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日本発ビジネスソフトウエアが少ないのは何故ですか?

日本は経済規模が大きく、早めに先進国になっていた割に、グローバルなビジネスアプリケーションソフトウエアをあまり生み出せていません。ドイツやフランス、イスラエル、北欧などのほうが余程貢献できている印象です。 それは何故なのでしょうか? いろいろな見方やご意見を是非ともお願いします。

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  • Red_Baron
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回答No.14

>「裾野が狭い」がボクが思っているのと別の意味だと思うので、それを教えて下さい。 簡単に言うと、商品完成までに係わる人間が少ないという意味です。 ソフトウェアは極端な言い方をすればパソコンと人間がいれば完成できますが、工業製品はそうはいかない。様々なプロセスを経て、つまり企業や人間の経て完成するのが工業製品なんです。 プロセスとは、つまるところ労働力ですから、係わるプロセスが多ければ多いほど需要が生み出される事になるので、日本社会の経済活性化に繋がります。 日本のGNPに鉱工業が占める割合は20%程度ですが、それに直接的、間接的に係わる人間の数の多さから、景気に影響を与える波及効果は他の分野に比べて非常に大きいです。 例えば自動車一台が組み上がるまでのプロセスを考えてみて下さい。それに携わる企業や人間が数が如何に膨大かが判って頂けると思います。 あくまで自動車は判りやすい例えですよ。自動車とソフトウェアじゃコストがぜんぜん違うじゃないか~というツッコミはなしですよw >世界的なメジャープレイヤーは少なめなものの、日本で作家やミュージシャンが絶滅していないところにヒントがあるのかもしれません。 世界で勝負しなくても日本市場で成り立つという事です。 折角回答にドラクエを出して頂いたので、それを使って説明しますと、500万本を超えるシリーズ最高販売本数の『ドラクエIX』の4/5が日本国内での販売です。 世界で1400万本を売り上げた『TheElderScrolls V: Skyrim』の日本のコンシューマの販売本数は、僅か30万も満たない数字です。 何が言いたいかというと、日本発とは要するに日本らしさを捨てるという事となのです。 更に噛み砕けば、スクエニがドラクエをやめてTESを作るという事です。 オープンワールドなドラクエも見てみたいという誘惑に駆られますが、よくよく考えてみれば、自由度の高いRPGは洋ゲーに任せて、ドラクエはドラクエをやっててもらった方が日本人ユーザーにとっては得なんです。 逆に捉えれば、ドラクエを失う事で一番ダメージを食らうのは日本人ユーザーというわけです。 ドラクエの魅力にどっぷりハマまっている質問者さんなら、理解して頂けるのではないでしょうか。 これはメーカー側にも当て嵌まる事で、国内の400万の需要を捨てて、世界1400万本を取りに行くのはリスクが非常に高く、下手したら置いてきた日本の需要を洋ゲーにがっつり奪われているかもしれない、再出発もできない状況に追い込まれるかもしれません。 確かに消極的で後ろ向きな考えです。行け行けドンドンのグローバル信者は保守的と非難するかもしれませんが、しかし何百何千人の従業員とその家族の生活を顧みれば、保守的で何がいけないんだと個人的には思っちゃいます。 さて、少し前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。 前回の回答で、「日本人は情報戦略やソフトウェア開発が苦手」と「IT関連やソフトウェア開発が儲からない」という意見を書きましたが、この二つに加えて、「タイミング」という要素も係わってきているかもしれません。 現在は通信速度や通信コストで世界トップを走っているので忘れ勝ちですが、嘗て日本の情報通信インフラは諸外国に遅れを取っていた、またNTT独占による通信コスト高がインターネットの普及を妨げいたという事実を思い出して欲しい。 ソフトウェア開発で世界と戦うには、国内需要が見込めないという状況は幾ら何でもハードルが高すぎました。言い換えれば、俺たちの戦いはまだ始まったばかりだという事です。 ただ、この分野の日本のバックアップはやはり見込めないと考えるのが妥当かと。先述の通り需要を考えれば、日本政府が物作りに注力する事は明らかです。 余談ですが、アニメや漫画などサブカルチャーに左の思想の人が多い理由は、日本政府のバックアップが殆ど無かった状況で、その分野で頑張ってきた人たちを支え応援してきたのが左翼だったからです。 で、サブカルチャーを非生産的だの幼稚だのと見下し叩いてきたのが保守勢力で、黎明期から活躍してる宮崎駿とか富野由悠季、手塚治虫は保守思想を相当恨んでいたでしょうね。 まあ、彼らの作品を見ると新左翼批判もけっこう遣ってますから、本音では朝日も毎日も大嫌いなんでしょうが。 少し横道に逸れますが、世界のハイテク産業の中心を担っているのは日本だという事はご存じですか? 経済効果以外で、日本政府が物作りに注力する大きな理由です。 ついこの間まで日本は途轍もない円高でした。このおかげで外国に製品は売れない、外国からは安い製品が入ってくるという、日本は不況のどん底にいましたが、ウォン安でウハウハだった反日韓国の企業は、日韓貿易赤字でも、バカ高い日本の部品を仕入れていました。何故でしょう? 理由は二つ。一つは、韓国は自前で部品を賄える技術、つまり自前で部品を造れる企業を持っていなかった。これは中小企業を切り捨て育ててこなかった韓国の事情。 二つ目は、日本以外に高品質な部品を造れる企業がなかった。これが重要です。 何故なら、世界中の国々が韓国と同じ状況なんですから。中国もアメリカもそうなんです。 このおかげで中国は本格的な尖閣侵攻は躊躇するだろし、アメリカはそう簡単に日米安保や日米同盟を破棄する事ができません。 日本という国の重要性、価値を高めているのが工業製品を造る技術力で、それを担っているのが日本の大企業ではなく中小企業です。 現在、マスコミや政治家に持て囃されてるクールジャパンですが、輸出による経済効果はかなり低いです。あのハリウッド映画でさえ市場は全世界で8000億程度ですから、海外に於ける日本のアニメや漫画の市場なんて微々たるものです。 ただし、日本のイメージ戦略としては効果はあるでしょう。そういう意味でソフトウェアに価値観を見出せば、日本の支援も期待できるかもしれません。 アニメや漫画と違い、将来的にはソフトウェア開発が諸外国の首根っこを押さえる分野へと進化している可能性もあります。経済以外でも様々な面で旨味を見出せるようになっていれば、いつの間にやらソフトウェアで日本が世界を席巻していたという状況になっているかもです。勿論、根拠は日本人の優秀さですw 纏まり無い文章になって申し訳ないです。受け売りの意見ばかりで色々ツッコミどころがあるかもしれません。おかしいというところはドンドン指摘して下さい。

