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家族に死が近づいているのに悲しくない
- 家族に死が近づいているのに悲しくない理由について、質問者は自身の家族環境や母親のヒステリックな態度、自身の感情の特異性を挙げています。
- 質問者は家族に対する愛情の欠如や常に母親に合わせる態度、冷たい言葉を選ぶ理由について悩んでいます。また、自身の感じ方や他の人に対する優しさの違いについても混乱しています。
- 最後に、質問者は自身の感情や行動に対して頭がおかしいのではないかと疑問を抱いており、この悩みが深刻であることを述べています。
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ヒステリックな母親に育てられ、自分のありのままを受け入れられないで来たので、 常に本当の気持ちを心の奥底に押さえ込んで、母親の気に入るように頑張って来たと思います 本当にやりたいことではなくて、母親の喜ぶことを最優先してしまったりで、 それが自分のやりたいことと思い込ませたり、色々葛藤があったのではないでしょうか そういうのがもう癖になり、自分の気持ちが自分でわからなくなってしまったのではないでしょうか わたしもそういう母親に育てられました 父とは幼少期に離婚して別居で、たまに会ったりしていました 数年前、父が今どうしているかと思い、調べて貰ったら、 既に8年前に亡くなっていました 母はわたしが父親の死に目にも会えなくて本当に可哀相と思ったようですが、 わたしは全く平気で、父の死を聞いても、あっそう、でした 本当に哀しく無かったです 父のことは尊敬しています 会った時には可愛がってもらいましたし、好きでした 祖母の時もそうで、同居でしたが亡くなっても哀しく無かったです 今、友人が余命いくばくもなく、病床に伏しています 友人が亡くなると思うと辛くて、思っただけで涙が出ます 友人とは知り合ってまだ1年ですが、そんな状況です 残念ながら、何を哀しく思うかは、人それぞれというか、 その人との関わりにもよるのかも知れません 同じ屋根の下で暮らしたというだけでは、血が繋がっていたというだけでも、 感情が出ないのは致し方ないのかも知れません 気持ちが繋がっていた人が亡くなれば、あなたも悲しいことでしょう それは自然なことだと思いますが、どうでしょうか 相手が、自分の素直な感情を受け止めてくれる人かどうかが、 キーワードなのかも知れませんね
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- PAPLEEYE
- ベストアンサー率10% (12/119)
母親の影響が強いのだと思います。 父親とのつながりもわからないくらい。
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お返事ありがとうございます。 そうですね、そんな気もします。 母の存在が大きすぎて、父はいつも影が薄いです。
- kurikuricyan
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貴女は、何も間違ってないですよ。 治療についての、医師からの相談は、当人に聞くしかないですよ。 だって、お父さんの病気なんですから。 お父さんが、これ以上治療をしなくても良い、、と言うのなら治療は止めればいいのであって、、。 何故に、当人でない家族が判断するのでしょう? これが、未成年の子供であったら、親が判断しなくてはなりませんが、、。 貴女は、間違ってませんよ。 私は、2年しか生きられない、、、といわれて、すでに6年も生きてます。 癌では、ありませんが、、。 人には、寿命があります。 お父さんだって、早かれ遅かれ「寿命がきたら」亡くなります。 私は、「死」というのは、肉体という皮袋に魂が宿っていて、肉体という皮袋から魂が 抜け出すのが「死」だと思っています。 ですから、亡くなった方のことを「亡骸」というのです。 魂が肉体から去ってしまって 空 になったので「なきがら」なのです。 何も泣く必要はありません。 遅かれ早かれ、あの世でまた再会するのですから。 貴女は、まったく正常ですよ。 お父さんの四十九日が済んだら、母親の手の届かない処に引っ越しをしましょう。 もちろん、内緒で!! お母さんのことは、長女であるお姉さんに任せましょう。 ワーワー泣く人は、人間が何者であるか、、、ということに 無知 な人なのです。
