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自らの手で軍事裁判って必要なのではないでしょうか

敗戦の日が近づいてまいりました。 連合国によって軍事裁判は行われましたが、自らの手で裁判は行っていません。 戦後の国際、社会問題の全てはここにあるのではないでしょうか。 また、自ら総括もせず、ダラダラとここまで来ています。 教科書ではアメリカの占領によって改革し、生まれ変わったたことになっていますが。アメリカ追従外交になり軍が無くなった以外は、実際には何も変わっていません。 農地解放にしても建前は自由に農業できるのに関わらず、地主が農水省と農協に変わっただけですし。 官僚組織は組み替えただけで未だに構造までそのままですし。 中、韓に反省していない、と言われれば総括していないので当然です。お詫び外交を続けなければいけないのもここに原因があるとしか思えません。 明らかに違憲な自衛隊があるのに関わらず、改憲せず解釈でごまかし、腐って対外的には使い物にならない危険な官僚組織になりつつあります。 前に進んでいく為に、公的にきちんとした総括って必要なのではないでしょうか。 国の存亡の危機に陥れた敗戦なのですから、責任の所在と原因をはっきりすべきです。良かったこと、悪かったことを国家として明示すべきです。 そうしないと、戦後って言えないのではないでしょうか。 それとも、ここまで避けてきたのですから、軍事裁判をしては困るものなのでしょうか。何の害があるのでしょうか。 私は今のままでは海外の海や山に散った、先輩方の死は無駄になっているような気がしてなりません。

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回答No.4

>連合国によって軍事裁判は行われましたが、自らの手で裁判は行っていません。 戦後の国際、社会問題の全てはここにあるのではないでしょうか。  個人的には同感です。 >前に進んでいく為に、公的にきちんとした総括って必要なのではないでしょうか。  法的には不遡及原則もありますから、何らアクションを起こすことができませんから、全うな裁判という形式では総括できません。  従って、法廷ではなく政治的な権威・権力によってのみでしか総括を行うことは難しいでしょう。  その意味では、国会決議なりで自己総括するのが手段ですし、そのような方式を諸外国が希望しています。  ちなみに、現憲法では、軍事裁判・特別裁判を認めていないこともありますので、裁判という形式は無理ですし、証拠・証拠能力の両面でも不可能です。  ただ、総括に関しては考え方があります。すでに総括した、という人もいますので、国民全体で争論した上で、自己総括に関しては政治的に決定するべきでしょう。  自己総括を促すための立法請願でもされた上で、意見するようにした方がいいでしょう・・・・  私個人は、自己総括は国民個人個人で行うべきで、国家規模で行う必要性は感じません。すでにSF条約から様々な条約で総括に類するものが行われていると判断できるからです。不十分ではありますが・・・  国民全体で国家総括が必要となれば、それは民主的決定として行うべきとは思いますが・・・ 個人的には、琉球処分・アイヌ人差別問題などの国内問題の総括を優先させる必要性を考えますし、 総括する内容を精査した上での争論を望みます。

hanakuso10
質問者

お礼

ありがとうございます。 >法廷ではなく政治的な権威・権力によってのみでしか総括を行うことは難しいでしょう。 やはりそうなのでしょうか。皆さんの意見そうですし。 憲法改正や法律作って、特別法廷開くのはダメなのでしょうか。 とにかくある意味、国民の誇りになるような、重みを持った総括が必要だと思うのです。

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その他の回答 (10)

回答No.11

主体的に自らを律することが出来ない。 これは今も同じです。 ドイツでは、その追求を行っています。 上層部の責任逃れ、証拠隠滅、戦後処理に於いても各種画策、無実であるのに絞首台に昇った方、その他、多くの内外被害者の為にも総括、名誉回復等の処置、努力が実行されることが、この国の将来にとって極めて重要です。

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  • tojyo
  • ベストアンサー率10% (117/1066)
回答No.10

