- ベストアンサー
義理と人情の世界
- 義理と人情の機微こそ我が民族を支える基本線であり生命線。
- 他人様の窮状には微力を尽くすことを頑なに守り通して生きてきた。
- しかし、最近では群れ集まることはあっても窮状には無関心な人々が増えている。
- みんなの回答 (15)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
- ベストアンサー
さて、もうすこし深く考えてみました。 どこの世界もコスト重視で品質が下がってもおかまいなし。 安かろう悪かろうの横行は消費市場の話だけではなく、モノづくりの世界にまで及んできているようです。 衣食足りて礼節を知るといいますが、心に余裕がないと人を助けたり、助けられた恩に報いよう という相互扶助の気持ちはすたれていくのでしょうか。 私の60年余の来し方を振り返っても、人のお世話びなることばかり。 鶴田浩二の傷だらけの人生ならぬ「義理だらけの人生」が私の本質。 小学校の頃、私の母親は自分の女学校の同級生のご主人の選挙運動で声を枯らしていました。 そんなことが幾度かあったと記憶しています。 私の就職でもその代議士の口利きと教授の推薦状と両方の効果があってかなんとか潜り込みました。 入社早々実家の母が送ってきた桐箱入りの温室メロンをもって、 私は大学の先輩を訪ねました。 もうずいぶんと昔の話です。 本当にいろいろお世話になったこの先輩はもう鬼籍に入られています。 義理や恩に対して自分は何を報いたかと考えると忸怩たるものがあります。 isikenさんのように、部下や後輩の面倒見がいいわけでもない。 かつては、よく新橋の根城にしていたスナックや銀座のバーに夜二時頃までお供したくらいで、 相談役になられてからはお好きだったデキシーランドのCDを持っておじゃましたりした程度でした。 それでも「こんなことやってます」とか、ときどき報告に伺うと静かに話をきいてくれました。 この先輩はさる大政治家のお孫さんにあたる方で、ものごし風貌人脈度胸すべて別格の存在で、 事件や事故の際にこの人がいておさまったという伝説がいくつもある人。 もうひとり私が親しく付き合った兄貴分のような人は、これは器より人情の人。 先の先輩の差し金で私と一緒に、次の社長候補といわれた辣腕上司の下に送られたSさん。 いろんな冒険の末に、会社の新規事業の礎を築きました。私は裏方にまわりSさんが表に立ったから、 彼は相応に評価されいい思いもしたでしょう。私は彼に受けた恩はそういう意味でしっかり返した と思います。 会社で自分がナンパした話を平気ではなすS氏のことを私は好きでした。 先日もOB会でお会いしたら、ED治療薬をくれました。安くないクスリです。 もう一人、部下を踏み台にしか思わない上司が多いなかで、思い出深い上司が一人います。 T大ボクシング部OBのAさん。この人は私が離婚したと聞いて、この人も私を一階の カフェにつれていき「お前、浮気したんだろう」と勝手に説教をあはじめる熱血漢。 うちみたいな他人に無関心なエリートだらけの会社にいてめずらしい男です。 香典を出すときには札の古さを確かめ、新札ならくしゃくしゃにしたあとあらためてつつむ。そういう古風な礼儀が巨漢の風貌ににあわず愛らしい人でした。 組織再編でもとの部門に戻るときも、Aさんはわざわざ私の上司を呼んで一席設けてくれました。 人が織りなす人間模様が会社というところですから、義理と人情抜きには会社生活は語れません。あるいみ幸せだったと思いますが、恩返しが十分でない私はどうしたらいいんでしょうか。 志村喬のようにブランコをこいで歌でも歌いますか。 それとも残り数年、恩返しを必死で考えるとしましょうか。 すみません。義理人情 苦手なのかもしれません。
その他の回答 (14)
- ミッタン(@michiyo19750208)
- ベストアンサー率15% (3898/25697)
