歴史的には飛行機の管制の現場から発生した言葉です。
昔よく「ニアミス」という用語がつかわれましたね。
2機の飛行機がほんのちょっとの距離まで近づいてしまったというやつです。
これは事故でも何でもありません。
でも、もし衝突して大破し落下してきたら事故です。
で、こういうことを「ヒヤリ・ハット」と言います。
これは日本語です。うわ、と思ったときヒヤリとし、ぶつかりそうでハッとしたわけです。
結論としては事故にならず、誰も死なないで済んだけど、「あぶなかった」です。
で、正式用語で、「ヒヤリ・ハット現象」と言います。
大破したり燃え上がったりしたら、「アクシデント」です。
だけど、アクシデントになっていないのです。ああ危なかった、です。
これは事故ではない。でも気をつけないと事故になったかもしれない。大事故一歩手前なんです。
このことを「インシデント」と呼びます。
空港では、インシデント発生の記録をきっちりつけており、定期的にそのデータをもとに事故防止法の議論をしています。
これは飛行機に限らないことですね。自動車でも自転車でも起こりうる。
一番気を付けなければいけない現場は医療現場です。
処方に書かれている薬剤名がうまく読み取れない、こんなのはヒヤリ・ハットです。
間違った薬剤を投与したら患者の生命が危ないかもしれませんから。
あとは、点滴の中途の栓の締め方のコントロールで、1時間で投与としているのをうっかり10分で落ちるようにしてしまったりするのもインシデントです。
必ず死ぬというモノではありませんが、動悸が激しくなったりして治療上好ましくないことがおきるからです。
この医療現場のヒヤリ・ハット現象は、記録して、再発しないように考えなければなりません。
また、人間のやりがちな行動で同じインシデントを起こすかもしれませんから、行動も分析しなければいけないはずです。
たまたまのミスなのか、誰でもやりそうなことなのかによって、対策のたてかたが違います。
インシデントを起こさないように、とか注意して作業するように、なんていうきれいごとは考えなしで言えますけど、そんな号令は無意味なんです。
医療現場でいうと、色のよく似た薬剤ビンを使わないこと、とか、似通った名前の薬剤を並べないこと、なんていうのがインシデント発生率を抑える手法です。
ただし、これがどこかの本に書いてるとかそういうことではなく、現場の特性というのがありますからデータを収集して分析をしなければなりません。
この話は、実は品質管理と非常に近い所にある技法です。
これを「インシデント分析」と言います。
よく理解していないひとたちがこの言葉を振り回すのは仕方がない。
昔は何かと言うと「水平思考」だとか「右脳発想」だとか振り回した人がいますが、いわば流行りだと思っていいです。
アクシデントといわないでインシデントというのがいまどきだと思って言う人はいると思います。そのふたつを同じ意味で。
ミスのことをインシデント呼ばわりする人間もいるだろうと思います。
だけど、ただしいインシデントの発想法は、必ずアクシデントが想像できてその寸前だという方向のはずです。
また、分析できるデータで捉えられるはずです。
伝票記載のケアレスミスはインシデントではないだろうと思うかもしれませんが、実はインシデントです。
伝票のミス記載が大量にそのまま放置されたら決算に影響し不明瞭会計となって立ち入り監査とかになったうえ追徴金が発生したら会社運営に影響します。
株主総会で株主がどういう判断をするだろうか、でアクシデントになりかねません。
そのため、ケアレスミスであってもデータを収集し分析すべきなのです。
伝票の用紙の罫が狭すぎるとか、仕訳票が誤解を生む順番に並んでいるとか、そういうことがケアレスミスを引き起こしているかもしれないのです。
ミスをした人間が悪いんだ、無能なんだ、とやってしまうと、他の人が同じことを繰り返すことを防止できません。
往々に小さいミスは報告をしない傾向があり、記録もしようとしない。なかったことにしてしまうんですね。
そうすると質の良い現場に見えるというのは勘違いです。
私なんかが品質監査をする場合はどのくらいの粒度でインシデントを集めているかが視点のひとつになります。
うちはミスなんかひとつもありません、という現場はろくでもないのです。見ようとしていないのですから。
昨年は1万ありました。パタンを分析したら5種類に分類できるのでそれらの比率はこのグラフです。
本年は8千になりました。このパタンについて一番抑止でき、今後こちらの観点も重視したいと思います、といったら絶対製品品質はいいはずです。
以上、間違いのないところでお話をしました。
参考資料としては、インシデント分析を初めて提唱しこの用語を広めた河野龍太郎さんの
医療におけるヒューマンエラー なぜ 間違える どう防ぐ (医学書院)
をお読みください。
この人はもともと航空管制官で、飛行機のヒヤリ・ハットにずっとかかわってきたあと、医療の世界に管理手法を浸透させてきた方です。
非常に穏やかで紳士的ですが、何か内に燃えるようなものを感じさせる方です。
話していると、こちらの言うことをとにかく聞こう聞こうとしてくれる。
おそらく相当な数の医療事故を防いできたと思いますよ。
いくつ防いだかはわからない。実際に事故がおきたわけでないから数えられないのです。
それがインシデントというモノです。
お礼
回答頂きありがとうございました。