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私の人生はいったいどうなってしまったのか
- 一年前からうつ病で通院しています。幼児期の父親のDV、完璧主義、離婚が引き金となり、認知のゆがみがあることに気づきました。最近よくなっていたが、医師に「損得を考えて生きる」と言われ、ショックを受けています。
- 医師からの指摘や自責の念により、息子への負い目や過去の決断について考え込んでいます。自己否定の感情と鬱病に苦しんでいます。もうがんばれない気持ちがつよくなり、人生を終わらせたくなります。
- 妥協することを受け入れられず、自分自身を全否定することを避けたいと思っています。しかし、鬱病を治すことができないと感じており、息子のためにがんばってきたがもう限界です。生き続けることが地獄のように感じます。
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私は鬱6年で、ようやくほぼ回復したものです。 >幼児期の父親のDV、そして完璧主義で、うつ発症の引き金は離婚だったと思います。 お辛い思いをされたのですね。 >今日診察があって、医師に言われました。 >「ずるく生きるのもひとつ。損得を考えて決断するというか、ね。」といわれました。 医師からそんなことを言われるのはショックですね。 でも、人生、間違ったことなんてないと思います。 >ショックだったのは一年たって最近ようやくいい関係を築けている医師から「ダメだし」をされたような気がすること。 私は、3年くらい診てもらっていた医師から言われた言葉で、その医師が信じられなくなったことがあります。 ただ、私の場合は、診察(医師)とカウンセリング(カウンセラー)が違う人だったので、カウンセラーに相談して、私が信じられるのはカウンセラーだと、思いました。 医師も人間なので、間違うことや、不用意な発言をしてしまうことがあります。 もし、可能なら、別な医師を探すことも検討してみて下さい。 ただ、鬱の時はエネルギーがないので、なかなか現状を変えるのはつらいですよね。 >それに離婚以来息子に悪いことをした?という自責がこの言葉によって「事実だったのだ」と思い知らされたこと。 ご自分を責めてらっしゃるんですね。 それを、医師に肯定されたように感じられたので、余計にお辛かったのではないかと思います。 ただ、離婚は、確かにお子さんにとってつらいことかもしれませんが、やむをえないことってありますよね。 あと、両親の離婚でつらい思いをしたとしても、それもお子さんのこの人生での課題であって、質問者様がご自分を責める必要はないと思います。 >どれだけカウンセリングしても >心の中の何かが大きなブロックをかけていて、びくともしない自己否定。 >自分の生き方が間違っていたのだと指摘されたような悲しさ。 一つ、私が受けていたカウンセリングを聞いて下さい。 私が受けていたカウンセリングは、ユング派の夢分析を行うものです。 見た夢を話して、その夢の意味を紐解いていく、夢のメッセージを解析していくものでした。 私は、自分の調子がよくなくて、自分に自信が持てなかったのですが、夢を分析したら、結構ポジティブな意味を持っていたりして、 「自分はそんなポジティブな気持ちがあるんだ」 と驚きました。 夢は自分の見たものなので、自分からのメッセージなのです。 >もう疲れました。 >治らないと思うし、 >といって「生きているだけでいい」とか「今はゆっくり休んで」というのも受け入れられなくなってきました。 そうなんですね。 でも、鬱がほぼ治った私ですら、「鬱は治るよ」と言われても、本心からは信じられませんでした。 治ってやっと、鬱は治るんだ、と思えました。 でも、6年かかりました。 私も死ねるものなら死にたい、と思いました。 ただ、私の場合は、自殺することについて、歯止めがありました。 私は職場の後輩を事故で亡くしました。 不幸な事故でした。 それで、私はあの世を信じていて、「もし、自殺したら、あの世で後輩に会わせる顔がない」と思い、自殺しませんでした。 あとは、『自殺したら、あの世でもこの世の苦しみから解放されない』というのを信じているので、 「あの世でまで苦しむのは嫌だ」 というのが、私の歯止めでしょうか。 愛する家族も、歯止めにはなりませんでした。 あとは、伯父が自殺しているので、自殺は嫌だという思いがあるのかもしれません。 ある時、カウンセラーに 「電車のホームに立っていると、飛び込みたくなります」 と言うと、カウンセラーは 「みんななりますよ」 と言われました。 