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殺処分前の老犬を介護しようとしてたのですが、思うと
殺処分寸前の犬の里親探しのHPに、年を取ったからと、年末に捨てられた犬が出ていました。老犬には見えない可愛い子で、年が明けてから立てなくなった、とありました。 あまりに可哀想に思い、せめて残りの年月をうちにおこうか、と言うことになりました。 うちにはすでにMダックスがいますが今までに、犬を飼ったことはありません。 普段は、会社員の娘、息子と3人、夫は海外にいます。私は家で趣味程度の仕事をしています。 先方に二度ほどメールで症状を問い合わせ、一度見に来ませんか、と言うことで待ち合わせて先方へ言って見ました。 その犬は、17歳、14キロのメスで、私を見ると甘えてよんでくれました。丸い黒い目でまっすぐに私を見つめ、すぐに触ったりなでたりできました。本当に良い子で愛しくなりました。腰はヘルニアだそうでした。医師に見てもらって痛いときは痛み止めをもらっていたそうです。ヘルニアについて、医師の見解を聞いたのですが、よくわからない、と言うことでした。排泄はどうしているか尋ねると、「この子ができる、できる」と二人口をそろえましたが、「どこで?」と聞くと「ここで、またはオムツ」つまり、お尻のしたにシートが敷いてあってオムツがそばにありました。 「ここに?またはオムツと言うことは自分でできるのではなく、出てるのですね」と言うと二人は黙ってしまいました。また、膀胱に尿が残るので一日二回、膀胱を押してやらなくてはいけない。ご飯、水は一人で飲める。しかし、骨盤に大きなひどい床ずれがあって骨が出ていました。むき出しの傷から血が流れていました。わき腹にも床ずれがあり、上体を支えるひじも摺れていました。 私は、重さを確かめるため抱っこしてみましたが、ずっしりと重かったのですが持てないほどではないと思いました。そして、今までに大きな犬を飼ったことがないこと、老犬を介護したことがないこと、を言い、私でも無理がないのか重ねて何度か聞きましたが、二人はそのつど、大丈夫じゃないの、と答えました。 まもなくもう一人が現れて、どうですか?と聞かれ、私にとっては短い観察だったのですが、もう時間なので、そして、どうですか?と聞かれ・・・少し不安はありましたが「お預かりします」と答えました。 しかし、帰り道、うちの犬がヘルニアのとき、病院で「ヘルニアになったら犬は寿命で」と言われたのを思い出し、行きつけの病院へより、相談しました。先生は「動物と言うものは自分のチカラで食べ、自分のチカラで排泄できなくなったときが寿命、と言う考え方なのですよ。現代はそれを人間の介助で引き伸ばしているのです。」その他いろいろ検討すべき条件も提示され、深夜、「もう少し時間をいただきたい」とメールしました。 子供たちは自立してもお世話をするといい、今度こそお引き受けしようと考えたのですが、私には犬は寿命、と言うことがひっかかりました。あの子が今、寿命のときを迎えているのなら、人間手でそれを引き伸ばすのは、本当にあの子にとって幸せなことなのだろうか。それより、今の状態から開放してあげることこそが大切ではないかと思い至ったのです。 翌日、その旨をメールしました。 その日は返信がなく、翌日の返信には、「長い時間様子を見て、預かるといってくれて、待った甲斐があったと一同大変喜びました。しかし、お断りの内容は全く納得できません。あの子は二度、捨てられたと思っています」とありました。 その犬は本当に可愛い子で今でも、愛しく思います。私がその子をうちに連れてきて、病院へ通いオムツを替えて介護することは本当に、その子にとって幸せなことなのでしょうか?いたずらに命を長引かせることにはならないのでしょうか?