✕isokenチャン ◯isokenセンセーお邪魔します 義理と人情…なんだか現代社会では希薄になってきましたね 以前、神戸で小学校1年生女児殺害事件がありました (全国ニュースでも流れました有名な事件です) 犯人逮捕までそう時間はかかりませんでしたが、私の住む区まで関係者と思しき方がビラを配りに来ました 私には子供も居ませんし、何も協力してあげられませんでしたが、その当時のビラはまだ手元にあります その事件発生以降、神戸市と近所の皆さんがお金を出し合い、防犯カメラを100台近く設置したとのこと それはそれで治安が良くなって欲しいですが、なんだかなぁですね 近所のヒマしてるじじばばが朝の挨拶運動や横断歩道の旗振り役を買って出てあげれば、未然に防げたかもしれないと、これからの再犯防止につながると訴えておきました ※神戸市が住基台帳から無作為に選んだ「市政アドバイザー」をやっておりました 現在は任期満了です どこでどう狂ってしまったのか? 「挨拶は大きな声でしましょう」と教える一方で「知らない人には声をかけてはいけません」って 特に小さい子を持つおとーさん、おかーさん、センセーは難しいと感じる今日このごろ さて、前置きが長くなりましたが、私からは「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」 あの一言に尽きます(笑) お母様の社長さんには随分お世話になりました 右も左も分からない私にいろいろ教えて下さいました 「ホンマにお前はアホか!!」と何度言われたことやら 「え!?アホって知らなかったんですか?」と反撃する私 そして、ときどき殊勲賞 「アンタ、やったら出来るんでぇ」 「ええ、たまには誉められるお利口さんですよ、1年に1回ぐらいね」 そんなやり取りが20年続いております 成長してないなぁ、私(笑)
お礼
michiyo さん、こんにちは。 isokenチャンでもいいですよ、私はそんなのこれっぽちも気にしません。 初めて課長になった頃も、女の子からは非常に気安く接してもらってました、生まれつき重みが足りないんです、きっと・・。 さて本題、 >以前、神戸で小学校1年生女児殺害事件がありました なんでこんな事件が起きちゃうのか、もう怒りを通り越して言葉すらありません。 いい年した大人が世に受け入れられぬ憤懣を弱い子供にぶつける、人心の荒廃ここに極まりです。 神戸と言えば山口組の御膝元、もうこれ以上生きるのが嫌なら何も世間様に御迷惑を掛ける事は無い、山口組の本部にでも殴り込めばいいんです、もっともそんな馬鹿は相手にしてもらえないかも知れませんが・・。 >特に小さい子を持つおとーさん、おかーさん、センセーは難しいと感じる今日このごろ これは皆さんそうでしょうが、車を運転中に子供やお年寄りが目に入れば、殆どのドライバーは超徐行態勢に入る、大型トラックやダンプの運転手さんといったプロ・ドライバーは無論の事。 つまり殆どの大人はまあ普通以上のモラルを持っておられる、ところが一部の心無い馬鹿者が全てをメチャメチャにしちゃうんですね。 >「ホンマにお前はアホか!!」と何度言われたことやら >「え!?アホって知らなかったんですか?」と反撃する私 ああ、そういう娘は可愛がられます、きっと・・。 >「アンタ、やったら出来るんでぇ」 >「ええ、たまには誉められるお利口さんですよ、1年に1回ぐらいね」 >そんなやり取りが20年続いております >成長してないなぁ、私(笑) いやいや成長してますって、ロートル雌馬もきっとそう思ってるでしょう、私が保証します。 回答ありがとうございました。
こんにちは(^-^) 人情ですか・・。 実家の父のことを思い出しました。 うちは自営だったので、 道行く人は誰でも入ってこられました。 ある日、 20代くらいの痩せた男の子が入って来て、 父に 「こちらで働いていたけど、 もう東京の実家に帰りたい。 でもお金がなくて・・ 一日でいいから、何かして働かせてほしい。 (それで給料としてお金をいただきたい」と 言ってきたそうです。 いかにも怪しい話ですよね・・。 でも父は 「うちには働いてもらうような仕事はない。 でも帰りたいなら、東京までの交通費として 貸すから」とお金を渡したそうです。 うちの実家から東京までは 車で行けば8時間ほどの距離です。 父もお金が返ってくるとは 思っていなかったようです。 (そして、お金が帰ってくることは やはりありませんでした) 父は怪しい人間に あたりをウロウロされたくなくて そうしたのかもしれません。 でもそのまま追い出すこともできたはずです。 もし、その男の子が、 何年後でもお金を返しにきたら どんなによかったのに・・と いまだに思います。
