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日銀の斡旋によるトヨタ自動車の分離について
1949年、経営危機に陥ったトヨタ自動車に対して日銀は特別融資を行ったらしいのですが、日銀は融資の条件としてトヨタに対して、販売部門を分離し、資金繰りを別建てにすることと、1600人の人員削減を要求したそうです。 そこで質問なんですが、なぜ日銀はこのような条件を付けたのでしょうか?そしてこれらの条件を付けることに、どのようなメリットがあるのでしょうか? 参考文献等も含め、ご存知の方がいらっしゃれば、回答のほうをよろしくお願いします。
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正確には日銀名古屋支店あっせんによる各銀行の協調融資です。当時はどんどん作って販売店に手形払いで押し付けるため、メーカーの資金が不足することが不思議ではなかったそうです。最初は製品在庫受け入れ用の別会社設立ということだったようですが、最初はうまくいかず、追加融資の条件として販売会社の分離独立、過剰人員の整理、適正な生産台数の策定等が浮上し、トヨタ自販の正式設立となったようです。先日読んだグランプリ出版刊「日本における自動車の世紀」という本にこの件に関する記述がありました。ご一読を。
お礼
とても参考になりました。ありがとうございました。 グランプリ出版刊「日本における自動車の世紀」も読んでみたいと思います。