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- googoohiru
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こんにちは、私の意見を回答させていただきます。 私も5年以上前に実家のワンコ(15歳)を安楽死で失いました。 「このままの状態で苦しませ続けるようなら、楽にしてあげたい」という思いで。 「安楽死させますか?」 「・・・はい、お願いします。」 たったそれだけの会話で、一つの大切な命がこの世から永遠に消えてしまったのです。 苦しそうに息をしながらも、飼い主をひたすら求めるまなざしを、 その飼い主が強制的に閉じさせてしまったのです、永遠に。 この文章を打っていても後から後から涙があふれてくるのは、 激しい後悔の念があるからです。 あの時は、「そうするしかなかった」と自分で納得していたはずなのに。 質問者様に余力があるのなら、どうか長くそばにいてあげて欲しいです。 もし、介護をすることに自信が無いことを理由に、「安楽死」という 発想が頭をよぎったのだとしたら、それは自分に対する言い訳です。 ワンコがどれほど苦しいのか、人間には分かりません。 ただはっきりと分かるのは、 生き物というのは自分の命が完全に消えるその直前まで、 生きることを決してあきらめないということです。
わたしも犬を飼っていますが、 自分で排泄が出来なくなり介護が必要になっても 安楽死させることは出来ないと思います。 (もちろん犬が激しい苦痛を感じ、薬でもどうにもならないということなら、 安楽死という選択もあるかもしれません。) 飼い主のエゴかもしれません。 でも一日でも長く生きて欲しいと思って介護していて、 一日も世話をしたことがない他人に 「安楽死させたほうがいい」と言われたらどんな気持ちがするでしょう。 質問者様の考えは否定しませんが、 安易に口にすべき言葉ではないと思います。
お礼
回答ありがとうございました。
補足
ありがとうございます。少し書き方が悪かったかもしれません、先方に安楽死させたほうが良い、と言っておりませんし、安楽死という言葉も使ったことはありません。 だた、もろもろのアドバイスを含めて考えた結果、お預かりできないことを伝えました。わかりにくくてすみません。
No.6です。補足質問がありましたので、再度。 治療か介護か? その犬を見たことのない、何の感情も持たない人に、答えを聞きますか? 私は、参考意見しか言えません。 それよりも、まずあなたはどうしてあげたいですか? どんな最後を送って欲しいと思いますか? 今の犬の姿を見てです。
お礼
ありがとうございました。
- rosa-linda
- ベストアンサー率34% (214/614)
安楽死や延命治療、痛みを緩和するケアなど終末医療にはいろいろな選択肢があり、その考え方は人それぞれであって、自由であるべきだと思います。 個人的に犬に安楽死という概念はないと思っていますが、そのほうがわんちゃんのためだと飼い主が判断したのであれば、それも正しい選択だと思います。 今回のご質問で、私が問題だと思ったのは、質問者さまはまだ引き取っていない、いわば他人の犬に安楽死をすすめようとなさったことだと思います。 考えてもみてください。 愛護団体の方は命を救おうと思ってわんこを救出されたんです。 今までお世話してきたぶん、情も沸いているし、思い入れも深いと思います。 それなのに、そのわんことは一回会っただけの他人に「このままじゃかわいそうだ。安楽死させるべきだ」と言われたら・・・。 質問者さまの考えが間違っているとは私は思いません。 こうして順を追って質問文を読んで、真意を疑いようもありません。 でも、人間は頭だけで生きてるわけじゃありません。 考え方にもいろいろあります。 わんこのために一生懸命している介護を非難されたほうの気持ちを考えたら・・・。 私なら、聞かれてもないのに、獣医でもないのに、他人の犬の安楽死をすすめるなんておそろしいこと絶対できません。 わんちゃんの最後を決められるのは、本当なら長年連れ添った飼い主だけです。 今回の場合わんちゃんは一度捨てられてますけど、所有権はまだ愛護団体の側にあったと思います。 そこで質問者様の意見は余計なお世話以外の何ものでもありません。 ここで私が何を言っても回答者がどんな回答を並べても、私たちにそのわんこの命をどうこうする権利はありません。 ご自分のわんちゃんのことはどうぞご自身の考え方で飼ってください。 でもそれを他人のわんこに押し付けようとなさるのは、どうかと思います。 質問者さまとしてはただの意見表明であり押し付けたつもりはなかったかもしれませんが、少なくともわんこの命を救いたいと思う者にとっては無神経だったと思います。 このような問題に「正解」はないんです。 質問者さまがそう思われたならそれでいいし、でも違う考え方の人もいる。 それだけのことだと思います。
