「不幸な事が起こった時期が、自分が恨んだ後だった」「だから自分には呪いの力がある」と思い込まれてしまったのかもしれませんが、質問者さまから見て「幸せになられた」または「問題なく見える」人の中にも、誰にも言えない問題を抱えていらっしゃる人もいるかと思いますよ。 幸せなのか、不幸なのかは他人には決してわからないものだと思います。 それは質問者さまとは無関係であり、全く気にするようなことではないと思いますよ。
お礼
回答をありがとうございます。確かにそうですよね。ごく身近な人でも、心の奥に悩みを抱えていることに私が気が付かないこともあるでしょうし…疎遠になってしまった人ならなおさらですよね。 外から見ているだけではわからない、私が「不幸になってしまった!」と決め付けることではないんですよね。 気が軽くなりました。ありがとうございます。
- tukimayu
- ベストアンサー率14% (189/1345)
「心に残った幽霊供養」という本があります。 機会があったら読んでみてください。 今までは呪いは単なる偶然だと思っていましたが、その例からいうと、呪いは存在すると思います。 あなたの場合は偶然かもしれませんが、あまり人をうらんだり、憎んだりしてはいけません。 そういう悪い念の強い人は、自分で不幸を呼び寄せ、他人も不幸にします。 自分で不幸を呼び寄せておきながら、他人の不幸を願うのはよくありません。 あなたは人をずっとうらみ、憎み続ける人間になります。 そういう人は一生不幸ですよ、心がね。 「したことの報いは受けるべき」などと、あなたが考えることではないのです。 それを決めるのはあなたではないのですから。 あなたの念が彼らを「呪っている」とは思いませんが、ほかの方もおっしゃるとおり、万が一あなたの呪いが彼らに不幸を及ぼしているとしたら、あなたは必ずそれ相応の報いを受けますよ。 それはあなたが彼らから受けたこと以上の報いです。 自分のことばかり考えるのはやめましょう。 多少のことで人を恨んでいませんか? マイナスの感情は必ず自分に返ってくるのですよ。お気をつけください。
お礼
回答をありがとうございます。いじめられた程度は、私にとっては決して「多少のこと」ではなかったし、人間として、理不尽に辛い目にあわされれば相手を恨むということはごく自然な感情だと思うのです。決して逆恨みだったり、されたことに比して異常な憎悪を募らせたつもりはないのです。そこまでは誰でも良くあることだと思うのです。そこで終わってしまえばよかったのでしょうが、その後、こういう展開をたどったので怖くなってしまい、このような疑いを(一方ではありえないとも思いつつ)持ってしまいました。 自分が特にマイナス感情の強い、人を恨みやすい性格だとは思わないのですが、思い込みにとらわれず、せっかくのアドバイスを好機と考えて、一度ゆっくり自問してみたいと思います。ご紹介の本も機会があれば読んでみたいと思います。ありがとうございました。
- morinohara
- ベストアンサー率23% (50/213)
私の怨念? なわけないでしょう。あなたの考えは頭の悪い女性特有のトホホ、、、ですね。いかりや長介風に「ダメだ、こりゃ!」って言いたい気分です。 新聞を毎日読みましょう。文学作品もノンフィクションも読みましょう。体を動かしましょう。人と関わって仕事しましょう。たくさん映画を観ましょう。一人で海外旅行しましょう(朝鮮半島以外に)。新興宗教に入らなように!占いにハマらないように!どうか科学的な思考力を身に付けてください。
お礼
