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向日葵の咲かない夏(ネタバレあり)
”このミステリーがすごい!2009第1位”の帯に惹かれて読んでみました。 すごいんだかすごくないんだか 面白いんだか面白くないんだか ・・・とても微妙でよくわからない小説でした。 本質的な疑問として このストーリーの前提である輪廻は現実のものとして描かれているのですか? つまり結局ミカやトコお婆さんを人として捉えていたミチオは正常で本当にトカゲや、猫やクモがかつての人の魂を宿して言葉を発していたのか? それともミチオ自身が自分の思い込みや妄想で相手をまだ生きていると信じていただけなのか? また、 最後あの状況の火災のあと、火傷を負ったミチオや、再びミカが登場していますが あれは火災から助けられて彼らは生き延びたということが現実なんでしょうか? 何か読んでいてこちらの感覚がおかしいのかと思う小説でしたので他の人の 解釈を聞いてみたく質問しました。感想でも結構です。
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私は「ミチオ自身の思い込みや妄想で相手をまだ生きていると信じていただけ」と思います。したがって周りから見るとトカゲに話しかけている精神異常者のように見えたのではないでしょうか?わたしも火事の後が気にかかっています。親戚の家に預けられるのだから身寄りがなくなった(父母とも死亡。会話は父母が別の何かの姿になってミチオに話しかけていた)という設定なんでしょうね。ただ担任の先生に駅のホームで見つかった場面のやり取りが落ち着かないのでもう一度読み直してみたいと思います。
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- tomimatu79
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ここでいう輪廻は、ミチオ自身の妄想と考えられます。 たぶん、受け入れがたい人物の死に対する防衛反応として、輪廻というものが(彼の中で)成立していたのでしょう。 ですから彼以外の人物からすれば、ミカやトコお婆さんはただのトカゲや猫でしかなかったと思われます。 また、最後の火災に際してはミチオとミカ(トカゲ)のみが生き残って、父と母はミチオを守って死んだということでしょう。(太陽に照らされた“僕たち”の影が、ひとつしかなかったことがそれを暗に示しています。)
お礼
回答ありがとうございます。 1番の方のお礼にも書きましたが、妄想と考えるのが普通ですが それならとてもありがちなストーリーで、ちょっとがっかりです。 とても参考になりました。
お礼
回答ありがとうございます。 そうですよね。普通に考えるとやはりそうなんですよね。 でも、そうなら私はかなりこの小説の評価低いです・・・ とても参考になりました。