お礼
回答ありがとうございます。
補足
すみません、書き方が悪かったかもしれません。私は先方に安楽死を進めたことはありません。医師のもろもろのアドバイスをもとに先方に、お預かりできません、とお伝えしました。 ただ、預からないことを責められているので、私の判断はどうだったのか、と思い悩み質問いたしました。
いたずらに命を長引かせるとは、無理な治療をすること。 そして介護は、生きるための手助け。 私はこのように捉えています。 うちで飼っていた高齢の犬には、認知症がありました。 そのための不安感を最優先に考え、治療のための入院は全く考えないことを、医師には伝えておりました。 他の病気の薬についても、治すことより、まず出来るだけ楽でいられるように、とお願いしていました。 つまり、いたずらに命を長引かせる治療を、受けさせるつもりはないということです。 オムツをさせたのは、犬のためではなく、私達の暮らしのためです。 食欲がなくなってからは、ドックフードにはこだわらず、欲しがるものを食べさせました。 自ら何も食べなくなった時が、生命の終わりと考え、栄養は二の次になりました。 足腰が弱くなっていたので、いずれ歩けなくなることも予想していました。 その際の扱いかた、必要なシートや散歩の方法も考えていました。 なお最後は、安楽死についても考慮する必要もあり得ると、受け止めていました。 単に命を長引かせるための治療が、犬にとっていいかどうかは、私達も大変疑問です。 でも、生きる手助けとなる介護は、今飼っている犬にも、最後までするつもりです。 治療と介護は、全く別だと考えます。 ただその線引きは、難しい場合もあるかもしれません。 以上、ご参考まで。
お礼
回答ありがとうございました。
補足
ありがとうございました。その子はご飯は少なくなっているそうです。ヘルニアなので歩くことはできません。一人で立つこともできません。手術も高齢のためできないので痛み止めをあげているそうです。 これは介護でしょうか?治療と思えばよいのでしょうか? 床ずれもあり、とても難しいですね。
- 山田 太郎(@f_a_007)
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Q1、その子にとって幸せなことなのでしょうか? A1、その子が「幸せだったよ!」と言うには何をなすべきか? Q2、いたずらに命を長引かせることにはならないのでしょうか? A2、その子が「意義ある日々だった」と言うには何をなすべきか? 介護ノ解釈ハ博識アル人ニ任セヨ! 大事ナコトハ、老犬ノ残サレタ日々ヲイカニ変エルノカ? だと、私は思います。
お礼
回答ありがとうございました。
- momotaro328
- ベストアンサー率60% (3/5)
こんばんは。 獣医さんが言った言葉がひっかかっておられるようですが、 それは間違いだと私は思います。 その子が「生きたい!」と強く願っているからこそ、たとえ人間の手を借りても 食べるし水も飲むのです。 あなたがそのわんちゃんを愛おしく思い、わんちゃんのほうもあなたに 甘えてくるような素振りをみせたのであれば、迷うことはないと思います。 大変失礼な話、わかっておられるとは思いますが、お世話はかなりの覚悟が 要ると思います。内容を読む限り、あなたやご家族さんの生活を犠牲にしないと 無理でしょう。 私もつい最近まで、老齢うさぎの介護をしていました。 足腰がだんだん弱ってきて、ついには完全に寝たきりになりました。 仕事をしていますので、私が留守にしているときは家族が介護を 手伝ってくれましたが、1.5kgの小さな動物でもけっこう大変でした。 それでも、かわいくてかわいくて仕方がなかったので、寝不足になろうが 遊びにも行けなくても苦にはなりませんでした。 けっこう大きなわんちゃんのようですので、お世話はもっと大変でしょう。 年をとったからといって捨てるような元の飼い主ですから、 あまり可愛がってもらってなかったのでしょう。 犬は人に愛されるために生まれてきたのだと思います。 たとえ、自分の力で食べられなくても排泄できなくても、わんちゃん自身が、 人の愛情を感じて幸せな気持ちになれば、それでいいと私は思います。 だから、いたずらに命を長引かせるようなそんなことにはならないと思います。 私のうさぎも、口元に食べ物を持っていかないと食べないし、水も飲めませんでした。 でも、ごはんの時間になると手足をバタバタさせてとたんに元気になったし、 「かわいいね、かわいいね。」と声をかけて撫でてやると幸せそうでした。 私の思い込みや勘違いではないです。なんとなくわかるものです。 寝たきりになってからは半年足らずで天国へいってしまいましたが、 今でも愛おしくてたまりません。 わんちゃん自身が、があなたと出会ってよかったと思うなら、それでいいのです。 ありったけの愛情と、最後までお世話をする覚悟があるなら大丈夫です!
