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最近の若者について
私が言うのも難ですが、最近の20代は努力を知らない連中が多い。顔を見れば明らかに分かります。 もちろんきちんと勉強して大学を卒業し立派に仕事をしている人もいるでしょう。しかし遊んでいる連中の方が明らかに多いですね。恐らく就職難といっても会社側はそういった若者のどこを評価していいのか分からない。仕方の無い事ではありませんか? かわいそうに仕事にもつけない。そうじゃなくて仕事につく資格すらない。そんな連中に会社の仕事を任せるわけに行かないでしょう。当然の話です。 質問の意味は何かといいますと、そんな状況に甘んじていて注意もしない大人はどうか?ということです。 また私たち30代の世代はもっと厳しかったと思います。今のようにパソコンや携帯などがなかったからかもしれません。見てみぬふり。これは社会問題ではないでしょうか? 大体、あんなのは相手にするほうが間違っている。その考え方がそもそも悲惨な状況を招いているのではないですか?相手にしなければ連中はどんどん付け上がるだけですよ。そこを何とかしてもらいたい。ご意見をお待ちしております。
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- mojitto
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30代の僕からしてみて >顔を見れば明らかに分かります というのは、かなり痛々しいですね… 老害ジジイやお節介ババアなど自称【人を見る目がある人】くらいしか、そんなこと言いませんよ。 参考程度にはなるかもしれないけど、決めつけが過ぎますね。 >会社側はそういった若者のどこを評価していいのか分からない その程度の評価もひねり出せないほど、会社も無能ではないかと。 だからこそ、若者を雇っているわけですし… それと >遊んでいる連中の方が明らかに多いです それはどこのデータですか? 基本的に遊んでいない人は家と職場や学校の往復ですから、見かけることは少ないです。 ちゃんと職場や学校に訪問をして、真面目な若者もカウントした方がいいですよ。 また遊んでいる連中とやらも、“今日がお休みで遊んでいる”のか“四六時中遊んでいる”のか、聞いてみた方がいいですよ。 団塊世代のように直接の利害関係がほとんどないならまだしも、30代なら若者は貴重な戦力の源泉、可愛いものだと思うのですが… 自分が若かったころが記憶のかなたにある老人なら、「近頃の若いものは…」という老害発言もある意味では仕方のないことかもしれませんが、30代が言うことじゃないでしょう。
- あずき なな(@azuki-7)
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平和ボケに輪をかけてゆとり教育 すべては国の責任です
- rokometto
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大人がいうほど優れてるとは思わないですけどね。 子どもは大人を見て教科書にして育ちます。 つまり教科書たる大人がデタラメなんですよ、すでに。 例えば道を歩いてると横断歩道を手をあげて渡ろうとしてる子どもの横を、お年寄りが信号無視して斜めに横断する、そんなシーン結構見ますしね。 それじゃ子ども達もルールなんか自分達だけ律儀に守ってられるか! ってなるよねぇ。
- whitecanvas
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どーも、30代です。 というか30です。 あなた結婚は?子供は?今幸せですか?人生を謳歌してますか? 俺はあなたが必死こいて社会の歯車に倣っていた頃、女とハメハメしまくって遊んでた連中です。 中卒で資格なし。 転職は十回以上。 でも現在は十分優良な会社にいます。 別にあなたの年収と比べて優良って言ってるんじゃないですよ。愛する妻と子を養え尚且将来に向けての貯蓄が可能だから優良なんです。 普通であること、安定があること、それは優良です。もちろん今必死こいてます。 優良の幅は天地の差がありつつも比べる必要は価値のないことです。 また貴賤なきことです。 就職難じゃないですよ、今は。人手はどこも足りてません。 ただしクソ企業が増えてるんです。 そしてクソと決め付ける若者が増えてるんです。 努力しないのは注意しない大人が悪いわけじゃないです。 努力するかしないかは本人が決めることであり、その責任は本人にあります。 どうしようもなくなった時彼らは自発的もしくは受動的に努力するでしょうし、それでもできないやつの話はする意味がありません。可能性や決め付けに帰結するので。 では努力しようと思えない環境を作り出した私たちが原因であると仮定し、人として間違った行動をとる若者を更正しようと乗り出した大人たちはいるのか。 あなたはどうです?一見するに人のせいにしかしてないようですが。 言葉、体罰、指導、見本。 手っ取り早いのは体罰ですが。 それは今の社会が許しません。なんとも盲目的な社会になったもんです。 世知辛いですね。 よく小学校の担任にしばかれましたもん。 まあ人は変わりますよ。 環境次第で良くも悪くも、いくらでも。 長い目で見ないとやきもきするこちらが疲れます。 あなたが何を批判していてどんな意見が欲しかったのか読み取れず申し訳ないです。また的外れな意見であるならば重ねて詫びます。 なんというか、責任は若者自身であり、周囲の環境を提供する大人たちであり、ひいては政治家や日本全体であり、それすらも時代の流れのような気がします。 なるべくしてなった要因や責任なんてものを押し付けてもきっと変わらないでしょうね。 可変も不変も含めて成ったそういう社会が、今の日本なんでしょうね。