回答をありがとうございます。新聞は毎日2誌読んでいます。本や映画もいろんなジャンルのものを見ます(スプラッタ系や余り悲しいものは苦手ですが)。占いはTVなどでたまたま耳に入れば参考にする程度で自分から情報を求めたりはしませんし、新興宗教にも興味はありません。科学専攻ではありませんが一応理系でもあります。 でも確かに最近は運動不足気味です。結婚を機に退職してしまったので…(続けたかったのですが、遠方への引越しを伴い無理でした)1人での海外旅行も未経験です(国内は何度かあるのですが)。 いちいち具体的に「これはやってる」「これはやってない」と書いていくのもどうかとも思ったのですが、自分で言うのもなんなんですが、自分が極端に非科学的で世間知らずな人間で、だから「呪い」という考えに取り付かれてしまったとも思えないのです。普段は普通に夫や家族、友達と明るく楽しく暮らしている、一般常識も備えたごくごく平均的な日本人だと思っています。(自覚がないだけなのでしょうか) ただ、このことを時々思い出しては怖くなるというか・・・特に今、時間ができてしまったので余計考えてしまうんでしょうね。アドバイスいただいたことでまだやっていないことを(さしあたっては運動ですね)やってみたいと思います。ありがとうございました。
- timeup
- ベストアンサー率30% (3827/12654)
>「呪い」は本当にあるのでしょうか? ⇒有るか無いかの答えなら、あります。 >本人はともかくご家族は無関係ですし、人生がめちゃくちゃになるほどの病気になって欲しいとまでは思いません ⇒自分のエネルギーを使っての呪いではないようです(この場合は個人特定でできます)。 貴君の場合は、ある種のこの世以外の物・者との契約でしょう。 その場合は、本人が不幸になるなら、何でも手段を問わずに起こります。 貴君は早めに何かしらの修行をしたほうがよいでしょう。 その霊・悪魔?は必ず貸し金を取り立てに来ます。 現世でも暴力団の取立てだと警察に行くようなものです。 ただ、外観は同じような形でも単なる素人に毛が生えた程度のガードマンがいるように、霊関係などでも金ばかり取りたがる低級霊団の新興宗教などには気をつけてください。^^;
お礼
回答をありがとうございます。ちょっと今すぐなんと申し上げたらいいのかわりませんが、ゆっくり考えてみます。
- konagoo
- ベストアンサー率24% (67/276)
私も同じ様な経験があります。 「あの野郎。」と思った人が3日後に骨折したり、すぐに胃潰瘍で入院したりといったことです。一方で、好意を持った人が仕事で成功したり、恋人が出来たり、病気が治ったりもしています。 現実的には、因果関係からいって、あなたが単に恨んだ人が不幸に陥った原因があなたにあるわけがありません。偶然も必然もなく、はじめから関係がありません。 何らかの作用があるとすれば、笑う角には福来るとかプラス思考が大切だと言うことで、あなたにこの力があることはラッキーなことで周りの人たちを幸せに出来、結果としてあなた自身も幸多き人生を送ることが出来ることに他なりません。負の力だけが大きいことはあり得ません。 好意を持った人が幸せになる。いいじゃないですか。単なる思考が作用を及ぼすと自覚された方が正方向のループを作ると人生バラ色に変貌すると言えます。 変貌すればより豊かな人生を送ることが出来ます。変貌しなければ、怨念が人を不幸にすることが否定されます。 豊かさ、幸福、愛情、善意・・・呪い、怨念、恨み、妬み・・・どちらに共鳴しますか 私が重要だと思うのは意志を持って選ぶことです。
お礼
貴重な経験談をありがとうございます。 >好意を持った人が幸せになる 残念ながらそういうことがあった自覚はあまりないんです。皆が幸せでないという意味ではありませんが、私が好きな人が皆Aさん他不幸になった人と対照的だと思えるほどとびきり幸せだとは思えません。確かに不幸になった人が私に謝罪後幸せになったと書きましたが、それはマイナスからゼロに戻ったようなものだと思うので・・・ でも意志にを持って選ぶことは大切だと思います。努力したいと思います。深夜にありがとうございました。
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お礼
回答をありがとうございます。非常に論理的、専門的でかつわかりやすい解説に、感謝しております。 自分自身が呪縛にかかっていたとのご指摘、確かにそのとおりかもしせません。もうこのことは気にせずに、前向きに生きていこうと思います。 本当にありがとうございました。