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陸軍兵籍の解読
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厚生労働省の留守名簿は、昭和20年1月1日現在で外地派遣部隊に所属していた陸軍関係者(軍人だけでなく、傭人・雇員・文官といった軍属も含まれる包括的な名簿です)を対象に作成された人事記録なので、この作成基準に該当しない方は、残念ながら、留守名簿に載っていない形となります。 ちなみに留守名簿には、直近の前所属部隊の名称も記載しますので、昭和19年あたりからでしたら、、断片的ですが軍歴情報を得ることできます。
たびたびすみません。補足です。 質問者様の補足回答に、 >>これだと見やすいですよね。祖父は中国に行っているんですけど,>>その履歴は手元の兵籍簿には載っていないのですが,載っていない>>ということは,お問い合わせをしても新しい情報は載っていないこ>>とになりますかね? とありましたが、厚生労働省には問い合わせされましたでしょうか? 陸軍兵籍は昭和18年~から、記録が途絶えるものが結構ありますので、厚生労働省が保管している「留守名簿」と呼ばれる記録で、軍歴記事の補完作業を行います。 「留守名簿」は、昭和20年以降の簡単な軍歴(所属部隊、その前にいた部隊、階級、召集解除年月日)が記録されていますので、陸軍兵籍と留守名簿を組み合わせることで、本来の軍歴を復元することができるか思います。 ※照会先は、厚生労働省社会・援護局援護・業務課調査資料室です。
補足
貴重な情報ありがとうございます。厚労省には問い合わせておりません。手元にあるのは県の援護課から送っていたものです。「留守名簿は、昭和20年以降の簡単な軍歴」とありますが,祖父が中国で撮ったと思われる写真の裏には昭和13年,昭和14年と書かれてあります。昭和20年以前のものになりますが,留守名簿に記録があるのでしょうか?
皆様がおっしゃられる形になりますが、画像をそのまま読むと、 「昭和12年7月27日都城歩第二三連隊にし昭和16年1月9日召集解除さる」になります。ただし一点補足すると、真ん中部分の「連隊にし昭和」だと文章が繋がらないので、字抜けをしていて「連隊に入営し昭和」になるかと思われます。 都城連隊ということは、質問者様のご祖父様は宮崎県の御生まれの方でしょうか?だとしたら、宮崎県庁の陸軍兵籍(オリジナル)は終戦時にほとんど焼却処分されているので、おそらくですが、終戦後早期に復元された仮陸軍兵籍の可能性が考えられます。もしそうだとすれば、字抜けの理由も説明がある程度説明がつきます。 ちなみに、陸軍兵籍は厳格な記録作法(陸軍兵籍規則、これに付随する細則類)が定められていますので、「都城歩二三連隊」のような略称記載や、「に(入営)し」及び「召集解除さる」といった書き方はしません。正確には ○昭和12年7月27日臨時召集により歩兵第二三連隊に応召 ○昭和16年1月9日召集解除 と書きます。○の部分は朱色のハンコで押して、軍歴事項の区切りをします。また「都城」を冠する書き方は郷土部隊特有の呼び方、「歩」は歩兵連隊の略称なので、陸軍兵籍の記録作法から外れたものになります。陸軍兵籍は、戦死して扶助料を出す場合、戦傷で体が不自由となり傷病恩給を申請する場合、長い軍歴を積んで軍人恩給を申請する場合など、履歴書や資格計算をする際の原簿の役割を果たす大切な記録です。よって、略称や規則外の記載をすることは、当時の陸軍の厳格な事務作法からすれば、絶対にあり得ないことなので(主計部門で、もし計算間違いや数字を書き間違えると、殴打をもって戒められるという話があるくらいです) ※仮陸軍兵籍は、戦地間の海上輸送で撃沈されて陸軍兵籍(オリジナル)を失った場合、陸軍兵籍の記事を(可能な限りでいいので)復元することが定められていたので、陸軍兵籍に準じる公式の記録となります。終戦後早期に、終戦で失われた陸軍兵籍を復元した先人たち(連隊区司令部職員)の努力には、ただただ頭が下がるばかりです。 長文となってしまったこと、何卒ご容赦くださいませ。
補足
回答ありがとうございます。なるほど。記載方法が作法にのっとっていいないということで,復元したものの可能性があるということですね?それで,中国での活動のことが抜けているのかな?とも思いました。
- sutorama
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補足
何度もありがとうございます。リンク先は,開示請求の際に参考にしたホームページです。県の担当課に「軍歴資料開示請求」をして,兵籍簿の写しと,帰還者名簿の一部のを送ってもらいました。質問の画像の1部がその兵籍簿になります。清書されたものは一緒に送ってこなかったので,おそらく県では整備していないのでしょうかね。
- sutorama
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- sutorama
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連隊 を当時は「聯隊」(読み方同じ)と書いています で、陸軍兵籍が手元にあるのでしたら「防衛省防衛研究所 防衛資料室」に問い合わせると「軍歴証明書」(パソコンで清書したもの)をもらえますので、そちらで見たほうがよいと思います http://www.nids.mod.go.jp/military_archives/index.html
補足
回答ありがとうございました。県庁の援護課に請求して軍歴証明をの写しを送ってもらったのですが,それと同じものの清書したものがあるということでしょうか??
- sutorama
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都城の陸軍連隊 明治41年(1908)11月、旧陸軍歩兵第六十四連隊がおかれました(現在の陸上自衛隊都城駐屯地) 大正14年(1925)5月からは熊本から移転した第二十三連隊がおかれ、同連隊は「都城連隊」と呼ばれていました 故に正式には『都城第二十三連隊』です https://www.city.miyakonojo.miyazaki.jp/soshiki/60/3739.html
補足
回答ありがとございます。これは「ニ三」と書かれてあるのですね。「都城歩ニ三聯隊」と書かれてあるということでよろしいのでしょうか?
- bellflaw17sai
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都城歩二三聯隊 じゃないでしょうか 二行目の一番上は私には分かりません
お礼
回答ありがとうございます。「ニ三」(23)ということなのでしょうね。「聯隊」はさすがに想像できませんでした。
補足
となると年代的に合わないかも知れませんね。とりあえず,一昨日,申請書を送ってみました。資料がもしかするとあるかも知れないと期待しつつ。いろいろ教えていただきありがとうございました!!