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添削をお願いします

こんにちは。日本の大学を受けようと思っている帰国子女です。 周りに日本人がいないので、添削をお願いします。 これは、国立の過去問です。 次の文章を読み、下線分についての考えを800字以内で述べなさい。 よく、人さまざまな、十人十色というように、お互いの持ち味はみな異なっている。顔かたちはもちろん、性格にしろ素質、才能にしろ誰一人同じという人はいない。人は生まれながらにしてそれぞれの天分というものを与えられているのである。そうした独自の天分、持ち味をお互いにどれほど自覚しているだろうか。 与えられた持ち味が異なるということは、それぞれに異なった生き方をし、異なった仕事をするような運命づけられているということでもあろう。 つまり人間は、みずからに与えられた持ち味を活かして仕事をし、生きることによって、本当の仕事のやりがいを味わうことができる。また、そういう人が一人でも多くなることによって、お互いの共同生活はより彩り豊かなものとなり、より好ましい進歩発展ももたらされのではないだろうか。 自分の回答 人間は、それぞれ異なった「持ち味」を持っている。容姿や性格、才能など誰一人同じ人間などいない。そして、それぞれ与えられた持ち味が異なるということは、みんなが異なった考え方などを持ち、異なった生き方をしているということだ。それぞれ異なった持ち味を持っていることで、人々は互いに協力し合うことができ、社会の進歩に繋がると私は考える。 「チーム医療」は、それぞれが異なった才能を持っているから成り立つ医療提供方法の一つだ。チーム医療とは、高い技術を持ったそれぞれの専門者が各々の分野に分かれ、仕事を分担し患者に医療を提供することだ。このチーム医療では、医師や看護師だけでなく、臨床心理士などといった他の医療従事者も患者の治療に関わる。チーム医療を行うことにより、以前より患者に高度な技術を提供することができるようになった。また、医療従事者一人あたりの仕事の負担も減り医療ミスの減少やストレスなどといった問題が少なくなるのだ。そしてこの連携体制が取れるのは、ひとそれぞれ違った才能を持っているからである。 チーム医療は、その例の一つでありそれぞれが互いに協力し合えるのは、皆異なった「持ち味」を持っているからだと私は考える。。異なった才能があるということは、物事の考え方や感じ方も変わり、人それぞれ違った目線で患者に向き合えることが出来るのだ。また、同じ職業の仲間でもそれぞれが違った経験をしていて、生き方も異なっているので知識などを共用することができる。これは、みんなが全員同じ性格や才能などの持ち味を持っていたらチーム医療は、成り立たない。故にみずからの才能を自覚し、活かすことでそれぞれの持ち味を発揮できることになる。そして、違った持ち味を持った者同士が協力することで社会がより発展していくと考える。

