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予算の単年度主義についての質問です。
予算の単年度主義についての質問です。 よく、国の予算の無駄を省け、と言いますが、予算の単年度主義をやめて、お金を繰り越せるようにしたらいいんじゃないかと思います。役人は年度末が近付くと無駄な工事や買い物をする、と聞きます。 これらを翌年度に繰り越せば、少しは無駄が省けるんじゃないかと思います。 でもニュースや新聞でそういうことを言っている政治家や評論家はみたことがありません。 何か深い理由があるんでしょうか? それとも、そもそも不可能なんでしょうか? ご教示いただきたく、お願いします。
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なぜ憲法で規定されているのかを考えましょう。 =「繰り越した金」は完全に無駄金になるからです。 無駄な工事や買い物でもしたほうがまだマシで、 無駄と言いつつもその工事には人員が必要なので失業率低下に貢献しているし、 買い物をすればお金が世間に流通するので経済面でも貢献することになります。 しかし「繰り越し」は何の利益ももたらしません。 極端な話、日本全体のお金を1億円として、 その1億円を全部国家が繰り越ししてしまったら国民にお金は回ってこないわけですよ。 無駄でもいいから1億円で橋の建設でもしてくれたら その1億円は世の中に流通し、国民にも回ってくるわけです。 だから単年度主義が基本なのです。 来年に繰り越すのではなく、余った分は 防災予備費のようにもしもの場合の備蓄予算を組んだり、 外貨投資費みたいに増やすことを目的とした予算を組んだりするべきでしょう。 これだと後で過剰な金額になったときに回収することも出来ますし、 「持ってるのに使えない無駄金」にはなりませんからね。 繰り越しだと1円も増えず、何にも使えません。 国家に限らず大手企業でも繰り越しは出来る限りしないのが常識です。 個人と違って、大規模な金額なら増やせる可能性のほうが高いですから、 ただ持っているだけよりも使って増やすほうを選ぶのが当然です。 だから結局は単年度主義の問題ではなく、使い道を批判するしかないのです。
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税金の支出は毎年国会の議決を経るべしという会計年度独立の原則に基づいています。 原則と言われるだけあって、憲法にも明記されています。 由来は政治史(絶対王政期のヨーロッパがなんたら)をかなりさかのぼります。 原則と言われる以上、繰り越しということを政治家や評論家が言わないのは言えば「財政のイロハもしらないお馬鹿さんなのか」と見なされるため言わないのです。 政治史を塗り替え、憲法も変えるという意志をもって、そういうことを言うのならまだしも、 だいたい「繰り越せば無駄が省けるんじゃないか」という思いつきでそういうことを言う人もいますが、 こういう事情を知らなくて誰かに「憲法変えなきゃいけないよ」と指摘されてポカーンとしているのと見かけます。
お礼
回答ありがとうございます。 憲法86条及び財政法11条・12条で規定されていますね。同条14条で明許繰越が認められています。 憲法改正については、国会で年度ごとに審議しなければいけない、ということですから、予算の執行を年度内に終えなければいけない、とは読めないと思います。実際の支出負担行為及び支出は、これにしばられなくても良いのではないかと思います。 例えば明許繰越のように、財政法の改正で繰越ができるんじゃないかと思うんですが、いかがでしょう? 例えば納品が3月31日で、出納整理期間が過ぎて5月1日に請求書が届いたなどの場合は、支出負担行為の年度と支出の年度が異なる、ということになります。(そういうのは胡麻化してやってるようですが) そういう非合理的な事務手続きを行わずにすむように法整備を進めるべきではないかと思っています。 政治史を塗り替えるというか、悪弊を打破するととらえればいいんじゃないでしょうか?
お礼
回答ありがとうございます。