お礼
coffee-bean さん、こんにちは。 >人情ですか・・。 実家の父のことを思い出しました。 ざっと一読させて頂きましたが、その年代の方特有の情けじゃないかと、まあお父さんはお金が返って来るなんてこっから先も期待していなかった事でしょう。 ただねぇ、その何年後でもいい、その若者が借りたお金と菓子折りでも持って訪れ、 「 その節は・・ 」 と深々と頭を下げて 「 お蔭様で今は何とかやってます。 」 とでも言えば、どれだけ喜ばれたろうかと・・。 そうした他人様の御厚情を踏みにじるのは、この世の中で最もやっちゃならない事、私の価値尺度に照らし合わせると、まだコソ泥の方がましです。 そういう人間は、恐らくその後何度も小さな不義理を重ねて自ら世間を狭くし、凡その末路は見当が付きますが、まあ全くの自業自得というものでしょう。 それにしても世も末ですねぇ。 回答ありがとうございます。
- lions-123
- ベストアンサー率41% (4360/10497)
>貴方が知る義理と人情の世界をお教え下さい。 前置きの部分は同意同感し、昨今の義理人情という美風が廃れ拝金主義と人々の我欲に奔り心が荒む事柄の多く大きい様に、自虐と自嘲と楽して稼ぐ&生きるという気風と風潮には私も祖国・同胞・世の行く末を深く案じ憂いております。 また、極端な懐古主義や精神主義の復古を願うノスタルジーや小説・映画の任侠の世界はバーチャル的には憧れたり愛するとはいえ、現実&合理的な実生活や人生には、時代背景や環境の変化、価値観のプライオリティの多様性の面からも、心情と実行がそぐわず矛盾する場合も多く、そこにバランス感覚・臨機応変な判断と対応する柔軟性と器量見識が必要だとも思います。 そんな私が義理人情と言えば思い出しイメージするのは・・・<順不同・敬称略> ◇憂き事のなほ此の上に積もれかし、限りある身の力ためさん <山中鹿之助> http://senjp.com/yamanaka/ ◇「非理法権天」:非は理に勝たず、理は法に勝たず、法は権に勝たず、権は天に勝たず <楠木正成> ◇「七生報国」:七生まで人間に生まれて朝敵を滅ぼし国に報じたい <楠木正季> https://www.youtube.com/watch?v=e507k_VXt4Y ◇楠公父子:櫻井の駅の別れ<楠正成・正行> https://www.youtube.com/watch?v=4ceiyZIzwK4 ◇萱野三平:義理・人情・忠義の狭間で苦悶し自決 http://www.ab.auone-net.jp/~tadeho48/akogisi/gisikojin/kayanosanpei.html
お礼
lions さん、こんにちは。 >前置きの部分は同意同感し、昨今の義理人情という美風が廃れ拝金主義と人々の我欲に奔り心が荒む事柄の多く大きい様に、自虐と自嘲と楽して稼ぐ&生きるという気風と風潮には私も祖国・同胞・世の行く末を深く案じ憂いております。 孔子・孟子という偉大な思想家を生んだ中国は、改革開放政策の中極端な拝金主義に振れました、老いも若きも「 金・金・金 」 それはもう酷い事になっております。 無論民度の差という事もあるのでしょうが、我が日本は幸いにもまだそこまでは行っておらず、今後軌道修正の余地は十分にある、それには先ず教育でしょう。 猫も杓子もそしてリベラルを気取るお馬鹿ちゃんほど訳知り顔で暴力反対を叫びますが、教育の場に於いてのみ私は肯定派。 愛情が伴った節度ある体罰は最も有効な教育手段、私は家で父親にそして学校では先生に殴られて、超えてならない一線を体感させてもらった事に感謝すらしております。 