「賛同」、「共感」、「支持」などで既に十分適切です。なぜ nyanyan2001 さんは、さらなる至当な言葉をお求めなのでしょうか。
深読みしますと、「自分とほぼ同じ立場の人生(生き方)」という言い回しが、微かな矛盾を孕むことに、お気付きなのだと思います。長い人生の中で「立場」はガラリと変化することがあるし、いかに共鳴する所が多くとも、「生き方」こそは一人一人個別のものです。
「だから『ほぼ』と書いてますけど?」とおっしゃるにしても、ここは一つ、大袈裟なぐらいの言葉を使って、矛盾を圧倒するのが良いと思います。つまり、
志(こころざし)合えば胡越(こえつ)も昆弟(こんてい)たり
の精神ですよ。(こころざしが合えば、北方の胡の者も南方の越の者と兄弟のようになれるの意から)志が一致すれば遠くの人も兄弟のように親しくなれる。という故事ことわざだそうです。人生の志が合えば、他人同士でも兄弟のように感じたりする場合もあるでしょう。
そこで、長たらしくて大時代めいているかも知れませんが、次のような表現例を挙げてみます。
「彼の生き方に満腔の敬意を表する」
「彼の生き方を支持する。彼は私の畏友である」
「彼の生き方は私にも得心がいく」
「彼の生き方には我が意を得た思いである」
「彼と私は、人生の志節において通じ合うものがある」
「我々は人生という戦場の孤独なソルジャーだが、たとえ共に戦えなくても、彼とは同志である」(陳腐な表現ですみません……)
「彼の生き方は私の琴線に触れた」(ご存知のように、「琴線」は人間の心の奥深くにある感動し共鳴する心情です)
参考・引用した本:
『国語大辞典』(小学館)
お礼
う~ん、博学ですね。まいりました。