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自分の生かし方がわかりません
自分の生かし方がわかりません。 寝るのが怖くなって起き出してしまいました。 楽しむことが何一つできなくなってきました。 私は一人身でフリーランスであり借金もなく前科者でもなく何にも咎められることもなく自由なはずなんです。 腕一本で生きていけると思いました。 全財産を失くしても大丈夫だと思っていました。 それが不安が昂じてお金を貯めることばかりしています。 2年前から電子レンジさえ買うのをためらってできずにいます。 自分は特別な人間だと思っていました。 成績がよく手先が器用だったから勘違いしてしまったんでしょうね。 だから幸せになれるはずだと思っていました。 気付いたら周りに誰もおらず誰にも必要とされない自分がいました。 過去に書いた自伝を読みました。 確かに自分のことなんですが、他人のことのように感じます。 いったい、自分はどうしてしまったのでしょう? やばいです。会社にも属さずダメになってしまったら・・ それこそお金が頼りです。 なんてつまらぬ社会なのだろう。なんてつまらぬ人生なのだろう。なんてつまらぬ人間なのだろう。 それでも現状はどん底ではないです。 這い上がってきて安定期に差し掛かってきたところです。 貯金も10年分くらいは貯まり、持病もなく年収も増えました。 だから現状維持すれば当分安泰で、堅実に生きることができます。 だからこそ絶望なのです。 わき目も振らず登りつめた先が崖っぷちであるかのような不安に襲われるのです。 日々の暮らしに喜びがなく、ただ我慢するのが最善だなんて酷過ぎます。 ここは牢獄ですか? 自由に生きてきて、結婚もせず、子供ももうけず、会社にも入らず、友とも不通で捻ねた大人になってしまった。 すべては自業自得なのでしょう。 でも・・自分は悪い人間ではない。決して人を騙すことはしなかった。 自由でありたいと思ってはいるが、人一倍真面目にやってきたつもりです。 自分を生かしきれてないだけなのかも知れない。 30年頑張ってきた仕事だけれど・・必要にされなくなったとしたら、やはりリタイヤすべきなのだろう。 その先には何もないけれど なんだかまとまりのない文になってしまいました。 よりよく生きるヒントありましたらお願いします。
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- cripahoo
- ベストアンサー率34% (10/29)
目標に向かって進んでいる時には、捨てているものには 気づかないのでしょうけれども、振り返ってみた時に、 その捨ててきたものを思い出して、愕然とするというこ とは、よくあると思います。 質問者さんは、自分の将来が見えてしまったために、 立ち止まってしまったんでしょうね。 立ち止まると、周りのものがよく見える。 わたしは、以前の勤め先が証券会社だったこともあってか、 つくづく人生は株価のようだと感じます。 上がっている時には、気分もウキウキで、儲かったこのお金 で何してあそぼうか、などとしか考えていませんが、その後 に暴落にあったりすると、あの時に買っておかなければ良か ったと後悔することひとしおです。 お客さんでも、20年以上前に買ったNTT株をずっと持ち続け て、悶々としている人もいました。 そんなに悩むんなら、売ればいいのに、と思うんですが、 勧められた証券会社に手数料を払いたくないという気持ちと、 損して売ったら、自分の失敗を認めてしまうようで嫌だ、 という気持ちが交錯しているように見えました。 そういう気持ちだと、株に対して前向きになれないので、 ずっと当時のことを話すばかりです。前を向けない。 質問者さんの人生は、外から見れば暴落しているわけではなく、 むしろ高値圏にあるようですけど、心の中では暴落しているよう な状況ということでしょうか。 それまで1000円だと思っていたものが、今見ると100円にしか 見えない。 過去の自伝が他人事のように見えるということは、そういうこと なんだと思います。 過去を振り返って、後悔する時って、自分の得たものの価値を 低く見て、捨ててきた、持っていないものを高く見がちです。 そして、そこにばかり目がいってしまうと、動けなくなって しまう。 株であれば、そういう場合は、売ってしまって、心残りを断ち 切ってスッキリしてしまうと、新しい景色が見えてきます。 仕切り直しというやつです。 だからといって、それで損を取り戻せるかというと、必ずしも そういうわけではありませんが、お客さんの興味も動き出して 将来に対して前向きになるような気がします。 それだけでも、売る価値はあると、いつも思っていました。 要するに心のバランスをとるということなのだと思います。 何かに執着し続けていると、その反対側のものが見えなかった り、手に入れようと思えなくて、バランスが取れなくなるのだ と思います。 質問者さんは、自分の好きなことをして、自由を手に入れてき たようですが、人とのつながりが欠けていると気づいたのです ね。であれば、そのつながりを作らせない、自分の価値観を 手放すしかないのではないでしょうか。 経済的な自由が、必ずしも精神的な自由に、つながらないと 分かったわけですから。