dream889
質問者

補足

連投ありがとうございます。また、多角的に興味深い論点を展開下さいましてありがとうございます。重ねてお礼申し上げます。 1)「工業製品」と「パッケージソフトウエア」の雇用や景気効果の比較 日本資本、日本以外資本の会社&日本国内外の雇用/経済効果のマトリックスの4分類で、時系列の変化を見てみると何かの本質が見えてくるような気が致しました。それに雇用の付加価値の松竹梅を重ねて分析してみるヒントを頂戴しました。 日本資本の会社×日本国内雇用の組み合わせだけをアンフェアに優先する戦略は、経済や労働市場のグローバル一体化の進展に伴い、ますます通用しにくくなると考えています。 2)ローカル市場(日本市場のみ)に特化する「選択と集中」につきまして 世界を日本に置き換えると分かりやすいので、例え話で。。。 ある初期参入企業が、広島県に集中と選択を行いそこでのみ、圧倒的な勝ち組になったとします。同じ業界の静岡県の覇者が後発ながら台頭してきて、(日本で)全国展開を進めたとします。広島の会社は戦略の変更を行わないとします。 A 全国の消費選好が概ね同じ場合 - 数年後には広島の会社は事実上消滅する公算が高そうです。 B 広島の消費選好だけがガラパゴスな場合 - 生き残れる可能性がありそうですが、業界首位の売上の50分の1、利益は200分の1、価格は3割高く、平均給料は半額くらいになるかもしれません。 C 全国の消費選好が概ね5パターンくらいに集約できる場合。 群馬県の覇者が出身エリアで稼いだ金に余裕が有るうちに、進出する市場エリア毎に合わせた企業買収、人材採用、チーム編成と商品開発を行い、地域特性に合わせたラインナップを逐次投入し、上記の静岡県出身の企業をも倒してしまうかもしれません。 この場合、群馬が発祥の地だからといって、群馬県出身の社員だけをアンフェアに優遇したり登用したり、東京採用の東京人には役員に上がる仕組みがないと言うことはないと思います。 余談ですが、米風のいわゆるグローバルスタンダードからみると、中国、韓国、日本が何かと消費選好が独特の「ガラパゴス三兄弟」に見えているとシンガポール在勤のオーストラリアの人が言ってました。 3)ブロードバンド通信の価格 -孫さんに価格破壊を仕掛けてもらって、お蔭で日本はだいぶ救われたと思います。ただ、輸出入手続き日数やコストや空港使用料とか正社員の人数増減の柔軟性の低さなど、メスを入れるべき高コストな盲腸はかなり多めに残っているのが日本だと思います。 4)政府の産業政策やマスコミの風潮 雇用と資本のボーダレス化対応について、意図的に後進的なポジション取りを好む場合が多いようです。 あたかも、日本市場にいる会社は、100%日本企業で、日本人は100%日本企業に勤め、日本資本の会社の社員は100%日本人。これが、理想状態。と言うような前提が常に感じられます。 例:松下の社員がサムソンに転職すると「進展する日本人材のグローバル進出」でなく「危機!日本人材海外流出」とあたかも絶対悪であるかのように一面的な見方をする場合が多いようです。 5)部品産業 部品産業同様に、ビジネスアプリケーションの分野でも世界の屋台骨になってもらいたいですね。 6)クールジャパンとサブカルチャー 会社でも商品でも国でも「ブランド価値」に投資するのは得策だと共感します。他の労力が同じでも、その分、高く売れますので、うまくやれば算盤勘定にもあうし、自国民も、より誇りがもてるし、なにかと気分が良くて、良いことだとおもいます。 サブカルへの偏見は、年月の問題で、大衆発祥のいろんな伝統芸能だって、古今東西、多くは初めは異端だったと思います。ちなみに、アメリカ映画の主題歌を結婚式で使うと「ふさわしい」と思い、新郎新婦入場に「ドラクエ」を流すと笑うのは、「脱亜入欧」の名残もあるのかなあ、と思います。 正直、ボクは「行け行けドンドンのグローバル信者」と見られてしまう側面も持ちあわせていますが、自分の中ではそうでもなく、ただ、IBMのガースナー氏がダーウィンの『種の起源』の一節として引用した下記の言葉が好きなだけなのです。(なお、ダーウィンの著作にはその一節は見当たらないそうですが) 「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」

