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マンション偽装被害者と震災被害者は同じ?
マンション偽装被害者と震災被害者はどちらも限られた補助をうけられるのですが。どちらも新しく建築すれば同じように2重ローンに苦しむことになります。ある意味で、震災被害者の問題は、マンション偽装被害者の原型だったのですが(それで似たような扱いになるのでしょうなあ)、違いは、まだ、ビルが壊れていないこと、行政による退去勧告で居住権を奪おうとしていることです。震災による崩壊はまだ生じていないのです。報道を見る限り、法的なこの違いは議論されていません。同じでいいのですか?
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そもそもの話をさせてください。 国民は「耐用年数まで確実に安全な不動産を購入する権利」を国から与えられているわけではありません。災害等による不動産の(価値の)滅失については持ち主がリスクを負うのが基本です。 災害(火災等も含めた)や手抜き工事によって不動産を失うというのはそれなりにリスクとして存在するわけですから、本来そうなった場合でも、生活ができるようなローン計画をするのが本来の姿のはずです。(さもなくばリスクを小さくするために賠償能力のある大会社の物件を買うなどのやり方をすべき) そこで生活できなくなるようなローン計画は初めから無謀であったと言えないでしょうか?気の毒ではありますが、2重ローンで苦しむことの全てが他人のせいとばかりは言えないと思います。 そういうリスクを考えて、賃貸住宅で慎ましやかに生活する人もいるわけですから。 >行政による退去勧告で居住権を奪おうとしていることです。震災による崩壊はまだ生じていないのです。 意図を図りかねますが、行政の命令で立ち退くのだから行政が全面的に救済するべきだとの御意見でしょうか?居住権を奪ったのは欠陥マンションを売った人間ですよ。
- sirowan777
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原因が異なるので同列には議論できないでしょうね。 私は今回の偽装被害は、どちらかというと福知山線脱線のマンション被害に似ていると思います。 人災であり、被害者に対する救済に疑問を投げかける人が存在するのは同じです。 でも、震災被害者に対する救済が不十分だった反省(行政と世論の双方)が生かされてきていると思います。 日本は情治国家であり、法治国家ではありません。 これは例の「超法規的措置」が存在したことでわかると思います。
少なくとも 損害賠償の相手先の有無は違うんじゃないでしょうか。 偽装被害者は民事として、建築主、検査機関、行政に対して損害賠償を請求可能かと思いますが、震災被害者にはそれができないですね。 どちらも社会的な影響の大きさという観点から支援策が講じられるのでしょうが、前者に似たところでは広義の欠陥住宅なんてマンションに限らずゴロゴロしてますね。 あとは保険の適応でもちょっと違うような気がしますが、これは自信ありません。
お礼
早々のレスありがとうございます。もういくつか意見が出ると思います。
補足
行政の根拠は住民のためでなく、杓子定規に、違法建築物ゆえに取り壊さなければならないゆえです。 仮にM5震災があっても崩壊する危険性は20%しかないとすれば一か八かで居住することもできます。急傾斜崩落危険区域と同様です。三宅島の住民は自分の意思で残る権利が保障されました。 今回の事件では、行政による退去命令で実質的に現在の居住権が喪失します。これは行政が決めることです。一方、違法建築物を抑止できなかったのは、基準を緩和し安易に民間委託する制度に変更したからです。国の責任はあると思います。この責任を問われずに、杓子定規だけ、行っている姿勢に、私は憤りを覚えざるを得ません。 全面救済かどうかなどを問うのは、責任の大きさが確定してからのことでしょう。 そもそも民事はすべて自己責任で、といのであれば、犯罪被害者の救済や、機会や薬物の医療被害者救済を国が行っていることが、ナンセンスとなります。国はいい社会を構築しようとして、国の果たす責任がどうあるべきかを検討しようとしているのです。今回の場合は、行政が、手を緩めて、社会現象の事件が発生して、その被害者を、行政が追い詰める、のですから、そのあたりに、苛立ちを覚えるのです。