• ベストアンサー

ネットが盛んになる前の「パソコン通信」と言われていた時代には何をしていた?

 インターネットが全国的に普及している昨今ですが、以前は「パソコン通信」と言われていた時代がありましたよね?。  その頃は何をしていたんでしょうか?。  サーバーはあったのでしょうか?。  ホームページはあったのでしょうか?。    具体的にお聞きしたいです。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • imogasi
  • ベストアンサー率27% (4737/17070)
回答No.5

小生詳しくないのですが、問いの建て方が、また問題の方向が気になりました。 次の視点は忘れずに。 >ホームページはあったのでしょうか ホームページ=WEBページのキーワードは (1)WWW  (2)TCP/IP(IPアドレス) (3)HTML だと思います。 パソコン通信の仕組みは(1)、(2)、(3)とも縁のないものです。 創設者のチィム・バーナーズリーほかについて http://www.yeelpc.com/history.htm http://www.c-sugar.on.arena.ne.jp/ken/wakhok/thesis/index_10.html http://www.ibarakiken.gr.jp/www/world/wwwbz.html http://www.urban.ne.jp/home/mmaeda/htm/www.html http://www.kanzaki.com/docs/html/htminfo-ex1.html 1995年ごろがWEBブラウザの日本へ入ってきた時期のようです。 >サーバーはあったのでしょうか ご質問者の言われているサーバーはWWWサーバーのはずです。それ以外のサーバーもあります。したがって答えはパソコン通信とは別の発達の歴史を聞いている訳で、パソコン通信の盛行期がどれくらい重なったかということでしょうか。 インターネットに放逐されたと言えると思いますが1995年以後3-4年でしょうか。

すると、全ての回答が全文表示されます。

その他の回答 (12)

noname#247256
noname#247256
回答No.13

私はWindows95の初版からなのでこの中では若輩者です_(_^_)_ とか言いつつ3.1も持っているんですけどね(^^; やってた事と言えばNIFTYとPC-VANでやってまして~ 確か最初に聞いたやった事と言えばニフ内で LHA解凍ソフトについての質問だったかなぁ 罵倒されたので、こそこそ逃げちゃいましたけどね(^^; 後、主にやってた事は、ハビタット2(今はJ-CHAT?)と言う アバター(分身)作っていろんな人とチャット三昧でした。 が、しかし、電話代とチャット代で1月で20近く行った事も(笑) 給料の半分飛んで鳴きそうでしたねぇ ちなみにPC始めたきっかけはセガサターンで ハビタット2をやっていて、PCのが良い!と思ったからです(^^; 当時はサターンからとPCからの共存がハビタット2で出来たのでしたっと。 忘れていた事が思い出せました、ありがとう_(_^_)_

すると、全ての回答が全文表示されます。
  • fuchikoma
  • ベストアンサー率17% (82/466)
回答No.12

自分が入ったのはモデムの通信速度が1200bpsから2400bpsに移りつつある頃。現在は仮にアナログモデムでも56kbpsでしょうから隔世の感があります。 ダイアルアップの世界でして、当時はまだテレホーダイなんてありませんでした。ですから必然的に電話代が大きな関心事になりまして、「今月はみかか代がかかった」とかも話題になりました。 「みかか代」って用は電話代のことなのですが、キーボードでNTTと打つと理由がわかります。 で、やっていたことといえば、掲示板の閲覧・書き込みとか。フリーウェア(当時はPDSと言う場合が多かった)のダウンロードとか。 今で言うならばホームページの主宰者がホストの主宰者で、その主宰者のことを「シスオペさん」とか呼んでました。シスオペさん登録してーとか。

すると、全ての回答が全文表示されます。
回答No.11

サーバーやホームページに関しては、他の方々が答えておられるので、何をしていたか?とか、どんな雰囲気だったのか?について理解を深められそうなテキストをご紹介したいと思います。 まず、講談社ヤングマガジンKCから恋緒みなとさんの「オレ通AtoZ」。 マンガですが、パソコン通信ユーザーの実態がかなりリアルに描かれています。しかし…実際は、作中の様な美少女との出会いなんてのはほとんど期待出来なかったらしい。 お次は、NTT出版から西園悟さんの「NIFTY-Serveのはまり方」。 アニメの脚本家として知られる作者が、パソ通の世界にゼロからはまっていく様が楽しく語られています。 どちらも、書店で手に入る可能性は低いので、マンガ喫茶や図書館で探してみて下さい。

すると、全ての回答が全文表示されます。
  • B-rapid
  • ベストアンサー率33% (368/1098)
回答No.10

懐かしいですねぇ 私も「パソコン通信」といわれる時代からネットを初めてかれこれ15年ほどになりますけど 他の方も書かれていますけど、基本的に文字だけのやり取りでして、現在のように画像や音声などをやりとりするには、その画像・音声ファイルをダウンロードして、表示するプログラムを起動させて見聞きしていました。 現在と違い、一つのパソコンで複数のプログラムを同時に動かすことはまず不可能でしたし、パソコンの操作も基本的にはキーボードからコマンドを入力する形でしたから、パソコンに精通していないと何も出来ないと言う状況でした。 通信速度も遅かったですから、現在では数秒でダウンロードできるファイルも1時間近く掛かるなんて事はざらでしたし、エラーも結構発生していました。 で、こういった画像・音声・プログラムをテキスト方式ファイルでデータ化するプログラム(ishが代表的)も存在していました。 いまからしてみれば想像も出来ない話ですけど、昔を思い出してみるとある意味いい時代だったような気もします。