お礼
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お返事ありがとうございます。 正常ですとのお言葉、救われます。ありがとうございます。 父の治療について、母は色々自力で調べたらしく、それをやらせたいようです。父の意見は結局通りませんでした。いつものことですが・・・。 どうしてそういうことをするのか、私にはわかりません。そんな母を見ていると、離れたい気持ちがさらに強くなります。 姉は私に対して親に対する態度が悪いと常々言っている人ですが、結局は自分は離れた場所にいて、たまに帰ってくればいいと思っているように感じます。そんな人なので、母のことも結局私に任せそうな気がするのです。 本当に内緒で引っ越すことを考えておこうと思います・・・。
- michael-m
- ベストアンサー率50% (2724/5433)
前日クルム伊達がため息ばかりつく観客に切れたというニュースがありました。全くその通りですよ。 なぜ、負けるなって言えないんですかね。なぜ「くそー」って叫ばないんですかね。クルムに負けて欲しいんですかね。 東日本の震災でもわかるように、日本人は当事者の気持ちになってとかいって、悲しみを表情をします。 でもコレって何の得がありますか? 当事者は悲しみたいんですかね。清楚に戻りたいんじゃないですかね。関係ないものが一年も悲しみを強要するっておかしくないですか?立ち直るなって言っているんですよ。日本人の同情って絶対に変です。 お父様が死んでも居ないのになぜ悲しまなければならないんですか?末期がんから生還した人だって居るんですよ。余命3ヶ月の宣告から何年も行きた人だっているんですよ。私の義父は3ヶ月の宣告後一年半生きました。 死んでいないなら、生きてよ、頑張ってよって思うのが当たり前じゃないですか。 落胆はわかりますよ。私が心筋梗塞で死の縁をさまよったとき、長女は泣きました。しかし妻は「絶対に大丈夫だと信じれば泣きはしないでしょ」とたしなめてくれました。 それが死んでいない人への正しい対応だと私は信じます。 私は父が死んだとき全く悲しくはありませんでした。私が病室に入ると同時に心音が止まりました。 私は「待っててくれた」という思いしかありませんでしたよ。 私は魂も来世も信じています。だから死んでも肉体から離れただけ。だから悲しみはありません。 母方の祖母が死んだとき悲しくはなかった。それはあまりに距離があるから。 おばが死んだとき、私は少し悲しみました。それはまだまだ話しをしたかったから。 勘三郎が死んだとき、私は一日喪に服しました。用事があって駅まで行ったんですけれど言いようの無い悲しみで何かをしようとする気がおきなかった。そのまま家に帰り、一日部屋に閉じこもりました。 悲しみにくれるというのは、喪失感に因るものです。だから喪失もしていないのに悲しむのはおかしい。 距離があれば、或いは逆に充分にやるべきことはやった場合には喪失感はがなくても不思議ではない。 また苛め抜かれた舅が死んで、開放感からばんざいをした嫁もいるそうです。 つまり、やり足りていないから悲しむんです。 温かいとか冷たいという問題ではないですよ。 大体、死んでも居ない人が病気だから悲しいなんて、「おまえの死は決まっている」と言っているような物ですよ。失礼でしょ。
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お返事ありがとうございます。 クルム伊達のニュースはビックリしましたね。応援しに行ったんですから声援を送ってほしいものです。 あれは日本人独特なのでしょうか。頑張ってほしい分、落胆も大きいのかもしれませんね。 父としたいこともしてあげたいことも特に浮かばないのが現状です。それが本心なのだから困ったものです。これは距離があるのでしょうか。
- forever520
- ベストアンサー率46% (743/1588)
