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俺の人生を捧げるとしたら、という言葉
学生時代、友達以上恋人未満のような関係の人に、就職先について相談を受けました。 その時、「もし俺の人生をお前に捧げるとしたら、どちらの方向に進んだらいいと思う?」と意見を聞かれました。 この時は何も思わなかったのですが、「俺の人生を捧げる」って結構重い言葉だったのかなぁと時々思い出します。彼の本心はどうだったのでしょうか?お酒の席だったので、ただのその場の勢いだったか、話の流れで出た言葉なのか・・・。 今、答えを聞いて何かが変わるわけではありませんが、客観的なご意見を聞かせていただければと思います。よろしくお願いします。
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酒に酔ってて、自分にも酔ってたんだと思います(^_^;) 心の伴っていない言葉に 重みも何もありません。 本当に重みのある言葉なら その後の彼の行動は質問者様に絡めたものになっていたでしょうが どうもそうじゃないみたいなので 酒の席でちょっといい気分だった、ってことなんじゃないでしょうか。 甘い言葉をささやきたくなったり かっこつけてみたかったり そういうのは誰にでもあることではないですかね。 そのときの質問者様の反応によっても 未来は違っていたかもしれません。 ちょっとした歯車の掛け違えは その後の関わりを密なものにもするし 遠ざけることもあります。 そこで質問者様が流さずに 彼が思ってもないような反応をしていれば また違う今があったのかもしれません。 過去のことをあれこれ言っても詮無いことですけどね。
お礼
>ちょっとした歯車の掛け違えは その後の関わりを密なものにもするし 遠ざけることもあります。 本当ですね。 結婚生活も長くなり、久しぶりにこういう感覚を思い出しました。 この言葉の前後の彼の行動は、私にもよく理解ができませんでした。なので、友達以上恋人未満という表現をさせていただきました。 ただ、私と彼の心がすれ違っていたのは間違いないと思います。ご縁がなかったのですね。 ご回答、ありがとうございました。