軍事裁判ではなく普通の裁判であるとしても、「善/悪あるいは有罪/無罪」の基準をどこに持っていくのでしょうか? 法廷を開いて開く意義は何でしょうか? 法廷は法律に照らし合わせて罪を裁くところではないでしょうか? 少なくとも、当時には「戦争を起こしてはいけない」という法律は存在していないし、「国民を戦争に巻き込む」ことを禁じる法律も存在していません。有罪になるケースはほとんどないでしょう。 世界的に見ても、そのような法廷を開いたところで、なんの反応もないでしょう。むしろ、過去の人たちに罪をなすりつけるだけで反省していないと思われるだけではないでしょうか。 「日本は先の対戦の失敗の原因を国を挙げて研究している。これは次の戦争に対する準備だ。」とか言い出す国もありますよ。 各自が先の大戦を反省することは大事ですが、それをわざわざ国家が指導するのはおかしな話です。

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noname#118718
noname#118718
回答No.9

No.7です。 >今でも反省していない(謝ると云う意味ではありません)ので、また同じ失敗をする可能性があります。 そこまでの意見は同じで、異なるのは、国が総括して反省すれば済む問題かどうかです。昔の人間や指導者がやったことという認識で総括しても別の同じことを繰り返すだけです。 うがった見方で説明しますと、指導層のみを非難したり形だけでも謝罪外交をしろというのは極めて政治的な利益を動機としたものです。 さらに言えば、権力を奪う目的の為に平和主義を利用しているしかない。自分の心理的防衛のために隣国を叩く人間の反対側にいるに過ぎない。同じレベルということ。 >辛いですけど慣れるものです。 確かにそのとおりなので、なお更イケないと思うのです。 自分を直視するのは辛いがプラスの効果を感じるにつれ勇気が湧いてくるという意味の文です。

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noname#118718
noname#118718
回答No.8

No.7です。 参考図書を補足しておきます。 ・「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3)) (文庫)

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noname#118718
noname#118718
回答No.7

太平洋戦争が起きた事とメリハリのない戦争実行の原因のひとつに国民性が挙げられることに国民は薄々気がついていると思っています。 その国民性を自分に引き寄せて考えると、先延ばしと権威に対する弱さを直視するのは苦痛ですし、時間も労力も費やすものだと感じます。 結局、直視する気概が無かったのと経済成長において会社に比重が傾き過ぎ、考える時間が無かったのが原因と思います。 それとは別に、そういう図式は現代にも残っていて、国民を苦しめていると思います。 ですから、他人を責めるよりも各人の意識を変える事の方が重要と思います。辛いですけど慣れるものです^^

hanakuso10
質問者

お礼

>先延ばしと権威に対する弱さを直視するのは苦痛ですし、時間も労力も費やすものだと感じます。 正にそれです。私も解ります。 しかし、それこそが戦争失敗の本質では無いかと思うのです。 今でも反省していない(謝ると云う意味ではありません)ので、また同じ失敗をする可能性があります。 >辛いですけど慣れるものです。 確かにそのとおりなので、なお更イケないと思うのです。

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  • darumazen
  • ベストアンサー率16% (18/107)
回答No.6

朝鮮戦争の軍事裁判もやってないんだから、必要はないでしょう。

hanakuso10
質問者

お礼

朝鮮戦争は戦争自体終結していませんので、できないでしょう。

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  • 469437
  • ベストアンサー率38% (185/483)
回答No.5