40代既婚者男です。 あなたは決して冷たい人でも、おかしな人でもありませんよ。 お父さんに対して、そうした感情しか出ない要因として、幼少期の お父さんとのコミュニケーション不足や愛情不足からくるもの とも考えられます。 例えば、血のつながる本当の父親が産まれてすぐに離婚に よって、家を出て一度も会わなかった場合、ある時母親に 実は実の父親がいて、余命わずかだと聞かされても、悲しい とも何とも思わないでしょうし、涙も出ないはずです。 つまりは、全くの赤の他人が事故で亡くなったニュースを テレビで見て何とも思わないのと同じなのです。 おばあちゃんの場合は、誰でも年齢からして、もうすぐ旅立つ だろうという漠然とした覚悟みたいなものがあるはずです。 ですから、祖父母が亡くなっても、あまり感情が大きく出ない 場合は少ないくないと思います。 あとその人その人によって、感情の表現の仕方は違うと思い ますよ。 些細なことですぐ泣く人もいれば、全く動じない人もいます。 それと死に対する概念というか、捉え方の違いもあるかも しれません。 泣かないから、薄情とか冷たいとか、そういう事でカテゴリー するのでは無く、お父さんに残された時間の中で、どう向き あっていくかが大切です。 残された時間が無いから、お父さんを腫物を触るような 風では無く、そのわずかな時間を後悔しないように、あなた 自身が使うのです。 これまでお父さんに言えなかった思いがあれば、それが 結果お父さんを傷つけるかもしれないとしても、伝える事が 大切です。 あの時私は悲しかった、辛かった、こうしたかった。とか、 嬉しかった。楽しかった。などの思いをぶつけるのです。 もしお父さんにまだ謝れずにいる事があれば、ちゃんと 謝るのです。 そして、感謝の思いがあればちゃんとありがとうって伝える のです。 無ければいいのです。 これまでどこかでお父さんを避けて、向き合おうとしてこな かったとすれば、これが最後のチャンスです。 もう遅いということは決してありません。 お父さんが最後まで、お父さんらしく生きられることを お祈り申し上げます。
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お返事ありがとうございます。 たしかにコミュニケーション不足はあるかもしれません。未だに2人きりになると静まり返りますし。 アドバイスを頂いたので、さっそく思ってたことをメールで(会話はろくに続かないので)送ったところ母に見られ、「どうせお母さんなんか邪魔だって思ってるんでしょ」とまたヒスを起こされました・・・。 うまくいかないものです。 父が決めた治療方針も気にいらなかったらしくまた大喧嘩でした。父が父らしく生きるというのも、難しいことのようです。
- nagaineko
- ベストアンサー率28% (563/1990)
私は、あなたが冷たい人だとは思いません。 家族なんだから悲しむのが当たり前。 本当にそうでしょうか? それって、思い込みでは?何かの刷り込みではないでしょうか? 望ましい家庭環境で育った人もいれば、そうではない家庭環境で育った 人もいるわけです。 その辺の事を全て、飛び越えて、家族なんだから悲しめ!っていうのは、 暴論だと思います。 家族といえども、お互いの事を理解し、尊重し、絆を深める家族もいれば、 世間体ばかりを気にして、お互いの気持ちなんかは、どこかへ置き去り、 形にばかりとらわれて生きてる家族もいるんです。 家族という言葉に縛られ過ぎだと思います。 本当に大切なことは、家族という事実ではなく、人間対人間として、 どのような関係性を築いてきたのか?築いて行くのか?っていうこと だと思うのです。 そういう意味でいえば、あなたの家族は、そういう部分では至らなかった。 そういうことなのかもしれません。 あなたは、自分に正直なだけだと思いますよ。 何も、負い目に感じたり、ひけめを感じる必要はないと思います。 最後に泣けるかどうか、それは、単なる結果だと思います。 生きてる間に、お互い、どういう人間関係を築いてきたのか、の。 ですから、それまでの、過程のことをすっぽかして、泣いたからいいとか、 泣かないから、冷たいだとかいうのは、全然本質からかけ離れているような 気がします。 ただ、あなたがこの先結婚したり、子供をもうけたりして、 自分の親の気持ちが少し理解できたりするかもしれないし、 できないままかもしれない。 それはわからないけど、悲しく思えるときがきたら、悲しめばいいのでは ないでしょうか? 正直な自分を責めないでくださいね。 あなたは、自分に正直でいいと思います。
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お返事ありがとうございます。 優しい言葉をかけて頂き、ありがとうございます。 私自身は望ましい家庭環境ではなかったと思っていても、家族からみるとただの末っ子の甘えだと言われそうで苦しいです。 家族ってなんなの?とすっと考えてきました。こんなに感じ方がずれているのに、どうして誰もおかしいと思わないんだろうって。みんなは家族なんだから、とよく言います。それがおかしいと思います。 この家族は家族であろうとしているだけだ、と思ってしまうのです。 そういう私が一番、『家族』というものに囚われているのかもしれません。 家族ってそういうものじゃない、というような。 やはりもう一度離れたいなぁと思います。 あの人達から離れて、人と人の繋がりを、自分で作っていきたいと思います。