- demerger
- ベストアンサー率26% (152/578)
「未明には魔物が住む」 日が落ちたら、人生を考えてはいけません。 人生を考えるのは、朝日がのぼってから。 未明はどんなに明るい人生も、不安が支配する時間帯です。 眠れない時には、とっておきの酒の一杯もひっかけて 好きな音楽でも(くれぐれもヘッドホンで)聞いて 朝日を待つことです。 ちなみに、自分は たまに落ち込んだ時に乗る・冬の始発新幹線が、好きです。 停滞している自分の日常を、進ませてくれているようなスピード感もあり、 それと共に夜が明け始める、 新たな取り組みをしよう・・という気持ちが湧いてきます。
お礼
コメントありがとうございます。 昼まで寝てしまい、朝日を見ることができませんでした。 よくありませんね・・ 不安を募らせるのも手紙を書くのも晩は毒になるのでしょうね。朝に行動することで非日常感を味わうのはいいアイディアかも知れませんね。 ありがとうございます。
- okramatto888Wa
- ベストアンサー率22% (27/121)
私がまず感じたのは貴方には妻が必要だということです。最近は「自分を褒めてあげたい」等の言葉がもてはやされていますが、人は誰でも世のため人(他人)の為に生きてこそ力(元気)がでるもんです。その他人の最も近いのが異性(妻又は夫)です。 ご存知のように、多くの日本人が好きな1万円札の肖像画は福沢諭吉、前の5千円札は新渡戸稲造でした。新渡戸稲造はキリスト者でした。福沢諭吉「学問のすすめ」の有名な「天は人の上に人を創らず、人の下に人を創らず」もキリスト教国のアメリカから持ち帰って思想でした。 その基督教の旧約聖書に神は「人(男)が一人でいるのはよくない」それで女を創ったと記されている。 新約聖書では青年がイエスに「先生、私は戒めを全て実行していますが、よりよく生きるにはどうすればいいですか」というようなことをたずねると、イエスは「持ち物を全て売り払い、貧しい人にほどこしなさい」と答えられた。青年は寂しそうな顔をして去っていった。彼は金持ちだったからである。と書いています。 旧約聖書のソロモン(ダビデの息子)の箴言に「世の中の事は全て空しい」と言うような事が書かれている。ソロモンは世界一の知恵者であったらしい(ダビデが神に願った)みんな悩みながら失敗を繰り返しながら成長していくんでしょうね。 貴方の能力とお金を彼女(連れ合い)と隣人(因縁のある方)等に使い、誰も見ていなくても神様がみておられるのだから「ありがとう」等の言葉や、靴をそろえたり、通り道のゴミを拾ったりして徳を積むのもいいと思います。
お礼
コメントありがとうございます。 所帯を持ったりペットを飼ったりするのは煩わしく考えてしまいます。 愛情持って誠心誠意お付き合いしたことはありますが、一緒に棲むことを考えると正直ゾッとしてしまいます。 私は人とうまく接することが苦手ですので、相方にだけ信頼されるとは考えられないです。 ギスギスした時、私はすぐにその人とのかかわりを諦めてしまいます。適当なことを言ってやり過ごすことができず、誰からも排除されてしまうわけです。 信仰を持つのには抵抗がありますが、善行の効果はあるのかも知れませんね。試してみます。 ありがとうございました。
- まさしろ(@masasiro)
- ベストアンサー率35% (295/842)
ドストエフスキーの「罪と罰」をお読み下さい。 今の貴方が回復へ向かうにはぴったりの著書だと思います。 人間は詰まるところ、罪の意識を一人では持つに至れないのです。例えば、貴方がこの人だけは裏切ってはならないと思えた人を裏切って初めて芽生えるものが罪の意識なのです。人間は罪の意識が始めから備わっているということではないのですね。 貴方にとって必要なのは罪の意識です。それを手に入れる為に、貴方は積極的に他者と関係を持たなければなりません。他人は映し鏡と言ったりしますが、一人きりでは自分を見失います。鏡に映る貴方の姿は左右が反対になっていて本当の姿ではありませんね。他人を知り、自分を知ることは大切なことだと思います。 また、人間には向かい合う相手が必要です。30年お仕事をされて来られたということで50代の方でしょうか。