ところがどうでしょう、父親が厳しさを仕込み・母親が愛情を教えるといったかつての分業が機能しておらず、昨今は子供をただ甘やかすだけといった御家庭が少なくない。 加えて全ての体罰が否定された学校では、教育者の熱意も単なる暴力もごっちゃにされ、怖がって教師が生徒を叱れない、・・となればこの国の宝である子供達を一体どこで教育するのか、経済もいいがそれ以上に大事なこの点がお座なりにされている気がします。 >また、極端な懐古主義や精神主義の復古を願うノスタルジーや小説・映画の任侠の世界はバーチャル的には憧れたり愛するとはいえ、現実&合理的な実生活や人生には、時代背景や環境の変化、価値観のプライオリティの多様性の面からも、心情と実行がそぐわず矛盾する場合も多く、そこにバランス感覚・臨機応変な判断と対応する柔軟性と器量見識が必要だとも思います。 思いますに義理人情を尊ぶというのは決して難しい事じゃない、例えば毎日飯を食うのと同じ程度の習慣性があれば十分、加えて時代・環境及び価値観の変化への柔軟性と真っ向から対立するテーゼでもない、そうではないでしょうか。 西に恩を受けた人の窮状があれば真っ先に駆け付け、東に困った人がいれば何がしかの微力を尽くす、かつて日本人であれば誰もが持った自然発生的な感情、それこそが義理人情であって、声高に叫ばなければ振り向きもされない現状こそがまさに危惧される点でしょうねぇ。 >◇憂き事のなほ此の上に積もれかし、限りある身の力ためさん <山中鹿之助> 山中鹿之助といえば、「 願わくば、我に七難八苦を与えたまえ 」 が有名ですが、まあ似た意味の事なんでしょうねぇ。 この方がカテゴライズされるのは明確に 「 忠孝 」 、統治する側の論理として朱子学を重んじた徳川幕府にとって、山中鹿之助は否定すべからざる存在であった故に後世に名が残った、私としてはそう捉えております。 >◇楠公父子:櫻井の駅の別れ<楠正成・正行> 楠父子も 「 忠孝 」 でしょう、武士としての倫理観を仮に縦軸とすれば、一般庶民の規範モラルである義理人情は横軸に当たるのかも知れません、依って必ずしも重複しない、まあ難しいところです。 回答ありがとうございました。
- smi2270
- ベストアンサー率34% (1640/4699)
isokenさん こんにちわーー! SMIで知る限り・・・「オラが町の祭り仲間」です。 繋がりが強く「絆」さえ考えられます。普段は上下関係が厳しいですが 祭りの時は 若い衆が中心で OBは底辺を支えています。 本場の岸和田ではないですが 一応命をかけてやってるので 誰かが誰かを支えていて 祭り以外のときは 相談をされたり・したりです。
お礼
smi さん、こんにちは。 >SMIで知る限り・・・「オラが町の祭り仲間」です。 >繋がりが強く「絆」さえ考えられます。普段は上下関係が厳しいですが 祭りの時は 若い衆が中心で OBは底辺を支えています。 祭りに限らず、上下関係の厳しさは決して悪い事ばかりじゃないですね、先輩から厳しく教わる事で、実社会で超えてはならない一線を体感して行く訳で、言わば家庭外に於ける教育の場でしょう。 私の時代には、手の付けられない暴れん坊すら、地域コミュニティの先輩にはほぼ絶対服従でしたが、昨今この手の先輩後輩の関係が希薄になりつつある印象です。 若い衆と年配者が或る種の緊張感を持ってわいわいやる図は、傍で見ててもいいものなんですがねぇ。 回答ありがとうございます。
- 1
- 2
お礼
ex さん、こんにちは。 >どこの世界もコスト重視で品質が下がってもおかまいなし。 >安かろう悪かろうの横行は消費市場の話だけではなく、モノづくりの世界にまで及んできているようです。 かつて私が灼熱の赴任地にいた頃、年に2回2週間のまとまった休暇が認められておりまして、東京 ~ 赴任地の直線距離を半径に円を描き、その範囲内であれば旅費の全てと出張費という名目で日当 ( 確か150ドル / day 程度であったかと・・)も頂戴しまして、無論帰国しても良かったのですが、私はその休暇をほぼ趣味の旅行に充てておりました。 