お礼
回答ありがとうございました。
良いのかどうかは分かりませんが、回答させて下さい。 今回の質問者様の気持ちは素晴らしいと思います。 でも、本音を言えば、今ここで『安楽死』させてあげることが、その犬にとっては一番幸せな事だと思います。自分も秋田犬を20年にわたり飼っていました。 生まれつき、足の指が六本ある(四本の足全てです)奇形を持った犬でした。 その犬も保健所行き寸前で(生まれて三か月でした)貰ったものでした。 この質問を読んで、その犬の最期を思い出してしまいました。 歩く事などとても・・・最後は立ち上がることすらできませんでした。 質問の中にあるように、背骨の部分だけが盛り上がってしまい、見ていて痛々しく感じ、何度安楽死、又は自分の手で殺めてしまおうかと葛藤の日々の連続。 今でも携帯の中には、彼が亡くなる二時間前の動画が入っています。 余談ですが、彼を失い、その約一年後の昨年に父を亡くしました。二年続けて辛い別れを経験してしまいました。 話しが逸れてしまいすいません。 今でこそ、その動画を滅多に見る事はありませんが(痙攣の連続です)亡くなった当初は完全なトラウマになってしまい、正直ペット・ロスになってしまいました。 命あるものは必ず『死』が訪れます・・・でも犬のヘルニアのような状態で最期を迎える場合は、本当に辛く悲しい、ものがあります。飼わなければこんなつらい目にあわなかったのに・・・と自分で自分を恨み呪いました。 家に来て彼が幸せだったのかどうかは分かりませんが、今は感謝しています。 だったら・・・・何故反対するのですか? と思われる事と思います。 答えは、同じ悲しみを味わって欲しくないからです。はじめから飼っていた犬がそのような最期を迎えるのならば、納得できるかもしれませんが、そのような状態で飼われるのならば、相当な覚悟が必要だと思いますし、いつでも・・・・・(すいません)心の準備をしておかなければなりません。 介護(言葉が悪くすいません)も生半可なものではありませんよ。人間と同じです。 悪い事は言いません。何を言われようと、罵られようとそこに戻された方が良いと思います。 そこで、安楽死(殺処処分)を迎えられた方がその子(敢えて使わせて頂きます)にとって幸せだと思います。もう苦しみから解放してあげるべきだと思います。 冷酷な奴だと思われるかもしれませんが、これが自分の経験からの回答です。ごめんなさい。
お礼
回答ありがとうございます。決して冷酷とは思いません。愛犬の苦しむ姿と失った悲しみからの誠意あるお言葉と思います。本当にありがとうございました。
補足
本当に悲しい思いをされたのに、感謝いたします。私も今いるダックスを失ったときは自分がどうなるか自信がありません。それから、老犬のことですが私も先生にあなた様と同じことを言われました。赤ちゃんから育てた犬と、17才になってから老後だけを見る犬とは全く違います。ましてあなたは、14キロの大きさの犬を飼ったこともない、と。歩くことも介助なしに排泄もできないのなら安楽死も視野にいれたほうが良いと。嬉しい顔してくれたら、こちらは安心し暖かい心になりますが、それは人間の側の満足のようにも思えるのです。
- happyelda
- ベストアンサー率55% (11/20)
こんばんは。 とても難しい問題でお悩みですね。 一度は引き取ろうと思った貴方様の優しい気持ち 本当に立派だと思います。現在保護している 保護主様は愛護団体の方ですか?もう少し 貴方様の悩む気持ちを理解して欲しかったですね。 介護は人間も犬も大変です。私も悩むと思います。 私は2年半前に老犬2匹を保護しました。現在も 元気にしてますが、もう白内障、足腰も弱くなり いつ、今回のワンちゃんのようになるかわかりません。 貴方様のおっしゃっている命を長引かせない(自然に死ぬ) ということは安楽死ということなのでしょうか? いたずらに長引かせないということは、糞尿にまみれさせて 放置するということではないですよね。 現在わんちゃんは、人工呼吸器もつけてないし、ご飯も 食べられているのですよね?自分で排せつできないから 寿命というのは、自然界ではそうなのかもしれませんが、 わんちゃんは愛玩動物として人間と暮らしていた子です。 私はオムツをするようになっても安楽死はしないと思います。 それは、最期を看取るまですべて含めての彼らとの縁だと 思うからです。縁がなければ出会えません。こんなに悩んでいる あなただからこそ、今回のワンちゃんと出会ったのかもしれません。 愛しく思うその気持ちでもう一度手を差し伸べてあげることは出来ない でしょうか?
お礼
回答ありがとうございます。
補足
ありがとうございます。その子は呼吸器はつけていませんが、ご飯はすくなくなっているそうです。またヘルニアは手術ができないので、痛み止めを飲んでいるそうです。
- gmdagmda
- ベストアンサー率4% (1/21)
貴方様の優しい心、すばらしいと思います。 犬の寿命は誰が決めるのでしようか?寿命だろうかどうかはおいて、わんちゃんにとって愛情に包まれて旅立つのと、殺処分で旅立つのでは全然違うと思います。勿論とても大変だとは思いますが、可能なら最後を看取ってあげてほしいです。
お礼
回答ありがとうございました。
お礼
回答ありがとうございます。