多分、受け取り方によるのでしょうが、私は自分の状態に自信がなかったので、カウンセラーにそう言われたのは嬉しかったです。 なんだ、みんななるんだ、と思えたので。 >私は間違っていますか。 >うつ病になったのは私のせいですか。 あなたは、間違っていません。 うつ病になったのは、あなたのせいではありません。 私は、鬱になったのは自分の人生での課題だと思いました。 あとは、人生の大きなターニングポイントでした。 どんな人も、生きていると、もう死んでしまいたい、と思う瞬間があるように思います。 その時、人は試されているような気がします。 6年間鬱だった私からのお願いです。 死なないで下さい。 どんなに苦しいか、よく分かります。 それでも、死なないで下さい。 私は3年で病院を変えて、ようやく回復に向かいました。 自殺する前に、病院を変えてみませんか? もっと合う医師がいるかもしれません。 そして、過去のことを違う見方が出来るかもしれません。 過去は変えられないけど、過去の認識は変えられるそうです。
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- hokke1
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他の方々とちょっと違った視点で書いて見ます。ご質問者、他の回答者の方々、お気を悪くしたらすみません。無視してください。 「心の中の何かが大きなブロックをかけていて、びくともしない」という感覚、わかります。 「生きているだけでいい」とか「今はゆっくり休んで」とか言われても、はいそうですね、とは思えない状態ですよね。 うつ関係の本(特に経験者の言葉)を読んでも、TV(NHK教育など)のうつ関係の番組を見ても(これまた経験者の言葉)、納得できないですよね。 私は、「本で体験談が紹介されたり、TVで体験談を話している人々は、うつから回復した(少なくともある程度は)人々ばかりである。回復しなかった人の体験談は聞いたことが無い。回復せずに自殺していく人々は多いのに、それらの人々のことは取り上げられていない。」などと思いました。 私が死にたくなったとき、死に方を想像してみました。 苦しむのはいやなので、一気に楽に死にたい。でも電車に飛び込んだら莫大な損害賠償金を請求されるらしいから、やめておこう。高いビルやマンションから飛び降りたら・・・グロテスクな死体を他人にさらすのはいやだな。そうだ、自然の中で誰にも見つからずにひっそりと死ぬのはどうだろう。自然といってもどこがいいか、自分の好きだった知床の先っちょがいいな。あそこは途中までしか道路が無いので、人は入って来ない。あと、すぐに見つかると無残な死体をさらすから、できるだけ長い間行方不明状態でいたい。できればずっと見つからないほうがいい。そのためには行く途中の証拠を残してはいけないな。現地に車を置いていくなんて論外だし、バスやタクシーの運転手に覚えられていてもまずい。どうやったら「知床へ行った」「知床の山へ入った」という証拠を残さずにいけるだろうか。うまく山に入れたら、最後はどうしようか。景色の良いところを見つけて、海に沈む夕陽などを見て、睡眠薬で眠りに就こうか。そして熊にでも食べられて、自然の土に帰っていこう・・・。 死ぬときくらい自分のわがまま(理想?)をかなえてもいいじゃないか、こだわりの死に方をしたいな、とでも言いますか。 そんなふうに想像をめぐらしていたら、なぜだか気持ちが落ち着いてきました。 そして今でもなんとなく生きています。 上記の死に方プランは今でも心の片隅に置いてあります。具合が悪くなったらまた取り出してくるでしょう。 死んではいけない、というのはよく言われますし、たしかにそうだと思います。私の上記書き込みは自殺の勧めではありません。 単に私が死にたくなったとき、どんな言葉も心に受け入れられなくなったとき、上記のようなことを想像していたら気持ちが落ち着いた、ということだけです。 やはりなんだか変なことを書いてしまって、すみません。
- 03594
- ベストアンサー率32% (148/456)
