※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:発達障害児への支援(ご褒美)について)
発達障害児への支援(ご褒美)について
このQ&Aのポイント
発達障害児への支援において、ご褒美の効果について検討がありますが、その本質的な意味について疑問が生じています。
例えば、朝礼参加を嫌がる子供に対して、ご褒美を与える方法が有効であるとされますが、ご褒美を与えることで「がんばるのも悪くないなぁ」という意欲を引き出せるのか、疑問があります。
前者のやり方では、目的は朝礼参加であり、ご褒美は目指すべき行動に対する評価となります。一方、後者のやり方では、ご褒美が目的となり、朝礼参加はご褒美を獲得する手段となるため、本末転倒ではないかと懸念しています。
小学4年生の高機能自閉症の男児の母親です。
息子は、地域の小学校の支援級に在籍しています。
息子のような子供に対して、ご褒美作戦が有効だとよく聞きます。
私もご褒美で息子ががんばれるのならと、2学期からのことを先生方と色々考えたのですが、先生方と話をすすめていくうちに、
そもそもご褒美って、
「がんばったからもらえるもの」
なのか
「ご褒美がもらえるからがんばるのか」
どちらなのかわからなくなりました。
例えば、朝礼に参加するのが苦手な息子に対して、
(調子が良くて)簡単な声掛けなどで参加できた時に、
「今日は参加できてすごかったね!これはがんばったご褒美だよ」
って、ご褒美を渡して、ご褒美がもらえた息子はうれしくなって、
それを繰り返すたびに、息子が「がんばるのも悪くないなぁ」って
次の意欲につなげていくものなのか。
朝礼に参加するのを嫌がる息子に対して、
「朝礼に参加できたら、ご褒美をあげるよ」
って、目の前に人参ぶら下げるって言うか、
「これがもらえるんだったら、がんばってみようかなぁ」って
息子のやる気を引き出していくものなのか。
結局二つとも、
朝礼に参加する→ご褒美がもらえる→うれしい→またがんばる
って感じで、大した違いは無いのかもしれないけど、
前者は、目的はあくまで「朝礼参加」
(朝礼参加→ご褒美ゲット)
後者は、「ご褒美ゲット」
(ご褒美ゲット→朝礼参加)
に変わってしまっている気がします。
息子の心情として、後者だと、
「じゃあ、ご褒美いらないから、朝礼出ない」ってなりそうに思います。
これでは本末転倒ですよね。
私は、前者のやり方でというか、朝礼に出ないという選択が「間違った行為」になってほしくないというか、
朝礼に出ることが正解なのではなく、出れたらすごいけど、出れないからといって悪いわけじゃないと考えています。
私は、「出来なかったらあげない」のマイナスポイント制よりも、
「出来たからあげる」というプラスポイント制のほうがいいと思うのですが、先生方は、後者のやり方を押してきます。
なんだかうまく説明できないのですが、後者のやり方だと、ご褒美と言っておきながら、本当だったらかけなくてもいい負担を息子にかけてしまうような気がして・・・
わからなくなっています。
アドバイスよろしくお願いします。