- 締切済み
傷つきたくないわかもの
傷つきたくない若者 についてどんな意見をお持ちでしょうか?
- みんなの回答 (6)
- 専門家の回答
みんなの回答
それでは団塊ジュニア代表nande11jiが若者の真実について表現しましょう(といっても私は一般的若者としてはつまはじきものですが、一応その内部事情は分かるので)。 さて、現在は社会全体が物質を求めたせいでその精神を荒廃させた世界です。日本古来の倫理観とか美徳を抑えつけて競争概念の中で人を追い落とす感覚を高度経済成長などの原動力にしました。 それは団塊世代(s22~24生周辺)のみならず戦後世代全体がそのような感覚の中で動いていったわけですが、それは子供にまで競争によって利己主義に生きる態度を植え付けました。物質的成果(テストの点や学歴、就職先など)を第一の価値とし、日本古来の美徳や倫理感は無視されました。 また、物質的成果は有償を期待するものであって、無償に愛されていることが伝わって来ませんでした。 その結果人の心を踏みにじるのを平気とする人間形成が出来て行ったのです。 ご覧ください。2ちゃんねるというサイトを。 あれが現代です。 ご年配が若かった、あるいは幼かったころ、あのような一言で人格のすべてをこけおろすような、破壊的、攻撃的、ほのめかし的でどこまでも悪いイメージが膨らんでいくような残酷な表現の世界があったでしょうか? おそらくなかったのではないでしょうか。厳しい言葉があってもどこか情に配慮された部分があったのではないでしょうか。というのも、昔は日本人の美徳や謙虚さがまだ大事にされていたからです。 しかし、ご年配の盲目的な物質主義信仰の結果、あのような精神世界が形成されるまでに至ったのです。 そこで本題ですが、どうして若者が傷つきたくないかというご質問でしたね? 先ほども述べたように、今は非常に狡猾で残虐な言葉を平気で言い放つ世界です。2ちゃんねるだけではありません。路地裏的な部分を覗けば、そんな状態は日常生活に密着しているのです。 ということはどういう事かと申しますと、多感な青少年時代を、精神を破壊される危険と常に隣り合わせで過ごさなければならないということなのです。 するとその生活経験のトラウマにより、人の言葉というものに対して、ご年配よりもはるかに敏感になり、警戒することになるのです。 あなた方は今までこの仕組みに気づかないで首をかしげていたのでしょうね。もっともここまで表現される機会などあまりありませんからね。 ところがです。 別に今精神が病んでいるのは若者だけじゃないと思いますが。 私の見た限りご年配のたいがいの人は「傷つきたくない人」でしたが。 とても言葉に対して神経質で敏感で臆病で、そして怒りっぽいご年配、いっぱい居らっしゃいましたよ。 プライドが高いのでしょうね。 ご年配だって今の風潮によって敏感になって来ているのではないでしょうか。 そして、悪いのは団塊世代と団塊ジュニアであり、自分は蚊帳の外で悪くないんだと表現する人。日本全体が今同じ状態で、団塊ジュニアだけがそうなっている訳ではないにも拘らず団塊にだけ責任を押し付けるズルい考え。 これは何故起こるのか。 自分が悪いと思いたくない、思われたくないから。 つまり、「自分が傷つきたくないから」に他ならないでしょう。 誰かを批判しながら自分が傷つきたくないことについては見ようとしない。 ご年配だって忘れているじゃありませんか。「恥を知れ」という言葉を。
- disease
- ベストアンサー率18% (1239/6707)
ベビーブームの人たちが大人になって子育てに失敗したせいでしょうね。 家庭より経済を優先した結果でしょうが、失ったものも大きいですが、得たものも小さくはないでしょう。 さらに今の子供たちの子供たちの時代はあまり想像したくないですね。
お礼
ご意見ありがとうございます* すっかり遅くなってしまいすみませんでした。 なんだか分かりそうで、だけど私の知識では少し分かりにくいようです>< 家庭の様子が変わったことは多分に子どもたちに影響するのですね。 経済を優先させてきた高度経済成長期に何が起ったのでしょうか? その結果、何を得たのか…
若者に限らずに… とNo1の回答に補足してもいいですか??