- rikukoro2
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個人的に 団塊の世代のように就職難もなく、経済発展の見込まれた時代 そして今のような氷河時代では希望の持つ量が違うと思います 『努力をしてある程度 それが報われる時代』『努力をしても、それがあまり報われない時代』 そのような時代背景がこのような現象み出しているのでないかと思います。 で今の怒る世代、いわゆる管理職は戦後の飽和の時代あまり苦労をしらず会社で そだってきた世代です(いわゆる終身雇用制がまだ十分あった時代) なので怒り方もわからないんじゃないでしょうかね 尚私は40代後半の人間ですけど、個人的に一番だらしないのは団塊世代だと思います
私も過去に「今時の若者」に散々な目に会ったことがあります。 今でもそれはかなりのトラウマではありますし、街中で、電車内で 目に余る連中を見かけることも少なくありませんね。 ただ、自分の目に映る世界など、本当に片鱗に過ぎませんから 目立つ「悪」に目が釘付けになると、その他大勢の若者の姿が 見えなくなってしまいます。 勿論、悪人ならずとも褒められたものではない子供達の姿も 良く見かけますが、僅か60年少々の戦後でさえ、様々な 「若者」がいたではありませんか? 現在も半グレだのゾクだのレイプに痴漢野郎、陰湿な匿名小僧など 色々いますが、例えば全学連がゲバ棒を振り回していた頃は、 普通の20才位の男の子がビール瓶にガソリンを入れて火をつけて 警官に投げつけたり、議論で一人をいたぶってリンチ殺人をしたり、 性犯罪だってネットが無かった分、やる連中は凄まじい集団レイプを 繰り返したりしていた・・・そんな連中が今は分別臭い説教をしたり ヤンチャなどと軽い言葉で青春時代のひとこまみたいに美化して 語ったりもしています。 勿論、ネット全盛で終身雇用も地域社会の青少年育成や犯罪防衛 能力もずい分無力化してきた昨今ですが、今から10~20年もすると 時代もまた変わります。 今20歳の若者も20年後には能無しジェネーションと呼ばれて社会の ゴミ扱いされているかも知れないし、その時代の若者に役立たずは 死ねと言われているかも知れません。 考えてみれば、どんな時代でも強い奴と弱い奴がいますし、強い奴は 理不尽な暴力をふるって弱者をいたぶる権利があるようにふるまうし、 弱い奴は我慢に我慢を重ねて凶悪な復讐に走ったりもしてきました。 運の良し悪しもかなりあります。 子供の目には保身に走る大人は汚く映るでしょうけれど、彼らの大半も また、年齢を重ねるにつれて、どんなに自分が無能で弱いかを思い 知らされます。 やっとこさ作った幸せを壊さないために必死で見て見ぬふりをしなければ ならないことだってあります。 ねえ、私たちは年寄り目線で若者の愚痴を言いがちですが、そういう 若者かそうでないかというステレオタイプな見方ではなくて、死ぬまで 現役でいませんか? 仕事においても、家庭においても、親子・友人、様々な人間関係の中で 自分が出来ること、すべきこと、善人であるだけでなく、姑息な悪人でも あるのが大半の庶民というものです。 だから、人として現役でいようと思いませんか? 死ぬまで、人間として現役で。 苛められている子どもをたった今守れないなら、同じように悔しい思いを 抱えて歯を食いしばっている同級生たちと、私たちは同じように無力で 自分の怯えに向かい合う勇気をなかなかふるうことができない、同じです。 現役、といったのは、そういう意味です。 出来ることなら手を差し伸べるなり、協力するなりすればいいし、 出来ないことなら若者と我々は同じです。 何を語る資格が、ないこともしばしばです。 シミを見て全体が黒いとは私は思いませんし、シミを見て 誰かに洗わせようとも思いません。 悪い若者に苦しめられている弱者に寄り添って力を貸そうとすることも 並大抵の覚悟ではできないことです。 一回や二回、手を差し伸べるだけでは、同じように背負ったことには ならないからです。 私たちとて、ただの一人の人間に過ぎません。 出来ることはとても限られています。 その一人の小さな意思や責任を背負う覚悟や、ささやかな能力や 経験で、出来ることをやる、出来ないことは苦しむ。 そういう現役でいたいと、私は思っています。 若者の中にも中高年や高齢者が力を貸すべき仲間が 絶対にいます。 東北大震災だって、まさしくそうだったではありませんか。 あなたの憤懣やるかたない気持ちは、よく判ります。 勿論、あなただけの憤りでもありません。 多くの中高年や高齢者が眉間にしわを寄せている。 でも、若者から見たら、我々だってとても褒められた ものじゃありません。 別に媚びたいという意味ではないのですが、自分を 必要としてくれる若者は、必ずいると思いたいのです。 そうでなければ、自分の生きる意味が分からずに 苦しんだり自殺する若者と同じように、我々は孤独に なるばかりです。 このご質問は、我々(中高年・高齢者)自身に、実は 向けられている厳しいご指摘なのではないか、と 私には読めるのです。 焦ることは無いと思いますが、出来ることを出来る時に。 やらねば。 私は、そう考えます。 若者に対するぎこちない関わり方そのものは世代的な ものだから無理に合わせたりする必要は無いと思うけど、 それぞれの世代や立場のやり方で、助け合ったり理解 し合ったりすることは、必ず出来る。 まだ出会っていない、若い仲間がいる---- そう信じて生きる方が、自分の人生に、より意味を 見出すことが出来る、そうは思われませんか?
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