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私の人生を見てください。
お暇な方、惨めで情けない女の話を聞いてください。 私は中学の時、父親の浮気が原因で両親が離婚しました。 母親は女で1つで私と兄を育ててくれましたが、なぜか私にだけきつくあたるようになりました。 心中されそうになったり、私といるときだけ「死ぬ」と騒いだり、「お前は父親に捨てられたんだ」と罵ってきたり、でも私以外の人の前では、それが嘘のように"素敵な母親"を演じていました。母の期待を一身に受けていた兄は、いつも甘やかされていました。私のご飯は菓子パンばかりでしたが、兄はいつも手料理をつくってもらっていました。また、私が高校時代うつになって首を吊った時、首に縄の跡が残る私に母親は「何も聞きたくない」とそのまま放置して仕事に行ってしまいました。 父に、「死にたいという気持ちが頭から離れない。助けて」とメールを送った時も、返信はありませんでした。 兄は結局、就活に失敗し、家でニートをしています。 そんな10代を過ごしたせいか、私はいつも幸せになること・人に好かれることばかり考えていました。誰かに私を認めてほしかったんです。 美人になれば誰かに好かれるかと思い努力し、結果、老若男女に美人と言ってもらえるようになりました。 賢くなれば誰かに好かれるかと思い、国立大学に入りました。 仕事ができるようになれば誰かに好かれるかと思い、毎日勉強し、異例の2年目で重要なポストにつけてもらえるようになりました。 趣味が豊富なら誰かに好かれるかと思い、ピアノに歌に絵にカメラにクロスバイクに将棋に麻雀に、色々なものに手を出しました。 自分の経験から、少しは人の痛みがわかるから、人をけなさず、最後まで話を聞いて、良いところをみつけたらすぐ誉めるよう心がけました。 親に捨てられたり首を吊ったり普通じゃない生き方をしてきたのに、いつも普通・もしくはそれ以上の人間であるように見せてきました。そのせいか、高学歴でものすごく優しい素敵な彼氏ができました。付き合って4年で、もうすぐ結婚します。顔も性格も可愛くて、素敵な友達もできました。 でも、根底には、友達だと思っているのは私だけのような気がしてしまいます。 結局、いくら外面を取り繕っても、私の心は空っぽで薄っぺらい人間なんです。 肩書きばかりで存在感はなく、いつも、人の顔色ばかり伺って、いつも誰も私のことなんて気にとめない。それを誰かに気づいてほしいのに気づいてほしくない。 心が淋しいです。もう25歳になるのに、根底ではこんなことばかり考えている自分が情けなくてたまりません。 肩書きなんてなくていいから、心が満たされたいです。人の顔色を伺わなくても、無駄に努力をしなくても、自分は自分でいいんだと満たされた気持ちでいられる自分になりたいです。 すみません。こんなこと誰にも話せないから、誰でもいいから私の話を聞いてほしかったんです。
専門家の回答 ( 1 )
- 専門家吉田 修(@osamucom0409) 産業カウンセラー
はじめまして。カウンセラー・コーチの吉田でございます。 読ませていただきました。 よくここまで頑張りましたね。 そして、何か徒労感とでもいうようなものも少し抱えていらっしゃるように思えました。 >肩書きなんてなくていいから、心が満たされたいです。人の顔色を伺わなくても、無駄に努力をしなくても、自分は自分でいいんだと満たされた気持ちでいられる自分になりたいです。 ここに本当のあなたの気持ちが凝縮されているように思いました。 一日考えてみたのですが、あなたが『ご自分との幸せな対話』が出来るようになることが、ご家族にとってとても重要な事のように思います。 ところで、人のどこが悪い、どうして悪い、ならどうすればいい? というのは、やはり自分以外の誰かの価値観、外側の価値観に照らしてのことのように思います。 同じように自分のどこが良い、どうして良い? なら、もっとどうすればいいか?