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有色人種に夢と希望を与え続けた日本という存在

まず最初に、みなさんは韓国や中国を見て、夢や希望を感じた事はありますか? 多分、ほとんど全ての日本国民が、韓国、中国から夢や希望など感じた事などないと思います。 しかし、最近になってやっと経済発展を始めたミャンマーの人々ならば、「自分達もがんばれば韓国、中国の様に国を発展させる事ができるかも」と夢や希望を感じるかもしれません。 その昔、世界中が欧米列強に支配されていた頃、有色人種は白色人種には能力的に劣るとされていました。 それは今で言う、エセ科学での証明だったわけですが、それが白色人種が有色人種を支配する際の根拠とされていました。 その当時は世界中の有色人種も、そのいい加減な根拠を信じさせられ「自分達、有色人種は白色人種より劣る。だから、白色人種に支配されてもしょうがない。」と思っていたわけです。 しかし、日本人が有色人種達が持っていた、白色人種に支配されてもしょうがないという固定観念を見事にぶち壊しました。 日本が有色人種は白色人種に劣るわけではない、という事を証明したのです。 その後の日本は、欧米を凌駕するほどの発展をし、世界中の有色人種の人々が、自分達も頑張れば、日本の様に発展でき、国際社会からも尊敬される国になれるかもと、夢と希望を持ったのでした。 事情通のみなさん、この世界中の有色人種の人々に夢と希望を与え続けた日本という存在の誕生の秘密は一体何なんでしょうか?

みんなの回答

回答No.9

真似するのが上手かっただけです。

noname#244420
noname#244420
回答No.8

殆どの文面が肯定文になっていますが、全ての文章構成の 根拠は何ですか? あれもこれも、、、と否定的な例を挙げるとキリが無いので 止めておきますが、、、唯一、本当にこれで良かったのか?と、 自問自答するところをお話したいと思います。 資源が僅かな石炭しかない島国が、終戦後に産業、商業へと シフトしたところまでは先見の目があったと感心するところですが、 その後はどうなんでしょう? 誰かが主導権を握って司法、政治、経済を引っ張るわけでもなく、 慣例、事例が無いと一向に進まない。 時代が急速に流れている のですから当り前でしょう。 最高裁判事が結論を出さなければ 誰が出すんですか? 政治も威勢のいい奴が出て来たかと思えば、人の言葉尻を摘み 上げて進行を妨げる。 政党が変われば政策が変わり国民が 振り回されている。 その間にも、中国、韓国は国を上げて力を付けて来ている様をみて 夢や希望どころではなく、恐怖を感じませんか? ソチオリンピックで日の丸を振って喜んでいる場合じゃないと 思いますが、、、ある意味、呆れるくらいに平和な国ですよね。

  • love_pet2
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回答No.7

>有色人種に夢と希望を与え続けた日本という存在 そのような事実は存在しません。 ネルーが「日本のロシアに対する勝利がどれほどアジアの諸国民を喜ばせ小躍りさせたかをわれわれはみた。ところが、その直後の成果は少数の侵略的帝国主義諸国のグループに、もう一国をつけくわえたにすぎなかった。そのにがい結果を、まず最初になめたのは朝鮮であった」と書いた通りの事実があるだけです。 ガンジーも『日本人に次ぎ』で以下のように書いています。 「こうした楽しい思い出を背景にもっておりますだけに、わたしにはどうしても理由のないものに思われるあなたがたの中国に対する攻撃のことや、報道が信頼できるなら、あの偉大な古い歴史をもつ国土(くに)をあなたがたが無慈悲にも蹂躙(じゅうりん)していることを思うたびに、わたしは深い悲しみをおぼえます。 世界の列強と肩を並べたいというのは、あなたがたのりっぱな野望でありました。けれども、あなたがたの中国に対する侵略や枢軸国との同盟は、たしかに、そうした野心が昂じた不当な逸脱だったのです。 その国の古典文芸をあなたがたが摂取されてきた、あの偉大な古い国の民族があなたがたの隣人であるという事実に、あなたがたが誇りを感じていられるものとばかり思っていました。お互いの歴史・伝統・文芸を理解し合うことは、あなたがた両国民を友人として結びつけこそすれ、今日のように敵同士にするはずはありません。 もしわたしが自由な身であったなら、そして貴国を訪れることが許されますなら、わたしの体力は弱ってはいますが、わが身の健康を、いや生命をも賭してあなたがたの国に赴き、あなたがたが中国に対して、世界に対して、ひいてはあなたがた自身に対して行なっている罪悪をやめるよう懇願するでありましょう。 」 1970年代には東南アジアで反日暴動が起きています。 また、東南アジアの教科書に日本占領気がどのように書かれているかを知っていれば、そのような誤った認識は持ちようがありません。 http://www.geocities.jp/social792/siryou/kyoukasyo.html http://www31.ocn.ne.jp/~hinode_kogei/DATA.html#asian_point