結婚には向かない人もいますし、結婚から人生が破綻することも珍しいことではありませんね。機会損失はどのように生きても必ず起きる問題です。結婚を意識するような特別な誰かということではなくても、誰かと向かい合うことが貴方を救うでしょう。同性や異性の親友や友人を持つことです。 「人間」は人の間と書きますね。今のままでは貴方はただの人です。これからは人とのつながりの間がしっかりとある人間を目指して下さい。虚無感に覆われるのは一人きりだからです。誰からも認められないのは貴方「だけ」だからです。貴方を認めてくれる人は貴方がまだ出会っていないだけでこの世界には沢山いるはずですからね。 不安と喜びは表裏一体のものです。出会いと別れ、幸福と不幸と挙げたらキリがありませんが、喜びを得たいのなら不安に一歩踏み込まなければなりません。一歩でも半歩でも相手に踏み込まなければ、不安も喜びも得られません。手に入るのは虚無感だけですね。 人間は一秒あれば生まれ変われる。大きな不安と喜びに満ちた豊かな関係性を誰かと構築することに挑戦してそれを叶えて下さい。貴方の経験が誰かの希望となるようなものならば素晴らしいですね。
お礼
コメントありがとうございます。 罪と罰、読んでみます。 そうですね、人はひとりでは生きていけない。 元気な時はひとりのほうが幸せなんですけどね・・。 最近はお金さえあれば、仕事もやめて誰とも接することなく暮らしたいとばかり思ってしまっています。 しかし必死で貯金しても稼ぎはしれていて、貯金も年金も不十分で一生働かざるを得ない。 動けなくなったら一巻の終わりです。 普通に生活することすらこの先難しく感じています。 しかし仮に宝くじに当たって大金を手にしたとしても、老人ホームとお墓が待っているだけです。 なんともつまらんです。 私は若い頃、楽器をやっていて、歌も歌っていました。 音楽が得意というわけでもなく、人当たりがよいわけでもありませんが、手先の器用さだけで全国レベルの人たちの間にいさせてもらい、楽しい青春時代を過ごさせてもらいました。 最近、気晴らしに時々楽器を手にとることがありますが、楽しさは感じません。 ちゃんと演奏できなくなっていることもそうですが、演じる側が楽しめないことを見ていただくのも気が引けて舞台には消極的です。 しかし、数少ない「私にできること」ですので、誰かと共有できるのかも知れないですね。 他者との関わりのきっかけというと趣味のことしか浮かばないのですけれど、それでも罪の意識を感じられるでしょうか。 仕事で見つけられたら一番でしたけど・・お金のための仕事になってしまってるのがいけないのでしょうね。 いろいろ迷ってますが、私にできることで模索していきます。 貴重な時間をありがとうございました。
お礼
コメントありがとうございます。 私も株で失敗したひとりです。現物ではありませんでしたので塩漬けした結果、連日多額の追証に全財産を取られました。 何故損を重ねてしまったのか・・やはり自らの失敗を認めたくなかったからなのだと思います。 決して損をしないよう取引していたつもりでしたが、含み損を無視して「いつか好転するに違いない」などと楽観視していました。結果、全財産を失うという最悪の事態を招いてしまいました。 それからは一切の投資をやめて、ひたすら極端に貯金に走ることになりました。 そこそこ復活はしましたが、現状を見つめ直すと人並みの老後は望めないことをひしひし感じ始めてるのです。 そうすると、それ以外のものを顧みずにやってきただけに虚無感を憶えているわけです。 幸せを感じないことの考察で、ほかの方が書かれていた「罪の意識」について、その心理と「代償行為」を調べてみました。 株で失敗したことは罪とは感じませんが、会社をやめたことは自分にとってやはり大きな罪悪感を背負うことになっているのだろうと思います。 20代の頃、信頼されて重要な役回りを任されていたのに、私は「失踪」してドロップアウトしてしまいました。現実から逃げて全国を放浪し、親にも心配かけてしまいました。 実は30代の頃、結婚していました。 どうして結婚したのか?と周囲に言われるほど不幸な日々でした。毎日のように妻の機嫌を取って、毎月の結婚記念日にケーキを買ってお祝いをしていました。それでも罪悪感は拭えず、家に帰れなくなり別れました。 今思えばあれは社会的にドロップアウトしてしまった自分の罪滅ぼしのための代償行為だったのではないか、と思います。 もしかしたら、全財産を散在してしまったのも罪滅ぼしだったのかも知れません。 誰にも心許さないのも自分が許せないからかも知れません。 ともすれば、自暴自棄になりがちなのも・・ 処方箋は「許し」と「感謝」だそうです。 なんとか自分を許し、代償行為でない人付き合いができないものか・・ 時間ばかりが過ぎていきます。 貴重なお時間、ありがとうございました。