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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:時間は始まりのない無限なものであることの証明)

時間は始まりのない無限なものであることの証明

このQ&Aのポイント
  • 時間は始まりのない無限なものであることの証明について
  • 時間の境界の内外が同じものとなり境界は意味を失って始まりのある有限なものと仮定することによって、逆に時間は始まりのない無限なものであることを認めざるを得ないパラドックスに陥る
  • 時間は連続体であり、時間の境界が存在しなければ有限である証明ができない

質問者が選んだベストアンサー

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  • ok9608
  • ベストアンサー率38% (50/129)
回答No.6

 これは論理証明にはなってない と考えます。理由は、質問者は次ぎのように論じてます (1)時間は連続体である(と定義する) (2)連続体は無限であることを論理証明する(荒っぽいがスジは通っている) (3)だから時間は無限である(結論づける) これは連続体は無限であるという証明であって時間が連続体であるという証明ではありません。 別例を示しましょう。 (4)人間は 小石である(と定義します) (5)小石は 生物ではない を生物学的に証明します。 (6)よって 人間は生物ではない(結論づけます) これと同様のことが起きてます。論理的に定義は証明できないからです。重要なことは 定義は 否定の証明もできないのです。時間についての取り扱いは 最先端物理学では 観測可能な物あるいは観測不可でも物理学上成り立つ物 を基礎にして 検討は続けられていると思います。私は 時間は 有限(勿論論理証明不可)ではないか と 密かに思っています。

その他の回答 (5)

  • alice_44
  • ベストアンサー率44% (2109/4759)
回答No.5

←No.3 補足 先日の類似質問 http://okwave.jp/qa/q5935653.html でも 回答 No.7 No.10 No.11 に対する「お礼」でコレをやらかしているが、 その切り替えしは「論責の転嫁」という初歩的な詐術だ。 宇宙人の円盤は存在するとか、死後の世界は存在するとか、 その手の主張を行う人々が、よくコレを使う。 論証を行う責任は主張を行った者にあり、 「否定が明確に論証できないから、主張が正しい」という議論は成り立たない。 否定を論証すれば主張を却下するのに十分だが、それが必要という訳では無い。 手間を他人に押し付けて楽をしようと思わないように。 今回質問のテーマは、”時間は始まりのない無限なものであるのか、有限なものなのか” ではなく、”時間は始まりのない無限なものである …と主張する質問者の論証は、 論理的に正しいか。証明として成立しているか” であると受け止めている。 ここは物理カテでなく数学カテなので、カテ違いの質問でなければ、当然そうなる。 第一、”時間は始まりのない無限なものであるのか、有限なものなのか”がテーマ であれば、その議論は、観測データの分析以外からは進めようがなく、 思弁的に解決できる性質のものでない。空間や時間が何であるかを研究せずして、 空間や時間の特性を語ろうというのは、厚かましいにも程がある。 物理学者が怒るよ。哲学系の人は、こういうところが人間としてよくない。

g3452sgp
質問者

お礼

>第一、”時間は始まりのない無限なものであるのか、有限なものなのか”がテーマ >であれば、その議論は、観測データの分析以外からは進めようがなく、 >思弁的に解決できる性質のものでない。空間や時間が何であるかを研究せずして、 >空間や時間の特性を語ろうというのは、厚かましいにも程がある。 >物理学者が怒るよ。哲学系の人は、こういうところが人間としてよくない。 もしこの指摘が正しいのであれば、これは哲学にとって大問題であります。 なぜなら宇宙について万物について思索し、宇宙が何であるか、時間が何であるかについて 答えを出すのは哲学が行う真理の探究の中でも最重要テーマだからです。 またこの真理を探究するにあたり哲学の場合はもっぱら思索により答えを出すのであり、 物理学が行うように計測器を用いて観測データを収集し分析を行うなどはできないし、それは哲学の採る道ではないのです。 もし真理の探究を行うにあたってこのような専ら思索による方法が否定されるのであれば、哲学は成り立たず哲学に存在価値はなく哲学の時代は終わったことになります。 歴史はすでにそのような時代に入ったということなのかも知れないが、このはなし哲学方面の住人にとって無視できぬことなので一度哲学カテに投じねばなりません。  

  • jmh
  • ベストアンサー率23% (71/304)
回答No.4

#3> 仮にこれを__靴下の臭い__μとする。 #3> 仮定(1)より__靴下の臭い__μが生まれたが、 #3> 仮定(1)を__靴下の臭い__μに当てはめると、 どうなるの? 気になります。

  • alice_44
  • ベストアンサー率44% (2109/4759)
回答No.3

μを時間と呼んだことが、間違い。 μは、もともと、時間とは異なるものとして導入された。 それを、広義の時間と呼んでしまうなら、 μだろうが、ηだろうが、パンの耳だろうが、 靴下の臭いだろうが、何でも 「異なる種類の時間」で済んでしまう。 しかし、自分のスニーカーの中に 時間の一種が漂っている と考える人は 普通でもなければ、論理的でもない。 靴下を洗濯するか、真面目に考えて直すか したほうがよい。

g3452sgp
質問者

補足

  本質問のテーマ、”時間は始まりのない無限なものであるのか、有限なものなのか”について ご自身の結論とご自身の証明をもってご意見下さいと問うております。 よろしく  

回答No.2

それでいいと思う!

回答No.1

(4)と(5)は単なる仮定なのに、(4)も(5)も正しくない場合の説明がどこにもない。

g3452sgp
質問者

補足

本質問のテーマ、”時間は始まりのない無限なものであるのか、有限なものなのか”について ご自身の結論とご自身の証明をもってご意見下さいと問うております。 よろしく