- ベストアンサー
自殺のマナーとは
- 自殺は誰にも止めることのできない最終的な権利であり、マナーを守って行うべきです。
- 自殺に不利益を被る可能性もあるため、悪意のある批判から守るために注意が必要です。
- 自殺に込められたメッセージに対しては、苦しめた側の反論や卑しめを受けることもあるため、自己保護が重要です。
- みんなの回答 (12)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
自殺のマナーですか。。。 思わず考えました。 自ら死を選ぶその時は余裕などないでしょうね。 ただ、確かに死んでから周りが何を言おうが死んだ本人は知る由はありません。 それを聞くことになるのは家族、親類縁者だけです。 世間に一石を投じる場合もあるでしょう。 しかし、それは時と共に忘れられて風化します。 生きて死ぬという人の一生は、迷惑や世話を掛けずにいるということではないと思います。 お買い物に行っても、商品を作って陳列して売ってくれる人がいるということです。 「仕事だから」と言われるかもしれません。 それでも、誰も売ってくれなければ食べ物は口にできません。 生きているのではなく、生かされていると思うのです。 どうしても「死」を選択するのであれば、それがチラッと頭をかすめた段階で考えてみてはどうですか? 「誰にも迷惑をかけない死に方」を。 鉄道自殺の処理で貰えるボーナスなど、肉片1つで500円です。 ミンチですよ。人じゃなくて物です。 そんなものを拾いたい人などいません。 その電車に乗っていた乗客も、現場を目撃した人も不快です。 検死されますが、医師は時間をかけて復元できる部分を全て復元します。 家族や親族には損害賠償を請求されます。 そんな行為に勇気もへったくれもないエゴです。 家族は「どうして気が付いてやれなかったんだろう」そう悔み、自分を責めます。 葬式も「要らない」と遺書に書いても密葬ででも行うでしょう。 結果、自殺に誰にも迷惑をかけないなど有得ないのです。 これは、質問者と回答者との考えの違いではないでしょうか? 「自殺容認者と自殺否定者」 質問の答えに対しての返事から、自殺容認者と受け止められますが、 ご自身の子供が自殺しても何も悔まない、仕方が無いと思えるのでしょうか? 自殺以前に生きていたくても「死」を突きつけられる恐怖を知らないからだと思います。 それは、とても恐ろしく感じ、その恐ろしさの根本は 「その先が全く解らない。本当の意味での孤独」だということです。 生きていれば、孤独は努力で避けられます。 あなたはイトコが鉄道自殺をしたと言いましたが、どうしてその人の苦悩に気が付いてあげなかったのですか? どうして手を差し伸べてあげなかったのですか? 知らなかった、言わなかったではないと思います。 身内だから出来ることがあったのでは無いですか? 私が、こう話しても、きっと否定的な答えだと想像に難くないのですが、どうしても死にたいなら この世の中の誰にも苦痛も苦悩も迷惑もかけない形を選ぶべきです。 その方法があれば、ですが。
その他の回答 (11)
- shirokomo
- ベストアンサー率27% (122/443)
数学の解と違って決まっているものではないと思います。 飽くまでその人がどう思うか、どう考えるか、ということでは? 私は「自分以外の誰にも迷惑や悲しみや苦労を感じさせることがない」 が最低限のマナーだと思います。 「そんなこと、出来っこないだろう」と考えた結果 そういう風に思うようになりました。
お礼
昨日 (あたりまえ体操 桜宮高校体育科に入学すると・・・?) というタイトルで12時間だけ質問しました。 この事件に対しての一部の人たちの意見に不服があったのもそうですが、まず、このサイトの「社会問題カテ」に多く集まった理不尽な意見に対する抗議の意味が大きかったです。閲覧数の数とは反面して、さすがにそれに回答を寄せる人はいませんでした。ホッ・・・ 自殺は権利ではありますが、そこに導く行為はアウトですよね。 ご回答ありがとうございました。
- 1
- 2
お礼
日本で自殺を、法として禁止しているところはあります。 各地に点在している刑務所が、それです。 刑務所という一般社会と一線を画した世界では、法律の他に「遵守事項」という刑務所独自の法があり、その中で「自殺の禁止」が謳われています。 では一般社会でその法をもちいて意味があるでしょうか? イトコの件で、なぜ周囲の者がその異変に気づいてやらなかったのか、とおっしゃいますが、それは私ではなく、そこの親兄弟に言うのが先でしょう。イトコと顔を合わせるときなど、盆と正月ぐらいのものですから。 また、自殺したイトコの親(私にとって叔父・叔母になりますが)を責めてもせんない事です。 自殺はいかん!自殺反対!自殺は罪である!などと並べるのも結構ですが、何度も言うように、自殺は人間にのみ見られる行為です。人間社会が作り上げた「マイナス部分」の成れの果てである事を知っておくべきでしょう。 本気で自殺をしようとする者を、止める事などできません。 比較的自殺者の多い日本という社会がすべき事は、なぜその人が自殺を選んだのかを考え、今後同じ事が起こらないように、ココロあらためる、ただそれだけです。 しかし、入り組んだこの社会では、その自殺者を自殺に追い込んだ責任者を放置している、問題を見ない振りしている、と言う現実があります。 そこいらへんが日本社会の、「あったかさ」なのでしょうね。 ご回答ありがとうございました。