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西郷隆盛は靖国に奉られているのか?
8月15日のNHKの生放送で ジャーナリストの櫻井よしこさんが 西郷さんは護国神社に奉られていて 護国神社の総取り締まりみたいなものが靖国神社だから 靖国神社に奉られていないというわけではないと おっしゃられておりました 一般的には奉られていないという認識だと思うのですが 実際どう理解していればいいのでしょうか? みなさんのご意見お願いします
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辞書で「招魂社」を引きますと、 明治維新前後およびそれ以後、国家のために殉難した者の霊魂を奉祀した各地の神社。 東京招魂社は1879年(明治12)靖国神社と改称。 地方の招魂社は1939年(昭和14)護国神社と改称。 と出てきます。 護国神社の出発点は、戊辰戦争の官軍側戦死者の霊を祭ることにありますから そのときの官軍側大将である西郷隆盛が、もし戊辰戦争で戦死していれば 当然靖国神社に祀られることになりますが、 その後、彼は西南の役で官軍に反旗を立てて同士6千余名と共に戦死ししたため、 国家に対する逆賊として扱われ招魂社には祀られていません。 櫻井よしこさんの上記発言はあいまいですが 昭和40年に靖国神社境内に建立された「鎮霊社」は 「靖国神社に祀られざる嘉永六年以降の日本及び諸外国の戦歿者の御霊を祀る」 とありますから、世界各国の戦没者と共に西郷隆盛の霊も祀られていることに なるとの強弁かもしれません。 しかし、靖国神社に合祀されるとは「霊璽簿に氏名を記入し」て霊璽簿奉安殿に 保管されることですから、西郷隆盛は霊璽簿に氏名はなく従って合祀はされていない、 と言うべきものと思います。 靖国神社の国家神道とは異なり、 日本古来の神道では敵も味方も死ねば仏として祀る文化があり、 古くは元寇の乱から沖縄戦に至るまで、敵も共に祀られている例が多数あります。 http://www.kamakura-burabura.com/meisyokitakamakuraengakuji.htm http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050804 靖国とは、こうした日本古来の文化から離れて、敵側の死者を一切排除して 味方側の戦死者のみを祀る、 たとえ国内の日本人であっても賊軍の死者は祀らない、 フィリピンの山中で同じ友軍の、飢えた日本軍に殺され食われた者も 多数の餓死者とともに合祀する 即ち自己中心・他者無視の思想は、 大村益次郎が初めて徴兵制を敷き、今までの侍による戦いから 士をはずして農・工・商中心の軍隊を作り、さむらいの文化を持たぬ階級であっても 喜んで国家のために死ねるようにと考えられた軍国主義の結果であると思います。 そこのところを、あいまいにして強弁するために持ち出したのが 櫻井よしこさんの上記発言ではないかと考えます。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE#A.E7.B4.9A.E6.88.A6.E7.8A.AF.E3.81.AE.E5.90.88.E7.A5.80
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靖国は 日本国家の為に死んだ人間に対し 「神として祀るので 日本を祟らないでくれ」と祀っている存在です。 その意味では 西郷氏は全く関係無いので、宗教観上は 祀られて無いと考えるのが普通です。 (尚、靖国自体 その祀る者に対し 自己判断で行なう事に変わったから その宗教団体自身の主張が 唯一絶対になるので 祀られていないと考えるのが妥当でしょうね)
- gogojinsei
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同じ番組で、大戦で命を亡くしたすべての方を祭っているという趣旨の発言があり、これは会場内から激しい反論が出てました。 反論の趣旨は、鎮魂碑が境内にあるだけで柱の数を明記しているわけでないので失当だということでした。 西郷家や西郷さんを祭る南州神社にしてみれば境内にも入っていない状態で「靖国に祭られているではないか」という櫻井節に対する反論の余地は十分すぎるほどあるでしょう。
- tojyo
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靖国神社の場合は「魂」を祭っているだけで実際の遺品などが納められているわけではないので、奉っている・いないの判断は付かないのでは?
- imagine
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両解釈があるようです。 小泉さんは2005年1月27日の衆議院予算委員会で「解釈は事由だ」と発言してます。 http://www.janjan.jp/kokkai_watch/0505/0505257453/1.php
お礼
ありがとございます 難しい問題ですから 解釈が統一されるのは難しいんでしょうね