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松尾芭蕉と曽良
平泉で松尾芭蕉が詠んだ句、 夏草や 兵どもが 夢の跡 と曽良が詠んだ句 卯の花に 兼房みゆる 白毛かな では、曽良の句のほうが明らかに素人である、と授業で習ったのですが、 どう違いがあるのかさっぱり分かりません。 スケールが違う、と言っていたのですが、具体的にどういう差があるのでしょうか? 教えてくださいm(_ _)m
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> どう違いがあるのかさっぱり分かりません。 その感性の方が、まだ正解だと思います。 > 曽良の句のほうが明らかに素人である こんなコト、分かっちゃダメ! その論評こそが、全くの「素人」で的ハズレです。 そもそも個別に比較したり、良し悪しを論じる句ではありませんので。 平泉のくだりは、芭蕉の句と曽良の句がセットになって完成している紀行文なんだから。 二つの句を並べて楽しんで欲しいと言う芭蕉の思いが、全く判ってないです。 逆に言えば、曽良の句を「おくのほそ道」に書き残した、芭蕉のセンスへの冒涜ですね。 芭蕉が古戦場を、まず『大胆』に詠みあげます。 続いて曽良は「師匠!私はそこに兼房の姿も見えますよ!」と『繊細』に詠んでいるのです。 芭蕉の句のみでも、「おくのほそ道」の中で屈指と言われる名句です。 そこに曽良の句が加わることにより、芭蕉の句の奥行きとか迫力、立体感・現実感などが、更に増す感じがしませんか? また、何か芭蕉の気持ちも伝わってきませんか? 曽良に対し「おぉ!君にも見えたか!」と、弟子の才能を愛でて喜んだり、面白がったかも知れないし、「おっ!君も腕を上げたな!」と感嘆したのかも知れません。 並べて比べたら、そんな面白さは全く伝わってきませんね。 逆に並べて味わえば、面白さが尽きません。 第一、曽良が「素人」などと言う論評が的ハズレなんですよね・・。 実際、たとえば松島のくだりでは、芭蕉は自分の句では無く、曽良の句しか記してないんですよ。 俳聖と言われた芭蕉が、曽良を高く評価していたことが分かります。
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- umimarukun
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芭蕉の高弟である河合曽良の句を以って「明らかに素人」というのは、 それこそ俳諧素人の浅い考えのように思えます。 おそらく弟子だから師の句には及ばないと思ってそう言ったか、 指導用教科書の解説をそのまま鵜呑みにして言ったか、 その辺りが当たらずとも遠からずといったところだと推察します。 さて、具体的にどう違うかということについては、 それぞれの句の解釈を考えればよいことです。 芭蕉の句意はこういったところでしょうか。 人気のない地に今は夏草だけが生い茂るばかりだが、 ここはかつて義経主従たちが栄華を夢見た古戦場。 この夏草を眺めていると、 只ただ邯鄲の夢と消えた哀れさに心が誘われることよ。 「邯鄲の夢」はご自分でネット検索して調べてみてくださいね。 源義経が兄の頼朝勢に追われて難を逃れた平泉の地に 奥州藤原氏の栄枯盛衰をも重ね合わせて詠んだ句です。 季節は初夏。『夏草』だけではそこまで判りませんが、 あとに続く曽良の句の『卯の花』でそれと知れます。 卯の花は初夏に白い花をつけるからです。 『夏草や』で一旦切れていますので(「や」は切れ字) 芭蕉には夏草が兵に見えたのではなく、 何もない、ただ夏草しかないという荒涼感を詠んだものですね。 芭蕉研究者の間では、中国の詩人杜甫の『春望』を意識していた のではないだろうかという見方が定説になっています。 次に曽良の句に目を転じますと、 卯の花の咲いている様子を見ていると、 白髪を振り乱して獅子奮迅する兼房が そこにいるようにいるかのように思われますね。 兼房とは源義経に付き従った家臣の一人で、 十郎権頭兼房(じゅうろうごんのかみかねふさ)といい、姓は不明。 元は義経の妻、郷御前(さとごぜん)の幼少期からのお守役だった人物で 郷御前の嫁入りに付き従って義経の家来になりました。 従って戦さに参加した時はすでに白髪の老人だったことになります。 夏草茂れる野に芭蕉が思い描いたいにしえの戦さ場。 その戦さ場に義に厚い兼房の姿を思い起こした曽良の句。 ANo.1の回答者さんのおっしゃるような 「おっ!君も腕を上げたな!」というようなことはなかったでしょうが、 自らの句に続けた曽良の句に味わいを覚えたであろうことは 容易に想像できますね。 17文字からなる俳句は世界でもっとも短い詩とされています。 短い詩で深い意味を持たせようとすると そこに用いる言葉は厳選されなくてはなりません。 それ故に、俳句の解釈には様々なことを考慮する必要が出てきます。 作者の人生・生きた時代・風土・歴史的背景・人間関係などなど。 文学の中でも特に奥の深い分野ですが、 それだけに味わい深い部分も多く、感性も磨かれると思います。 余談になりますが、 ANo.1の回答者さんのおっしゃるように、 この2つの句はたしかに相乗効果で臨場感を出しており、 二つの句を並べて楽しむということには一理あると思います。 ただ、そもそもこの両方の句は 『奥の細道』という紀行文中の句であるわけですから、 2つの句だけを抽出して味わうよりも 句の前後の文脈をも含めて解釈するのが更に良いのではないか、 私はそのように思うのです。 もちろん学校の授業ではそこまで十分な時間が取れませんので、 致し方ない部分もありますが。 以上、ご参考になれば幸いです。
- codotjtp
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その授業では、個人的の主観が述べられて、 そういう指摘の根拠が説明されていなかったのでしょうか?
こんにちは。 まさかに芭蕉の十哲の一人、曽良が素人のはずもありませんでしょう。 ただ、二人の句を比べてみるとき、 「夏草や 兵どもが 夢の跡」・・・ 見渡すかぎり一面に広がる夏草の一本、一本が、 風に吹かれて、さざ波のように揺れている・・・。 それを兵ものに見たてたのでしょうか? それを思うと、成程・・・スケールが違うと言うのは良く頷けます。 曽良の句についてはご存知でしょうから触れません。