と考えるのも、結局は自分を責めているということに変わりないんですね。 確かに、ダメ出しはパワフル。すっごい努力をささえる原動力ですよね。 美人になれたし、国立大学にも入学、ポストもゲット、ピアノに歌に絵にカメラにクロスバイクに将棋に麻雀に…。 しかし、こういう批判的な考え方というのは、自分を試験管の中に閉じ込めてズタズタにするような、生きている人にとってはとても不自然な考え方だと思うんです。 人の・自分のどこが良い、どうして・なにが良い? ならどうすればもっといい? というのも、ほかの誰かの価値観、自分の外側の価値観に合わせるわけだし、良いとこ見る努力は、結局、悪いとこ見ないでおこうという努力だし、結局我に帰って一人で落ち込んだりすることになったりします。 この揺れ戻しは結構しんどい。 今のあなたは、やっと何とか幸せをつかみかけてホッと一息ついたところ、ハッと我に帰って本当の自分は!?と気が付いてしまったんだと思うんです。 じゃあ、どうしたらいいの??!! ですよね。 『自分は、本当はどうなればいい?』 『あの人と、本当はどんな関係になればいい?』 『自分が、味わいたい本当の感情は?』 に意識を向ける。 「自分のことは好き」、「自分のこと、受け入れてる」、「ありのままの自分にOK出せてる」と思っていても、知らず知らずのうちに自分を試験管の中に閉じ込めて、 「どうしてこうなの?」 「なんでできないの?」 「もっとこうだったら、良かったのに」 無意識に、自分のダメ出ししながら、そのことに気づいてなかったなんてことは本当によくあることです。 「いつかもっと、きれいになれれば・・・」 「いつかもっと、いい役職に就けたら、・・・」 「いつかもっと、素敵な男性と知り合ったら・・・」 逆を言えば、『今ここの自分』を受け入れないと、結局いろんなひずみや揺れ戻しが来るわけです。 知らず知らず『ダメ出ししてる自分』、そのことに気づいた後、沸き起こって来る、 『でも、自分は自分でいいんだと満たされた気持ちでいられる自分になりたい!!!』は超パワフル。 今のあなたは、この出発点に立つことが出来たのだと思います。 「自分にOK出そうとする」んじゃなく、『自分にOK出せてない』こと、受け入れられた! 認められた!! これが、本当の自己受容の始まりです。 「ああ?、ダメ出ししてる。笑。そして、ダメ出し、しちゃってもいいんだよ」ってね、笑う。 「よく頑張ってるね」と自分に言葉をかけてあげてください。 うまくいってもいかなくても、成功しても失敗しても、楽しく気持ち良く働けても、夜遅くまで疲れ果てても、一人で黙々でも、仲間と協力でも、夢中でも、嫌々でも、目に見える成果が上がっても、結果が出てなくっても、仲良くやれてても、ケンカしちゃっても、意地張るってても、 大きく伸びをして、「あー!」って声出し、2・3回深呼吸。 立ち上がって、今いる場所より一歩後ろにさがって、目に前に自分がいる、って想像しながら、一言かけて欲しい。 「よく頑張ってるね」って。 「誰も見てない、誰も知らないかもしれないけど、よく頑張ってるね」って。 たとえ、失敗しても、疲れ果ててても、「よく頑張ってるね」って。 とにかく、自分の目線から、物理的に離れて、まるで、他の人を見るような気持ちで、 「よく頑張ってきたね」って。 だから、どうなる? だから、良くなる? だから、報われるかどうか、一旦忘れて、 とにかく、 「よく頑張ってきたね」って、言ってあげてくださいね。 なぜなら、現状がどうであれ、 あなたは、よく頑張ってきたのだからです。 応援してます。
吉田 修(@osamucom0409) プロフィール
産業カウンセラー(日本産業カウンセラー協会) 吉田修(株式会社Dream・Giver) ■ご質問者・みなさまへ■ コーチング最新メソッドを使い、自分でできる、気持ちの切り替え方法をご提案しま...
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