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過去の恥ずかしい記憶
いつもお世話になっております。 私は人間関係で「なんであんな恥ずかしいことを言ってしまったんだろう」という後悔がいつまでもつきまとってしまいます。 先日も私が相手に言葉で不快な思いをさせてしまったと思い、お詫びをしたら相手は何のことかわからないという勘違いな状況がありました。自信のない人間なので顔色をうかがっているのが原因なのですが、わかっていてもつい余計なことを言ってしまいます。何度もこういう事を繰り返しています。 本題なのですが、私はその過去の恥ずかしい記憶が強烈に残るので、次行動するとき足かせになり言葉が出てこなくなります。言葉が出ないとまた後悔し、喋ると相手が不快になったのではと勘ぐり、謝罪しては相手は身に覚えがないので変な人と見られ、私はまた萎縮してしまう、という悪循環になってしまいます。 「相手は私が考えているほど気にしてはいない」ということはわかるのですが、理屈ではわかっていてもどうしても考えてしまいます。この悪循環を脱する方法はないでしょうか。 たぶん「自分に自信を持つ」ということが一番の解決法だというのはわかります。もしこの他に具体的な考え方などがありましたらよろしくお願いします。
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私が実際にやっている方法(考え方)です。 不快な思いをさせてしまった(と思われる)相手をAさんとします。 私だったら、Aさんに謝罪をするよりも、Aさんが喜んでくれる ようなことをするようにします。(罪滅ぼしのつもりで) 仕事上の関係があれば、Aさんに役立つことを積極的にしてあげます。 友人であれば、パチンコで儲けたとかなんとか嘘をついて、食事でも おごってあげるとか…とにかく、Aさんに謝るのではなく、Aさんが 喜んでくれるようなことをすればいいと思います。 もし、仮にAさんが貴方に対して不快な思いがあったとしても、 上記のようなことで帳消しにして許してくれるかもしれないし、 貴方も、Aさんに喜んでもらえれば罪の意識も薄くなると思います。 素直に謝ることのできない私は、貴方のような方を尊敬してしまいます。
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- seiso
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こんにちは。 以前にもhayaさんにアドバイスをさせて頂いたことがあると思うのですが、なんて申し上げたらいいのでしょう。。いい人過ぎる、いい人止まりって感じがするのですよね。(ごめんなさい、はっきり言いますね) 自分の本当の姿というものを絶えずみつめていこうとすることは大事で、そこには当然、人の思惑、人の評価が気になるだろうと思います。 ただ、人に気に入られよう、つい人の目を気にするということで、自分の生活が律されてしまう気がします。 「謙遜」になるということはとても大切なことだと思いますが、人から褒められたら、そして褒められるに値することを自分がしたと思ったら、素直にストレートに認めることだと思います。 例えば 「昨日の演奏はとても良かったですよ」と言われたら、「ああ、そうですか、有難うございます。」と礼を言って素直に喜びを表し、そして今度からはもっといい演奏を!と努力する。 逆もそうで、誰かに注意を受けたら、これまた「有難うございます」と自分は今、これだけのものしか持っていないんだということに気づいたらそれでいいと思います。 「謙遜」も度を過ぎると相手に不快感を与えてしまうと思うんですね。 そこで、少し子供の頃の心に、少し戻ってみられては、と思います。 子供は素直ですよね。 素直な心というのは、天に真っ直ぐである・・っていう意味だと思うんですね。 子供をみればわかりやすいと思います。 あっさりとして、無邪気で、理屈で物事をごちゃごちゃと考えず、ストレートで、真っ直ぐ、って感じるんじゃないかな、と思います。 それに、余計なものがなく、いたってすっきり、ものの見事にクールです。 今のhaya さんには、上記した子供のように、善いものはそのままで、もう少し自我の強さを御自分に入れていかれれば、と思いました。
お礼
何度もご回答くださり本当にありがとうございます。私も自分なりに色々苦悩しながら前には進んでいるのですが、細かいところが気になるのはなかなか治らないようで、そのたびにこちらでは皆様にお世話になっています。皆様ありがとうございます。 悪い意味でいい人すぎるというのは非常に的を射ているかもしれません。 確かに私は自信がないので褒められてもお世辞だろうと素直に喜べませんし、相手の裏の顔をうかがって気に入られようとしています。これでも最近はかなり良くなった方なのですが、なかなか完璧にとは当然行きません。 子供のように素直に。良い言葉ですね。 顔色ばかりうかがうのではなくて言われたら謝るくらいの気持ちでいた方が、相手から見ても良いのかもしれません。素直にを心がけるように頑張ろうと思います。
- hihig
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外傷記憶(トラウマ)やネガティブな記憶を想起する際に生ずる不快な気分を緩和し、適応的な考え方を得る方法にEMDRという心理療法の技法があります。 下記URLご参照ください。 E eye 眼球 M movement 運動 による D desensitization 脱感作 と R reprocessing 再処理 です
- 参考URL:
- http://www.emdr.jp/
お礼
ありがとうございます。 具体的な心理療法を御紹介くださりありがとうございます。私が今通っているカウンセリングでは療法とまではいきませんので、URL先を参考にさせて頂きます。