- Marluna
- ベストアンサー率16% (217/1310)
うーん、悩み過ぎて何がお悩みかわからなくなってるんじゃないでしょうか? 泣けるかどうかがそれほど重要でしょうか?仮に涙が出たらあなたの悩みは消えますかね。それとも涙を見せないと、冷酷だと責められることが嫌なのでしょうか。 悲しいから泣けるというのは一応自然な流れではありますが、悲しい人すべてが泣けるわけじゃありません。楽しい人すべてが笑ってるわけじゃないですよ。怒ってる人全てが感情を露わにするとは限らないです。怒ると黙る人もいるでしょう?悲しくても泣けない場合だって世の中にはいくらでもあります。ショックを受けて悲しいと実感できない場合だってあります。 喜怒哀楽、感情って理性じゃないんです。そこをお忘れですよ。「人が死んだ、親族が死んだ→悲しむべきだから、泣けないとおかしい」じゃないんです。喪失感を味わって悲しくなったら泣いてしまうんであって、泣くべき場所だから泣かなきゃいけないんじゃないです。悲しむべき場面では、悲しむものなんだって理性で考えることじゃないんです。 かなり前に死んだ親父のことを話すと・・・ 散々憎んだ親父でした。酒たばこ好き放題やって、ろくに働かずにお袋ばかり働かせて、遊び放題でした。死ねばいいのにってずっと思ってました。肺がんで余命半年ってわかった時、悲しいなんて全く思いませんでしたよ。因果応報、ざまぁみろって思いましたから。物心ついてから、尊敬できるところなんてろくになかったです。 死後にわかったことですが、親父なりの悩みがあり、家庭内に居場所がなく、外では友達と楽しく過ごし、家では寡黙に酒を飲むしかなかったんです。お通夜と葬式で、列席者は意外なほど悲しんでいて、親父が実は私が思っていたような人ではなかったことを多少実感することになりました。 列席者で涙を流す人が意外に多く・・・私は親父を不当に恨んでいたことを知り、親父にすまないと・・・心で謝りながら泣きました。去ってしまったという喪失感は埋めようがなく・・・人が死ぬとはそういうことなのだろうと思いました。 あなたにとってはどうなんでしょうか・・・。喪失感で自然に泣く時がくればそれはそれでいいと思うし、そうならなければそれもそれでいいのではないでしょうか?無理に泣こうと思うのは病気かな。そう思うくらいなら目薬をさしておけばいいと思いますよ。あまり気にしなくていいと思いますよ。
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お返事ありがとうございます。 冷酷だと責められるのが嫌なのかもしれません。悲しくないのになんで泣かないといけないの、という思いはあります。その悲しくない、というところが冷たいと言われる所以なのでしょうが・・・。 父を恨むというより、どこか遠くに感じています。他人のようです。普通に見れば優しい人なのだろう、いい人なのだろうと分かってはいるのですが、やはり他人のように感じます。 本当に、私にとって父の喪失とはどんなものなんでしょう。その時がこないと、目薬がいるかどうかわかりませんね。
私も両親が亡くなりました。 葬儀当時は、諸手続きで大変で悲しむ時間がありませんでした。 初七日、49日で悲しく寂しくなってきて、死後20年経った今でも悲しいですよ。 いてくれたらなぁって思ってます。
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お返事ありがとうございます。 そうですね、いざ亡くなったらやることが沢山ありそうです。 私の場合、いてくれたら、と思えるかどうか甚だ疑問ではありますが・・・。 まだ亡くなってもいないのですが、寂しくはならなさそうです・・・。
- dragons66
- ベストアンサー率37% (3/8)