「正しい」総括は必要ですが軍事裁判は不要だと思います。 軍事裁判とは軍が裁く側なので、今では無理です。 だいたい誰を裁くのですか?被告も設定しないで語るのは無意味では? >連合国によって軍事裁判は行われましたが、自らの手で裁判は行っていません。 東京裁判ですが、まず国が国を裁く(軍人によるBC級だけではなく政治家をA級として)権利はありません。 戦争処理は講和条約や賠償金などあくまで条約の形で行われるもので、主権のある国を裁く権利は戦勝国にもありません。(その理由が勝った事でしかない以上当然です。)しかも公平ですらありませんでした。 >アメリカ追従外交になり軍が無くなった以外は、実際には何も変わっていません。 まず変えるべきだったことを具体的に明記して下さい。でないと話しようがありません。 >教科書ではアメリカの占領によって改革し、生まれ変わったたことになっていますが WGIPをご存知ですか? 教科書自体がGHQの指導の影響を受けていますし 生まれ変わった=前よりよくなった とは限りません。 >農地解放にしても~ 農政は軍事の枠を超えます。 >中、韓に反省していない、と言われれば総括していないので当然です。お詫び外交を続けなければいけないのもここに原因があるとしか思えません。 ちがいます。WGIPの教育統制による自虐史観と国内の共産勢力のプリパガンダによる自虐史観が浸透してしまったからです。本来彼らに謝罪する必要はありません。 朝韓には日韓基本条約で解決済です。(締結の経緯をご存知ですか) 中国に関しては日本は共産党と戦ったわけではなく、共産党は清朝の後継政権ではありませんし、話し合いで解決済です。毛沢東自身日本が国民党と戦ってくれたおかげで政権を取れたので感謝しているともいっています。 更にこれは外交問題であって、軍事裁判で扱う内容ではありません。 >国の存亡の危機に陥れた敗戦なのですから、責任の所在と原因をはっきりすべきです。 その通りですが、軍事裁判で裁く内容ではありません。開戦・終戦の決定・交渉は政府の仕事です。更に責任があっても裁判で裁く質のものではないと思います。また、戦争をせず結果として国が危機に陥ったとしたら、それはそれで訴追されるんでしょうか。 倒産した会社の社長は責任を問われますが、刑事事件にはなりません。 ましてや会社存亡の危機において、のるかそるかの賭けに出たとしたら。(汚職をしていれば別ですが)当時戦争は国家の権利でしたし。 また政治の責任を問うなら国民の責も問うべきだと思います。当時はまだ議会政治が機能していたので、すべて軍部独裁といって言い逃れるのは卑怯だと思います。(私は日本とその国民に戦争責任があるとは思いませんが。) >私は今のままでは海外の海や山に散った、先輩方の死は無駄になっているような気がしてなりません。 軍の作戦立案と実行は考証の必要があると思いますが、今の自虐史観の方が無駄にしていると思います。

hanakuso10
質問者

お礼

>まず変えるべきだったことを具体的に明記して下さい。でないと話しようがありません。 変えるべきと云うよりも、システム的、意識の基本はあまりにも変わっていないという現状です。 そもそも「負けたのだ」という意識が希薄です。 それを端的にあらわすのは8月15日の言い方「終戦の日」です。 終わっただけです。自分とは関係なく戦争という時代に巻き込まれた被害者です。っと言いたいかのような言葉です。 あれは「敗戦」です。しかも尋常な負け方ではありません。 >生まれ変わった=前よりよくなった とは限りません。 それはわかっています。 ただ、変わり方は顔を右に向いていたものを左に向けただけで、体の向きは全く変わっておらず、加えて「なぜ左に変えたのか?」と云う質問に「右はダメで、左が正しい」しか答えられない状態です。 解りにくいでしょうかこの表現。 >。WGIPの教育統制による自虐史観と国内の共産勢力のプリパガンダによる自虐史観が浸透してしまったからです そうでしょうか。 そもそも自虐史観は総括ができていないからこそ出てくるのではないでしょうか。国の芯のようなものが空洞でぐら付いている状態です。 共産勢力のせいにすれば簡単です。 私から見れば、いわゆる自由主義史観も自虐史観も同根だと思っています。それが前述の、顔だけ右・左に向け、体の向きを変えていない状態だと言いたいのです。総括も無く、基礎も無く、ふらふらと上辺だけ変えた状態です。同じ答えが出たとしても、総括があってからと、無い状態では全く意味も、重みも違います。 >本来彼らに謝罪する必要はありません。 国としてお詫びする必要が無いことはわかっています。 しかし、突っ込まれ浮き足立つでしょう。これです。 浮き足立つ日本人は売国奴だ。っと言うのは簡単ですが、どっしり腰に据えられるものがありません。 >すべて軍部独裁といって言い逃れるのは卑怯だと思います。 私も軍部独裁だけのせいなのは卑怯であり、本質ではないと思います。 私は被告にできるかはおいて、国民にも重大な欠陥があったことを反省すべきです。一般的に軍には逆らえないとか、お上が言ったからとか、責任は全く無いかのように涼しい顔をしています。 なぜ、自分の子供を特攻隊に我慢して投入しなければならない社会にしてしまったのか、国民自らの性格を今一度知り、反省する必要があります。