みんなの回答

  • akeshigsb
  • ベストアンサー率49% (536/1074)
回答No.2

元塾講師です。  前回の小論文と比べると、かなり文そのものの完成度が上がっていると感じました。誰かにチェックしてもらってからの投稿なのか、ご自身で勉強された結果なのか分かりませんが、今回はそうした部分についてのアドバイス内容はほとんどありません(最後に少しだけ書きました)。今回は、小論文で問われる能力について少し書きます。  今回の小論文を読んでの(私の)感想は「課題文に対して自分なりに考えていて、それをもとに小論文を書こうとした」というものです。与えられた情報に対して、ご自身の知識などを使い、内容を深くしようとする意図も感じられます。ただ、(私自身はこう呼んでいるのですが)「奥・裏側への意識」がないと感じました。  あなたの小論文は与えられた課題に対して真っ正直に答えており、それ自体はいいことです。ただ、出題者が意図するところを読み(考え)文章を書いているかというと疑問符が付きます。  たとえば、今回の文章の内容がそのまま正しいとなると、「自分の才能に適した職業に就くことがベストであり、好みなどは関係ない」というものになります。バルセロナ五輪のマラソン銀メダリストの有森裕子さんは、身体的には長距離に向かなかったそうですが、マラソンが好きで努力して五輪でメダルを獲得しました。もし、今回の文章が正しかったとすると、有森さんのような人は誕生しなかったはずであり、そうした「個人の好み」を無視したある尺度だけの基準で仕事を考えることが素晴らしいとなります。才能を自覚することは社会にとって有益なのは言うまでもありません。ただ、そればかりを重視し、好きでもないことを職業などにする弊害なども書かれた方がいいでしょう。  また、今回の文章はある考えを反映したものではないかと私は考えていますが(これはご自身で考えてみてください)、もし、今回の内容が正しいとなると「何にも適さない人がいる」という現象は生じないはずです。昨今の就職状況で内定を複数獲得する人がいる一方、100社受けても受からない人もいます。これは、企業側の採用基準が同じためで、企業が違っても、(企業が違えば本来採点基準が違うはずなのですが)同じ人間にしか内定が来ないという事態が理由です。課題文が理想であり、現実もそうであるべきかもしれませんが、それではなぜ現実と理想が違うのか、その原因は何かを書いている方が、しっかり文を読む、知識がある能力をアピールできます。  小論文の文章というのは出題者(大学)は数多くある候補からその問題を選んでいます。そのため、問題には出題者の意図がふんだんに含まれています。  おそらく私が先に書いた「一つの基準により人の能力の判定」に対する反対意見が根底にあるのではないかと思われます。特に医療では「医師が中心でその周りにその他の医療従事者がいる」という考えがあり、それをしっかり否定するような内容を、(特に看護科志望なら)書くべきではないかと思います。  課題文をしっかり理解する必要はありますが、それだけでなく「出題者の意図」もしっかり考える方が合格率は高まります。小論文となると、表面上に答えがあると思われがちですが、文章そのものだけで合否を分けることは至難の業です。そのため、こうした「奥・裏側」の記述があるかどうかで、合否を分ける方法が採点活動に必要だと考えられます。    ちなみに文法的な部分では 1段落  「持ち味」という表現がありますが、「 」 はやめた方がいいです。「 」 を付けるのは何か特殊な意味を持たせる時(あとセリフ)であり、小論文で使うべきではありません。現代文の入試ではその部分の読み取りを試すことがありますが、受験生から書くことはやめた方がいいです(特に段落の最初では)。  また「みんな」ですが「みな」にした方がいです。みんなは会話調であると判断されかねません。 2段落  「チーム医療」に関しても特段の断り(具体例は「 」を使えなど)がない限りは「 」 を使うべきではありません。また明らかに具体例とわかりますが、文章を分かりやすく書く能力が試されている試験でもあるわけですから、段落の最初に「たとえば」は入れるべきです。  また5文目の最後に「なるのだ」とありますが、これは誤用です。「少なくなった」の方がいいです。実は、「のだ構文」というものが存在し「~のだ」という文には制約があります。そのため今回は不適切です。 3段落  最初の文にある「その一例」ですが、これは「各人の持ち味を出し社会をよくしていくという考え」などと書いた方がいいでしょう。「その」は指示語であり、「近くにある何かを指すもの」ですが、今回はそれらしいものはありません。明らかに課題文の内容を指していますが、試験ということを考えると、しっかり書くべきです。指示語は直前にあるものしか指さないのが原則です。  他の個所で書いた指摘内容は省略します。   ご参考までに。

noname#231770
質問者

お礼

はい、ありがとうございました。また、頑張りたいと思います。

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  • snaporaz
  • ベストアンサー率40% (939/2342)
回答No.1

相変わらず「下線部分」がわかりません。 まず第一段落は要約ですよね。要約は求められていません。「と私は考える」とありますが、設問文の筆者の考えをなぞっただけです。つぎに第二、第三段落の内容が似すぎています。繰り返しに近い。 この時点で内容は正味三分の一になってしまい、分量不足で採点の対象外でしょう。 内容としても「言葉の定義」についてもっと感度を上げるべきでしょう。問われているのは知識そのものではなく、無理のない、嘘のない論理展開ができるか、です。 持ち味と「持ち味」で「」(かぎかっこ)を使い分けた理由は何でしょうか。ほかにも技術、才能、性格など、設問文に使われている単語とそうでないものが何度も出てきますが、出るたびに「少しずつ違う意味で使っている」ように読めてしまいます。 「言葉を何となく使っている」と、統一性のない、上滑りで結局「何が言いたいのか伝わらない文章」ができあがります。単語の選び方の精度はそのまま、文章全体の信頼性につながります。 知識の上で見逃せないのは「医師、看護師のほかに臨床心理士など」というくだりです。チーム医療について書くのに(いわば風呂敷を広げているのに)三種しか職能を出せないなら、勉強不足を露呈するだけ。それなら書かないほうがまし、ということになってしまう。 また、結びでチーム医療から突然「社会がより発展する」というのは飛躍しすぎです。 何度も書きますが「国立大学の過去問」を現段階でいくら解いても(このレベルの長文を書き連ねても)力はつきません。背伸びしすぎです。根本的な「日本語の読解能力不足」の手当てがなされていないからです。 「書く」以前に「読む」演習が足りていないのです。聞かれたことがぼんやりとしか理解できていないので、あれこれ考えるうちに、いつの間にか書きたいこと(にわか勉強したこと)にすり替えているのです。「医師の言うことを正しく患者に伝えられない(曲げて伝えてしまう)」危険因子だと判断されてしまいます。 対策としてはきちんと論理展開についての指導を受けるか、国語の勉強をするか、どうしても演習したいのならもっとやさしい(字数の少ない)私大の過去問でもやるか、というところでしょう。

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