そのひとそのひとの性格、考え方をわかるように すればいいのではないでしょうか? 例えば、Mさんとは親友で同じ職場で何でも話せるけどしょっちゅう遊びはしない Iさんとは遊びに行く事もあるけど親友まではいかない Sさんとは映画を一緒にみに行くし食べ歩きもするけど、心までは開けない Kさんとは、ある一定の(同じ悩み)があるときは そのことについては話すけど、自分のプライベート までは話し込まない など、人の特徴、性格、態度をもっと知ることも大切では ないでしょうか。 話してしまった後に言いふらされては大変だし、 そこで、その友達とあなたの絆も壊れてしまいます。
お礼
ありがとうございます。 そうですね。相手と自分との関係をちゃんと見れるようににならないといけませんね。私は浅い関係の人にまで深い友達と同じような友人関係を求めてしまいがちなので、変な謝罪などをしてしまうのかもしれません。
- megu_7
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最近では政治家の様々な発言が度々問題視されているのをよく見かけます。彼らのように自らの発言が良くも悪しくも大きな影響を与える地位にある人達すら「言葉」の持つ意味(怖さ)を知らない人達が増えている・・・そんな気がします。 何も政治家ばかりの問題ではなく、やはり「言葉」ひとつで双方の関係が大きく変化する事は往々にしてあるものです。それほどにも本来「言葉」とは難しいものでしょう。 日常生活に於いて何気に発している「言葉」を軽視し、知らぬ間に他者に不愉快な思いをさせている人達が多い中、あなたのように自らの「言葉」を慎重に捉えていらっしゃるという事・・・それは決して間違ってはいないように思います。 が、あまりその事ばかりにとらわれすぎるのもどうかと思います。 >言葉が出ないとまた後悔し、喋ると相手が不快になったのではと勘ぐり、謝罪しては相手は身に覚えがないので変な人と見られ、私はまた萎縮してしまう、という悪循環になってしまいます。 実際にあなたが発した言葉で相手を傷つけたのであれば、素直に謝る(誤解を解く)必要はあるでしょう。 ですが、単なるあなたの思いこみであった場合、それは取り越し苦労でしょう。 >以前心療内科では神経症と診断されたことがありました。 そのような診断をされていらっしゃるのであれば、何らかの治療もされているのでしょうか? あまり1つの事に固執されるのではなく、もう少しざっくばらんに物事・人間と向き合えると良いのですが・・・。 他の皆様のように的確なアドバイスは出来ませんが、私など「一言多い」タイプの人間にとって、あなたのような人はむしろ見習うべき人であり尊敬すらしてしまいます。 どうかあまり必要以上に悲観的にならないで下さいね。 そんな誠実なお人柄を持つあなたに好感を持っている人・・・きっと沢山いらっしゃると思いますよ♪
お礼
ありがとうございます。 実際に私が発した言葉で相手を傷つけたという経験はほとんどありません。ただ自分に自信がないせいか、何を言っても相手が不快に感じていないかとビクビクしながら話している状態です。そのせいでたいしたことではなくても後で後悔し謝罪してしまいます。 今は薬は飲んでいませんが、カウンセリングで相談を聞いて頂いている状態です。 なるべく悲観的にならないように心がけたいと思います。好感持って頂ける方がいれば良いのですが、そんな気があまりしないのが正直な気持ちです。
こんばんは。 haya さんがそうというわけではないのですが、 上記の文面を読むと、 不安神経症というものに近からず遠からず・・・。 不安神経症についてのURL貼っきます。 ま、そういう病気もあるんだよ程度で読んでみてください。 何かヒントになるものがあるといいのですが。
- 参考URL:
- http://www.shypeople.gr.jp/
お礼
御回答ありがとうございます。 実は私カウンセリングに通っていまして、以前心療内科では神経症と診断されたことがありました。仰るとおりです。 カウンセリングでも質問しているのですが、カウンセリングと言うところは先生が具体的な解決法を話してくれる所ではないので、どうして良いのかわからなくなることがありこちらで質問させて頂きました。 URL読ませて頂きます。ありがとうございます。
- ss-ss
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相手が不快に思っているかどうかなんて、その本人でなければ分かりません。 何でも言い合える人がいたら、その人に、「こんなこと言ったんだけど、相手は不快に思ったかな~」と次々質問して、答えをもらうしかないのではないですか? 自分に自信を持ったところで、不快に思う人は不快に思います。 極端に言えば、「有難う」と言って、怒られる場合だってあるんです。 仕方ないや、と開き直ることが必要だと思いますが、本当に不快なことを言っているのであれば、それは、止めた方が良いと思うので、1人で悩むのではなく、友人に、「どう思う?」と聞き続けた方が良いと思います
お礼
御回答ありがとうございます。 信用できる友人に聞くのも良いかもしれませんね。私は一人で悩む所があり、質問文のような謝罪も数日悩み込んでから言ったりします。相手にとっては一層意味がわからない謝罪になってしまいます。 恥ずかしがらず人に聞くというのも方法かもしれませんね。
お礼
ありがとうございます。 確かに私は相手が不快に思っていないかもしれない(現に謝罪後いつも何とも思っていない)ようなことが多いので、謝って何のことかわからないと思われるよりは、喜ばれることをした方が良いのかもしれませんね。私の罪の意識的にも紛れるかもしれません。 私が謝るのは、私が相手に悪い人間だと思われたくないという理由なので、そんな尊敬されるような者じゃありませんよ。