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その他の回答 (13)

  • rokutaro36
  • ベストアンサー率55% (5458/9820)
回答No.3

私は、言語の問題だと思っています。 ビジネスソフトでは、言うまでもなく、海外の市場が大きいので、 英語で使えなければ意味がない。 でも、英語が使えないとか、そういう単純な問題ではなくて、 言語が持つ発想の問題だと思っています。 例えば、日本ではお金がないことを「金がない」と単純に言いますが、 英語では、I don’t have any money. などとは言いません。 I have no money. と言う方が普通です。 こういう発想の違いが、大きいと思います。 日本の携帯電話が、ガラパゴス化したように、 発想そのものが、違うのだと思います。

dream889
質問者

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なるほど、言語とカルチャーが原因なのですね。 ふと思ったことが1点あります。 1)ドイツ、フランス、イスラエルは英語が母国語ではありませんが、数多くのグローバルなビジネスアプリケーションを生み出しているようです。何が違うのでしょうか?ひとつ思ったのは、ひょっとして日本あるいは日本企業および日本人は「他国や英語圏、あるいはグローバルなビジネスカルチャーへの適用力が彼らよりも低め」ということかな?と言うことです。

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回答No.2

日本はIT産業が壊滅し、消滅過程に入っています。 その理由は簡単です。 日本政府はIT産業を”無免許運転”の”素人産業”にしてしまったからです。 薬屋は薬剤師免許が必要、食堂は調理師免許が必要、タクシーは第二種運転免許が必要、ビルをたてるにも一級建築士の免許が必要。 どれも出来ない無免許の人間がしょうがなくてIT産業に入った。 このような素人集団、無免許集団の業界では世界に打って出る優れた製品は生み出せません。 建築業界では必ず、規模によって一級建築士が必要なのと同様に、IT学部を作って、一流の人材を育て、免許制にして、その結果できる、優れた製品を世界に売り込む戦略が必要だったのでしょう。

dream889
質問者

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なるほど、資格免許制度の欠落に原因があるのですね。 ふと思ったことが、2点ほどあります。 1)アメリカ、ドイツ、イスラエルの類の国にはそのような制度があり、それが功を奏してきたのでしょうか? 2)グローバルなビジネスアプリケーションを創造するための資格や免許の設定は誰がどのように行い、どのように制度や中身を運用、改訂して行くのが良いのでしょうか?

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  • dragon-man
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回答No.1

これは七不思議の一つです。これだけの技術大国でなぜソフトウエア開発力がないのか。コンピュータ戦争が終わった1980年代から、当時の通産省、郵政省が、大金(補助金)をはたいてソフトウエア産業育成の政策を打ち続けましたが、どうにもなりませんでした。とうとう日本のビルゲイツ、スティーブジョブズは生まれませんでした。世界のIT産業を牽引できませんでした。今では経済省も総務省もIT産業育成は諦めたようです。 どうやら日本人にはソフトウエアは向いていないようです。そうとしか考えられません。ハードウエアと違って、ソフトウエアは完全に個人の才能に依存します。ソフトウエアは大勢の人間がかかわって、工場で大量生産することは出来ません。日本には才能のある個人が思う存分腕を振るえる社会的環境がない。そう言うことを社会が許さない。会社も学校も家庭も許さない。日本にビルゲイツやスティーブジョブズがいたら、変わり者として爪弾きに会ったでしょう。何も出来ないで終わったでしょう。日本では人と違うことをやるのは極めて難しい。人と違うことを言ったら、変わり者としてイジメに遭うのが落ち。学校でもそう言う教育をします。独創より人との協調を重視します。もはやこれは国民性なのでしょう。だから東大の先生が、せいぜいウィニーぐらいしか作れない。お遊び用のゲームソフトぐらいしか作れない。ソフト貧困を絵に描いたようなものです。 長年ソフト業界に携わってきての結論です。

dream889
質問者

補足

なるほど、日本社会の国民性に理由があるのですね。 ふと、思ったことが2点ほどあります。 1)ドイツも日本と同じ血液型A型メインの社会ですが、SAPはありますね。何が違ったのでしょうか? 2)日本産でも日本市場を対象としたビジネスソフトウエアにはかなり優れていると思われるものが幾つもあると思います。サイボーズ、ウイングアークなどなど。。。

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