すると、全ての回答が全文表示されます。
回答No.9

いやー感無量ですね~。 ○アスキーネット ○PC-Van ○Nifty-Serve ○People というパソコン通信サービスに加入してました。特にアスキーネットでは仮サービスの時からやってたような気がします。300bpsの音響カプラで。 >その頃は何をしていたんでしょうか?。 会議室とかフォーラムとかで文字によるコミュニケーションですかね。300bpsだと表示文字になんとか追いつけたような気が… >サーバーはあったのでしょうか?。 今のようにあっちこっちにWWWサーバが乱立していたのではなく、ホストとよばれる限られた台数の一極集中のサーバに何千人、何万人(?)がアクセスしていたわけですね。 >ホームページはあったのでしょうか?。 今のような形式ではないですよね。 字だけですから。 昔はパソコン持っているだけでも「変わった人」扱いだったし 「パソコン通信?なにそれー。くらーーー」って感じでしたね(^^;

すると、全ての回答が全文表示されます。
noname#8602
noname#8602
回答No.8

◆何をしたのか。 a,草の根ネットの会議室で、今の掲示板と同じやりとりをしていた。その頃は、どちらかと言えばROM。 b,io-dataに繋いで、修正ファイルのダウンロードをした。 c,フリーソフトのダウンロードばかりやっていた。DOMそのもの。 ◆サーバは、あったのか。 あった。運営者のPCがそれにあたる。 ◆ホームページはあったのか。 ホームページという概念はない。

すると、全ての回答が全文表示されます。
  • rasaki
  • ベストアンサー率53% (33/62)
回答No.7

>その頃は何をしていたんでしょうか?。 掲示板のような文字による情報のやりとりが主です。2ちゃんねるをご存知なら正しくあんな状態です。 様々な掲示板があって好きなところを読んで書いてといった具合です。 他には、チャットやオンラインゲームなどもありましたし、会員同士ならメールのやりとりもできました。 自作のCGやプログラムを公開している人もたくさんいましたよ。 >サーバーはあったのでしょうか?。 パソコン通信の場合、一般的にホストマシンと言っていましたが、 PC-9800シリーズやX68000シリーズなどのパソコンをサーバにして個人で開局している人も多かったです。 そういうところは草の根ネットや草の根BBSと言います。 >ホームページはあったのでしょうか?。 草の根BBSというくらいなので、掲示板が主体だったわけです。 ですから、自分の趣味の掲示板を作ることくらいはできましたが、それ以上はほぼ不可能でした。

すると、全ての回答が全文表示されます。
  • inachan
  • ベストアンサー率16% (9/54)
回答No.6

「パソコン通信」と言われていた時代には何をしていた? 予断ですが、電話回線を利用する人の他に、アマチュア無線で電波を利用して要するにパケット通信をする人もいました。こちらは電話代は気にせずのんびりできました。

すると、全ての回答が全文表示されます。
  • Ravioli
  • ベストアンサー率41% (29/70)
回答No.4

あーあったなぁと懐かしく10年位前を思い出しました。 その頃私は主にPeopleでハーブ関係の掲示板をみて情報をみたり質問したり、非常にほのぼのとしていました。「週x曜日10pm~チャットをやります」という書き込みをみて直接情報交換したり、画面はもちろん白黒(いわゆるDOS画面にテキストのみが流れる)、 いまのように荒らしの書き込みや変な人も少なくてよかったです。それはもう皆打つのが早い早い!人間業とは思えぬ人もいました。 そういえば、オフ会もやってましたね。 一番最初にインターネットを利用したのもPeopleの新サービスでした。色が出てきたときには正直、感動ものでしたよ。そういえば、その頃のブラウザーってモザイクとかカメレオンとかがあったな、どこいったんだろ? 当時、一番大きかったのはNIFTYです。 そこに好きな有名作家の掲示板があって、書き込みをしたらすぐにお返事をいただいて、とても感動したものです。今でもその作家の方はHPを持ってますが、さすがに今は掲示板がありません。一般的になり過ぎるのは、こういうデメリットがあります。 パソコン自体の値段や通信費が今より高額なこともあって、ある程度大人しか使えない世界でしたから、今よりかなり秩序が保たれていたと思います。 今のように定額通信費も選択肢が少ないので、ヘビーユーザーは夜10時以降に利用して通信費を抑えていました。このNTTのサービス名はたしかテレほーだいでした。なつかし~い…

すると、全ての回答が全文表示されます。
  • HAL007
  • ベストアンサー率29% (1751/5869)
回答No.3

>>その頃は何をしていたんでしょうか?。 フォーラムや会議室などでの書込みや(今で言う掲示板に似たシステムです) チャットを主に使っていました。因みに当時最速を誇っていた ASCIIのチャットではタイピングが早くなりました。 2600Kしか出ないモデムなのに5人もいると30行程度は あっと言う間に流れてしまい会話について行けなくなって仕舞うんです。 >>サーバーはあったのでしょうか?。 サーバーと言えばサーバーですが汎用機を使っていたと思います。 電話で契約先のコンピュータにログインする形です。 ですから、ニフティに参加するにはニフティと契約する 必要がありました。 (因みに、ニフティには多くのソフトがUPされていたので  DL目的で契約した一人です) >>ホームページはあったのでしょうか?。 ウ・・・・余り記憶にありません。そもそも、ホームページの 概念自体がインターネットで実現されたのではないでしょうか?

すると、全ての回答が全文表示されます。

関連するQ&A