読んで感じたことを率直に書きます。 そんなネガティブな考え方を四六時中考えていたら誰でも人生が嫌になるでしょう。 もっと全てをポジティブに考えれば良いだけです。 もっともそれが出来れば苦労しないのでしょうが。 でもお子さんはポジティブ思考ではありませんか? だからこそあなたを支える為にそばにいると思いますよ。 あなたは一人でいるとマイナス思考のスパイラルに入って行きそうだから。 カウンセリングも無意識に自分のマイナス思考をその都度否定してもらう為に行っていませんか? それでは根本的にはいつまで通っても同じだと思います。 自分の思考を変えなければ。 あなたが疲れる原因は2点でしょう。 (1)適度で辞められずとことんやり過ぎすぎるので身体的に疲れる。 (2)全てのことを悶々と考えるが悪い方向にばかり考えてしまう。考え疲れ。 リフレッシュして下さい。 体のリフレッシュは適度な運動(し過ぎはダメ) 頭や心のリフレシュは遊びや趣味(水泳・カラオケ・旅行) 心機一転したら景色が違って見えるかも。
- cibone
- ベストアンサー率25% (89/350)
今日診察があって、医師に言われました。 「ずるく生きるのもひとつ。損得を考えて決断するというか、ね。」といわれました。 >どういう経緯から、この言葉が発せられたのか、そこがよくわからないんです。 前後の文脈というか。 この言葉が、質問者様の「死にたい。」気持ちを誘発させたことは間違いなさそう。 この言葉がショックだった、というわけですよね? なんとなく、お気持ち察します。 でも医師は、離婚を選択したことが、間違っていた、と言っているのですか? 医師のだんなさんと別れたことが、損であり、失敗だった、と言っているのですか? それは、質問者様がそう解釈しているだけなのですか? カウンセリングで発せられた言葉で、死にたい気持ちになったこと、伝えてみたほうが良いのではないでしょうか? ずるく生きるのも一つ、というのは、ずる賢く生きるのも一つ、という風に捉えると、賢くなかった、と言われたような気がして、そのように言われたことで、質問者様は自信を失ったのではないかな? でも、ずるく生きるのも一つ、という考え方は、妥当なのかどうか判断しかねます。 それも、一人の人間の価値観でしかない。 だから、それに納得できないなら、質問者様は自信を持って、医師の価値観は受け入れられない、とつっぱねても良いと思う。 世の中には、損をしても、理想を追求している人がいて、それでうつ病になるわけじゃありません。 それに、人間は、お金そのもので幸福にはなれません。 最低限、生活できるお金は必要ですが、やっぱり人の幸福は、愛情やら、人間関係で決まってくることが多いと思う。 だんな様と別れたことについて、質問者様はよくよく考えて出した結論なのですよね? お金のあるだんな様であっても、どうしても分かれたかった、その理由は?
- chupaku
- ベストアンサー率25% (460/1781)
お医者さんはダメだしをした訳ではなく、むしろもう一歩前に進んで欲しいから、進めるから言ったのだと思います。 きっとそこをクリアすれば、もっとすっきりと楽になって、うつ病も完治出来ると思ったはずです。 残念ながら、今は逆になってしまったけど、、。 そして、損得の捉え方も逆になっていると感じましたけど。 >ずるく生きないとバチが当たる、、、ってどうしてそんな考え方になってしまうのか、、、 そもそもがまじめな方ですから、離婚に対してすごく罪悪感を持ちすぎているため、 余計に過敏に反応してしまってますよね。 離婚した事が良くないのが事実って、お医者さんは言ってませんよ。 sarasavaさんが、今だにそう思っている事が事実だって事ですよね。 一生懸命ポジティブに考えようとしているけど、まだ払しょく出来てないから、心底正解だったと思えるようになると良いなと言う事でしょう。 はっきり言って生き方が間違っていたと考えるのは間違いだと思います。 人なんて間違って生きて当たり前です。そうして考えもがき苦労しないと、強くなれません。 でも間違いじゃなくて、むしろそうするべき運命だったと考えるべきでしょうか。 言い方を変えると、離婚を経験しないといけない人生だったと言う事です。 なので、間違いじゃなくて、離婚を経て、今があるって事かな。 過去の自分を全否定じゃなく、全肯定です。しかも妥協ではなく、自分への試練を乗り越えるって事です。 例えば元の旦那さんが医者じゃなかったら?どうでしょう? 医者だったから、余計に自責の念があるんでしょうが、大事なのは心でしょう。 もちろん子供がいるので、経済的な事も大事でしょうが、sarasavaさんの鬱は気持ちの持ち方次第です。 治す事が無理だと思えば無理になります。 治す治さないじゃなく、過去の自分を全肯定すれば自然に治ります。 常に前向きに、過去の自分の経験(お父さんのDVでさえ)は、無くてはならないものだったはずです。 そのために生まれて来てます。 人間には、いろんなタイプの修行がありますけど、クリアするために自分で設定してきてますから、クリア出来るはずですよ。終わりにしてもまた来世同じ事になります。 もちろん息子さんもお母さんを選んで生まれて来てますから、一緒に頑張れるはずですよ。 一度暇な時に、スピチュアルの本を参考にしてみてください。 読みやすいから、江原さんの本でもどうぞ。カウンセラーより為になるかも。 大事なのは前向き心理です。