  • hekiyu
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回答No.6

”この世界中の有色人種の人々に夢と希望を与え続けた日本という存在の  誕生の秘密は一体何なんでしょうか? ”    ↑ 韓国ぽい感じになってきたような印象も受けますが、 それはさておいて。 こういう日本を評価する人は欧米人にも少なく ありませんね。 「日本は、我々が異国に学ぶべき唯一の国である」 なんてことを指摘している人もいます。 中国人学者の中にも、日本を評価する人はいますよ。 「日本はアジアの誇りである」 と明言していたりします。 で、その原因ですが勿論一つではないでしょう。 でも、一つだけあげろ、といえばそれは 海外の文物を上手く取り入れたことだと思います。 日本は長い間、中国から学んで来ましたが、韓国の ように、劣化コピーには終わりませんでした。 日本流に濾過し、良い処だけを取り入れてきました。 維新後は、中国が欧米に代わっただけです。 こういう柔軟性が今日の日本を造ったと思います。 ただ、こういう日本には弱点もあります。 つまり、先頭を切って進むことが出来ない、という ことです。 どこかに、手本となる国が存在しないとダメだ、 という弱点があるように感じます。 こういう日本は、ナンバーツウにはなれても ナンバーワンにはなれないと思っています。

noname#190516
noname#190516
回答No.5

今まで多大な影響を受けてきた中国が、近代になって実は単なる張子の虎だったと気付いたから? 中国はあの体たらく、朝鮮は今も昔も見ての通り、東南アジアは既に欧米列強の支配下…。 中華と言う秩序から離れ、自分で立ち上がるしかない。 と言う筋書き?

回答No.4

ローマ帝国文化が、大きいと思います。この戦いの歴史から民族調整を知ったのです。その為、拡大しました。中国文化も拡大しましたが、嘘をつく為自壊してしまいあまり広がりませんでした。日本では、悟りが浸透している為、自主防衛的に守られてきたのではないでしょうか。結局は、肌の色では無く知能の違いでしょう。戦いが知能を発達させてきたということだと思います。つまり、教育が普及していないと守れなくなり滅んでしまう。進化の法則ですかね。中国は、文字を特権階級的に扱った為、文化が普及しなかった典型でしょう。その為、民は、生産より戦いの駒として使われてきたのでしょう。

  • dragon-man
  • ベストアンサー率19% (2711/13692)
回答No.3

オーストラリア制作の「シンガポール陥落」のドキュメンタリー映画です。 http://www.youtube.com/watch?v=Dm6zNg0zY7I これを見るとよく分かります。オーストラリアにしては珍しく、、日本人を含めた有色人種に偏見を持って画いていません。軍国主義の日本という西洋のステレオタイプな決めつけ方もしていません。史実を連ねて客観忠実に画いています。 今の人は知らないでしょうが(学校の先生が教えてくれなかったので)、戦前シンガポールはイギリスのアジア植民地支配の拠点でした。ここに強大な軍隊を駐留させ、インドから中国まで睨みをきかせていたのです。真珠湾攻撃の2ヶ月後、、1942年2月に、日本軍がシンガポールを制圧し、イギリスを屈服させました。これを契機にインドから東南アジアにあるヨーロッパの植民地支配がおわりました。このドキュメンタリーは史実や現地人、イギリス軍人などの証言を含めて忠実に再現しています。これを見れば百聞は一見にしかずです。残念ながら日本の学校ではこういうことを教えてくれません。外国あら学ばねばなりません。残念なことです。1時間以上の長い映画ですが、最後まで見て下さい。

  • fullfill
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回答No.2

(1) 鎌倉以降の武士政権が700年続いて、武士道に代表される人としての誇り、思いやり、恥の文化などの道徳律が国民の大多数に普及していたこと。 (2) 江戸時代から士農工商にとらわれず読み書きそろばんの基礎教育が普及していたこと。 (3) 労働は美徳であるとの思想が行き渡り、どのような分野にしてもとことんまで技術の向上を追求する姿勢があったこと。 (4) 聖徳太子以後の本地垂迹説が浸透し、国内において宗教的対立がほとんど存在しなかったこと。 (5) 鎌倉幕府以降の封建体制により、今で言う地方分権が行き渡り、日本の隅々まで文化的な平準化があったこと。(特に江戸期以降は) (6) 江戸期260年の長期平和社会が、教育の振興、産業・農業生産の向上をもたらし、社会の安定と人身の安定をもたらすことが出来たこと。 (7) 萬世一系の皇室が存在し、中世以降は今で言うところの「象徴」と変わらない政治体制が続いたこと。 (8) 遣隋使や遣唐使にみられるように、外の世界の文化や技術を取捨選択しながら積極的に取り入れて、独自の日本文化に発展させたこと。 などがあるのではと思います。  

回答No.1

日本が持ち上げられるようになったのはここ数年のことだと思いますよ。 東南アジアでは、バカヤロ、ケンペイ、ロウムシャは、誤改を招きやすくたぶん今でも禁句だと思います。

Guan-yu13
質問者

補足

それは、あなたがここ数年の事しか知らないからでは?

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