お医者さんの病状説明で、家族の感情は一瞬に変わります。 末期がんでも治癒できなくはないです。多臓器に転移したり、合併症が出てくるとかなり厳しい状況ですが、臓器が1~2のレベルでしたら、お医者さんもまだ治癒できると思っています。あと、小便が出なくなると、生命は残り数時間です。 お医者さんから「助かる見込みがなくなってきた」とか「近い親戚や親しい友人に、早めに面会してもらってください」と言われると、大変不安になります。最近のお医者さんは、死亡する可能性が出てきたと判断すると、早めに家族に言います。そうなると、表面上は落ち着いた表情を保てるかもしれませんが、心の中は結構、焦りだします。 私の場合は、お医者さんにそのように聞かされて、泣き出しました。以来、ICU個室に移してもらい、最後は近い親族や生前、親密な関係にあった皆さんと一緒に送りました。 本当の悲しみは、葬儀が終わり、火葬されて遺骨として帰宅してから始まり、亡くなった方の子供や配偶者は1年くらいは元気がでません。私の家族の体験談ですが。
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お返事ありがとうございます。 一部治療ができるような話が出ています。その治療法についても母が騒ぎ出して大変でした。 またもや、「私が探してきた治療法じゃない」という理由で。本当に自分が思ってた通りにならないと気が済まない人です。 今のところやはり、泣きそうな気分ではないです。まだ、治療していけるところがあるからでしょうか。 どうしても父を亡くして元気をなくす自分、というものが想像できません。 その時になってみないと、わからないですね、自分の感情さえ。
- anndoromeda
- ベストアンサー率15% (279/1846)
悲しむ・・それは時期があるのです。 何か悲しむ原因が出来たときに、直ぐさま・・速効で悲しめると言うものでもないのです。 これが、感情の不思議な所。 私も、悲しめなくて・・ 師に質問をした所。 悲しめるときが来たなら、悲しめば良い・・と言われました。 勿論、一生悲しめなくても、それはそれ。
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お返事ありがとうございます。 悲しめる時がきたら悲しめばいいとのお言葉、ありがたいです。 楽になれたように思います。 その時期がくる、こないは分かりませんが、それはそれ、ですね。
- sutorama
- ベストアンサー率35% (1689/4748)
私も家族の死に関しては無頓着です 友人や先輩や恩師の死にあっても、泣いたことはありません しかし、私は長男なのですか、母がガンで亡くなった時、瞬時に葬儀の段取りがあたまに浮かび、すぐに行動に移し、施主として最後まで迷いも無く、行いました 逆に言えば、看病の間も死の直前も淡々としていたので、本人が頑張っているのに死んだ後の相談を誰にできるモノでもなく、心の中でなんども、シミュレーションをしていたからです 通夜、母が骨になっても、泣けませんでしたが、葬儀の最後に、古くから良くしていただいていた、母のご友人に弔辞をお願いしてたのですが、そのとき、涙が溢れてきました ですので、そのようなモノですし、人それぞれだと思います しかし、書かせていただいたように、家族の中にも冷静にものごとを運べる人は必要かと思いますので、役回りを探されておけばよろしいかと、思います
お礼
すみません!お礼と補足を間違えました!
補足
お返事ありがとうございます。 冷静にしっかりとご自分の役割を果たされたのですね。すごいです。 私はできるでしょうか。最近はもう、家族そのものと関わりたくない気持ちにもなっています。 自分のやるべきことはやれるようにしていきたいですが・・・。 せめて心の中でのシュミレーション、私もやっておこうと思います。
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お礼
すみません!お礼と補足を間違えました!
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お返事ありがとうございます。 私と同じような母親に育てられたということで、なんだかしっくりくる言葉を多く感じました。 本当に関わりあい方で感情って違いますね。なんだか納得しました。 思えば大切に思う友人たちはみんな、私の率直な言葉をちゃんと聞いてくれる人たちです。 自分と意見が違っても、それはそれ、とそういう考え方もあると一緒に考えてくれる人ばかりです。 決して投げやりにではなく、しっかりと受け止めてくれていると感じられます。 そんな友人がいるから今まで生きてこれたとも思います。 家族にばかりとらわれていないで、そんな友人達を大事にしていこうと思います。