- sakura-394
- ベストアンサー率58% (237/405)
「損得」を意識した生き方は、「得したこと」ではなく、「損したこと」に意識が向いてしまい、後悔します。 「理想」を追い求める生き方は、「理想」ではなく、理想に届かない「現実」に意識を奪われて、そのギャップに苦しんでしまいます。 人の生き方は、「損か得か」「理想か現実か」「有りか無しか」などでは量れないものだと思っています。 「どちらか一方」ではなく、「ちょうどいいところ」を意識する事も必要だと思います。 それを「妥協」と言えばそうなのかも知れませんが、決してネガティブな意味の言葉ではないと思います。 と、ここまではおそらくカウンセリングなどで散々言われた言葉ではないかと思います。 今、sarasayaさんが苦しんでおられるのは、変えられない過去を変えようとしているからではないかと感じます。 「誰が悪い」と言えば、幼い頃に暴力でsarasayaさんを苦しめた「父親が悪い」ということは明らかです。sarasayaさんが悪い訳ではないと思います。 でも、どのような形であれ、過去を追及することは、今のsarasayaさんにとって苦痛にしかならないと思います。 「妥協」は、過去を評価して「全否定」するためではなく、「これから先」を生きやすくするために必要なものなのだと思います。 医師も、決して過去の「ダメだし」をしたのではなく、これから先の「提案」をしたに過ぎないのだと感じるのですが、どうでしょうか…。
間違っていませんよ。この文章を読んだ限りは。(他の部分は知らないから言えませんけど) ズルく生きなかった→一生懸命、妥協せず戦って生きてきた 損得を考えなかった→純粋な気持ちで生きてきた 自分の心に正直にやってきた 息子さんに悪い?→悪くない お母さんがいつも暗い顔して悩んだり愚痴でいっぱいだったら子供はツライ 医師の夫と別れたのは損?→金銭的には損かもしれないけど、あなたの心は? 心を天秤にかけるなんて無理 一生何十年も我慢なんてできるはずない あなたが鬱病になった訳→色々葛藤し、戦い、がんばり続けたから だから間違っていないと私は思う。 鬱病が誰のせいかと問えば、恐らく自分のせい。だけど、病気になるのはいつだって自分のせいじゃない?風邪をひくのも、胃炎になるのも、心筋梗塞になるのも・・全部原因は自分で作るんだよ。 病気ってそういうものだと思う。 診察で先生が言ったのは、人生の選択肢の一つにすぎない。 そう言う生き方もあると言うこと。それが、あなたにとって良いものかはわからないし、価値観も考え方も人それぞれ。 ただ、今回の病気はあなたにヒントとチャンスをくれたはず。 これからの生き方を考えたり、息子さんとの生活を見つめてみたり。 自分を諦めないといけないと思ったのも病気になったから。 そうじゃなきゃ、他の病気で人生短く終わっちゃったかもしれない。 妥協することが、どうして自分の過去を否定することになるのかな? ちょっとその部分はこの文章じゃわからないけど。
元中度の鬱病患者です。 鬱になるのは性格と環境だと思います。 あなたは、バチがあたったわけではないですよ。人生沈む事もあります。 むしろあなたよりひどい環境の人は居ます。 鬱病のときは、自分は治らないと思うものです。 「鬱ってなんだろう。これは病気ではなく、普通の自分ではないのか?治るって何だろう」と私もよく考えていました。 死にたいのも解ります。 何かの調査で年間3万人が自殺していて、その9割近くが鬱病だと聞いて「そんなのわかんないじゃん!」と思っていましたが、自分が鬱病になってみて、今は「なるほどね」と思います。どっちに転んでもおかしくなかったけど、自分は今結果的に生きていると思います。 人に言えないエピソードはいくらでもあります。 何を伝えてもなかなか伝わらない精神状態だと思うので、一つだけ。 死なない事です。 鬱病は何のきっかけも無しにある日突然治ります。そして死にたい病も治ります。 環境が変わったわけでもないのに、私はある日治りました。すぐには気づきませんでしたが、「あれ?最近死にたいと思わないかも」と思いました。今、私はあの時の自分が理解できません。 治る日まで死ぬのを我慢をする事です。それが回答です。