hanakuso10
質問者

補足

ご回答ありがとうございます。 >軍事裁判とは軍が裁く側なので、今では無理です。 端的に言うと軍ではないので現時点で、軍事裁判・法廷が開けないのは分ってます。 知識が薄く、言葉足らずで申し訳ございません。 何らかの総括と断罪による過去の清算です。 忘れると云う意味ではありません。 私はあの戦争の全てが悪いとは思いません。 しかし、負ける戦争になぜ進んだか。 戦争になぜ負けたのか。 戦争をなぜ途中で収められなかったのか。 公的に対外的に見解と反省を示す必要があるのではないかと云うことです。 今は軍事法廷は開けませんが、特別に総括する法廷を開く法律を国会で制定すれば問題ないでしょう。 とにかく戦争の記憶が辛うじて残っている今、徹底的に「あれは何なのか」をはっきりさせ、今後に繋げる必要があります。 タダやって、タダ負けて、タダ死んで。いろんな人が愚痴っているだけで、犬死です。 >だいたい誰を裁くのですか?被告も設定しないで語るのは無意味では? 被告は色々です。 私が思うに、特に日本の場合は原因は個人とは言いがたいものがあります。 その全てを洗いざらい出す必要があります。 個人、責任者、組織、国民、法律。 責任者は責任があります。しかしその他に構造的に問題の部分が多くあります。 大日本帝国憲法の統帥権の穴。天皇機関の否定。今と同じ責任の所在がハッキリしない官僚のシステムと、派閥争い。官僚と財界・経済の関係。国民の政治への意識の低さ。日本人のムラ意識。 私が少し考えるだけで断罪すべき理由は色々あります。 その多くは法律を変えずにあるときにある責任者が解釈を変え、それからは誰もにせず、裁判の判例主義のようにナアナアでダラダラ進むことで、とんでもない方向に行きます。現在の自衛隊も同じです。(個人的に軍は必要だと思っていますが、どう見ても違憲です。) 今の状況が、過去と比べてどうか。 自らの襟を正したり、今の立ち位置を確認できます。 いまの状態は、はっきりいって分りません。

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  • phj
  • ベストアンサー率52% (2344/4489)
回答No.3

日本には軍事法廷はないし、公訴時効はとっくに過ぎているので、「裁判」という方法は取れないと思います。 しかし第二次世界大戦を、日本人が自ら自分たちの手で総括するのは重要だと思います。 連合国が行った東京裁判は、裁判とはいえないようなしろものでしたが、日本人がそれを受け入れたのは、国民の責任を受け入れる素地が無かったからだと思います。 そのために日本は未だに、自らの手で戦後から決別することができず、殻に閉じこもっているように見えますし、その反動か戦争自体を(悪い部分には目をつぶって)肯定する勢力も出てきています。 戦争そのものの善悪の判断は非常に難しいのですが、戦争に至った経緯、戦争遂行した経緯、そして先の戦争が残したよい部分と悪い部分をきちんと総括すべきでしょう。 ただし、そのときには戦争指導者の責任はもちろんのこと、国民の責任を総括することを忘れてはなりません。当時の日本は、今の同じ法治国家であり、選挙が行われていたからです。