渡航先としては、東南アジアほぼ全域 ~ オーストラリア ~ ポリ・ミクロ・メラネシアといったところ、そんな折も折或る時カリマンタンの熱帯雨林に点在した飛び地のようなさる都市に飛びましたら、スーツを着てアタッシュケースを手にした東アジア系の人物を見掛け、てっきり日本人かと思い声を掛けましたら、これが何と韓国人。 当時我が世の春を謳歌していた日本企業、その一方でサムスン・現代なんて韓国系企業は海外に於いては知名度ゼロ以下そんな時代でしたが、ほぼ日本製品の寡占状態にあった彼の地に於いて、東南アジアのバイヤーに馬鹿にされながらも食い下がるその姿を見て、かつて我が国の先兵となった企業戦士達もかくの如し・・と胸を熱くした私です。 我が日本にも当然悪かろう・安かろうの長い暗黒の時代がありました、現在の日本製品神話構築の為にどれほど先人達の血と汗そして努力といった対価が支払われてきたのか、今一度検証してみるべきでしょう。 >衣食足りて礼節を知るといいますが、心に余裕がないと人を助けたり、助けられた恩に報いようという相互扶助の気持ちはすたれていくのでしょうか。 全ては時の流れでしょうかね~、かつての貧乏人には貧乏人なりの矜持があった、それこそ老子じゃありませんが 「 ボロは着てても、心は錦 」 、それを肯定する土壌も確かにあったようです。 >isokenさんのように、部下や後輩の面倒見がいいわけでもない。 自らの半生を顧みず能書きばかり垂れている私ですが、実のところ私ほど面倒見の悪い上司・先輩は空前絶後ではなかったろうかと・・、その点は謙遜でも何でもなく嘘偽りのない全くの真実です。 生来のものぐさ故に他人様に何かを教えるのが面倒、それが理由の全てですが、その反面先輩・上司風をふかせる事もない、ただそれだけが救いでありました。 その一方で、恐らく私ほど上の世話になった部下・後輩も少ないでしょう、何しろ遠慮なく我儘の言い放題・盛大に尻も拭かせました、それでも何とかしてくれた・可愛がってもくれました、人生の先輩とは誠に有り難いものです。 >それでも「こんなことやってます」とか、ときどき報告に伺うと静かに話をきいてくれました。 先ずは何でも聞いてくれる依って非情に話し易い、器の大きな人物に共通する懐の深さといったところでしょうか。 「 俺も生きたや 仁吉のように・・ 」 でもそれがとっても難しい・・。 >もうひとり私が親しく付き合った兄貴分のような人は、これは器より人情の人。 >もう一人、部下を踏み台にしか思わない上司が多いなかで、思い出深い上司が一人います。 >T大ボクシング部OBのAさん。この人は私が離婚したと聞いて、この人も私を一階のカフェにつれていき「お前、浮気したんだろう」と勝手に説教をあはじめる熱血漢。 私が歴代仕えた上司にもざっくりと 2 タイプありまして、方や極めてドライな能吏タイプ、此方人一倍の激情家。 前者はやる事をやっていれば何一つ口を挟まない、アフター5の付き合いも無理強いしません、依って精神的には非常に楽でしたが、ただ面倒見も期待出来なかった。 後者との付き合いはもう体力勝負、尻の穴を見せ合ってこそ上司と部下、そんなポリシーの持ち主で飲むから始まって果てはソープまで強制されちゃう、週に 2 ~ 3 度は午前様を覚悟せねばならず、週末はただひたすら体力の温存に努める日々でした。 ただ世話にはなりましたねぇ、彼が人事部の部長代理の時には私の移動先をこっそり耳打ちしてくれさえしまして、私がそこは絶対嫌だと駄々をこねましたら、秘かに工作して嵌め込み先を変えてくれました、まあ ex さんもよくお分かりの通り、人事権者に非ざる行為です。 >人が織りなす人間模様が会社というところですから、義理と人情抜きには会社生活は語れません。あるいみ幸せだったと思いますが、恩返しが十分でない私はどうしたらいいんでしょうか。 バブルを分水嶺としてその前と後では、会社での人間関係の濃密さは随分と変わった気がします。 今の若い世代は或る意味可哀想ですが反面気楽でもある、まあ差引ゼロなんでしょうねぇ、きっと。 恩返しも順送りという事で宜しいんじゃないでしょうか。 回答ありがとうございます。