hanakuso10
質問者

お礼

>国民の責任を総括することを忘れてはなりません 私もそう思います。 殆どの日本人は国民に責任があったと思っていません。 教育にしても、文献を見ても、殆ど「国民は戦争の犠牲者」のみです。 自ら参加していることを忘れてはなりません。 それが例えイヤイヤであったとしてもです。 >本には軍事法廷はないし、公訴時効はとっくに過ぎているので、「裁判」という方法は取れないと思います。 法的にそういうことは解っていますが、強烈に総括できる方法が自分では他にないと思っているので、軍事裁判と称しました。

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noname#111050
noname#111050
回答No.2

総括は必要でしょうね。なぜ、総括することから国が逃げているのか。戦後、戦犯となるたくさんの人物が、諸事情により、日本の政治の中枢に残存したためだと思います。現在の政治にも、その戦犯の血脈が流れています。彼らが恐らくは、総括を恐れ避けているのでしょう。そういう無反省さがおっしゃるとおり現在にも受け継がれているのでしょうね。国を危機に陥れても、全く反省しない、という無責任。 「NHKスペシャル 日本海軍 400時間の証言 第1回▽開戦“海軍あって国家なし、3夜連続放送」の第1回を見ました。 政治的にも戦略戦術的にも大きな力を握っていた、天皇直属の海軍軍令部では、少なくとも、太平洋戦争の目標として、アジア開放や自己防衛などという善良なものは、元軍令部関係者によると、一切無かったそうです。たとえば、アメリカに勝てると錯覚している陸軍の右翼が、力をつけて海軍を配下とする前に戦争した方がいい、とか、軍令部の長、軍令部総長に、皇族の伏見宮博恭王が9年間もその職に就き、間違った方向へ突き進んだ、とか、海軍として予算が欲しいために戦争へと向かった、とかそんな話ばかりでした。開戦後も、たった10人の軍令部では、その日その日をこなすのが精一杯で、長期戦略も何も無かったということです。

hanakuso10
質問者

お礼

私もその無責任さが嫌なのです。 自虐史観にしても自由主義史観にしても総括がない後ろめたさからきているのではないかと思っています。 腰砕け外交も同じです。 NHKスペシャル私も見ました。 最近左よりだと言われていますが。。。 でも、あの内容は私の大方予想通りでした。 ・偉い人には文句が言えない空気。 ・戦略として偉い人を上に収めて利用する。 ・法の解釈を曲げる。 ・判例主義のように一度通ったものはその後疑問も持ってはいけない。 ・本当の責任者が解らない命令系統とシステム。 構造はそのまま戦後に持ち込まれ、それは高度経済成長も生んだかもしれませんが、無駄な天下りと基金や箱物も生んでいるシステムです。 総括ができていないのも間違いなくこのシステムや意識の延長上にあると思っています。 あのTVを見て更に、総括が必要だと思いました。 しかも早急にです。大戦を知っている人が辛うじて残っている状態です。いま、残さないと、単なる伝説になってしまいます。

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  • Yelm
  • ベストアンサー率19% (63/324)
回答No.1

「敗戦の責任の所在と原因を探ること」と「裁判」とは別次元の問題です。 日本が法治国家である以上「日本の法律上、違法でない行為」を裁く事は不可能であり、そのようなことは出来る筈がありません。

hanakuso10
質問者

お礼

>敗戦の責任の所在と原因を探ること」と「裁判」とは別次元の問題です。 では、どういう方法があるのでしょうか。 国会の決議どころでは重みが足りないと思います。 私の言いたい総括は、最低でも極東軍事裁判より上だと世界から見ても思えるようなものでないと意味がありません。 >「日本の法律上、違法でない行為」を裁く事は不可能であり その判例主義はおかしいと思います。 現在、不可能なことは解っています。 しかし、法案を作れば可能です。 憲法に障害があれば変えればできます。

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