お礼
すっかり遅くなってしまいすみません。 補足されていたのに気づいていなかったです>< もちろん若者に限らず誰にでも当てはまりますね(”a
だって傷つくのはいやでしょう。 若者に限ったことではないのではありませんか? 何で「若者」とか線引きするのかよく分かりません。
お礼
たしかに、なぜ線引きするのでしょう? 誰だって傷つくのは嫌ですよね>< ただ現在の若者の特徴として、傷つきたくないからと バリアーを張って人間関係をうまく結べない人が増えているのではないか? というような言われ(言説)がなされているのは 以前よりも自分をさらけ出して否定されることに弱い人が増えていると考えられているからのようです。 個人的には、以前の方が濃い人間関係を結んでいたとは思えなく、 深い所に立ち入らないというのは変わらないんじゃないだろうか?とも思ってしまうのですが。。。 ちなみに傷つきたくないために、やたらと相手の出方を気にする。 例えば自分の意見ははっきりと言わず (言って否定されるのがいやだから?) どっちつかずな意見から、ノリや空気で決定(誰かの独断ではなく)というようにお互いが傷つかないための過度な配慮を行っている やさしい関係を気づいている という考察もされているようです。
ご年配は傷つきたいのですか? ご年配は傷ついたら憤慨しないのですか? どうして若者と年配を分けるのですか? まったく同じなのに。 若者に浴びせた言葉は、そっくりそのままご年配にも跳ね返ることに注意してこれから発言していってくださいね。
お礼
ご回答ありがとうございます* ちなみに私は現在大学生なので、わかものの部類に入るかと・・ もちろんご年配の方でも傷ついたら憤慨することはあると思います。 ただ、私の妄想からですが、すぽ紺のような時代に育った方なら やめちまえ!とかの類の厳しい言葉を投げつけられてもなにを!となるけれど、 現在であれば、心が折れる人は多いのか? というところが気になっていて。 質問を曖昧にした方が幅広い意見が聞けるかと思ったのですが、 むしろ何を意図しての質問かわかりにくいものになってしまったみたいですね;_; *ここで補足させて下さい 傷つきたくない… お互いに会話を楽しんだりはするけれど、 自分や相手の本質に触れるような距離には入らない。 そもそも人との付き合いが苦手…自分を否定されたくない、傷つくのが怖い 人間関係の希薄化から、 コミュニケーションの苦手な若者が増えたとか 傷つきたくない若者世代になった というようないわれがあるように思うのですが、 実際にそうなのだろうか? という疑問から質問トピを上げさせてもらいました。 もちろんこのこと以外にも、傷つきたくない若者といって どのような風に見ているのか、感じているのか? (例えば自分の身近でこんな例があって、こう思う。など) というところも聞きたく、あえて限定せずにこのような 言葉足らずの質問になってしまいました^^; わかりにくい質問で申し訳ないのですが、 ご意見いただけるとうれしいです。
「傷付く」 のではなく 「磨かれる」 のだと知って欲しいですね。 「傷つけられた」 ではなく 「磨いてもらった」 と感謝できるようになれば最高ですね。
お礼
ご回答ありがとうございます* たしかに叱られるという経験の減ってきていて、 相手のためを思って言った言葉が、 ただ単に傷つけられた、と感じてしまう場合もあるかもですね。 私も磨いてもらった、と その場では思わずとも後々気づければいいと思います。
お礼
遅くなってすみません。 以前の回答に続いてご意見いただいていたのに気づいてなかったです>< なるほど..そういう見方があったんですね! 精神破壊の恐れがある、自分の人格が否定されてしまうような社会が できあがってしまった。ある意味、自分の中にある他者に対する黒い気持ちも ネットという匿名世界をはじめ吐き出すことができると同時に、 それは自分に対しても向けられるかもしれないもろ刃の剣のようなものだったということかな? 年配の怒りっぽくプライドを傷つけるようなことに神経を尖らせている人の話も、たしかにそういう方もいますよね。 私は若者も、そういう年配も、自分に自信がないのかなー はりぼてのプライドで自分を保っているけど、それが自分を守るための 作られた弱いものでしかないと知っていて。 そこを攻撃されると、自分自身が守られないから(自我崩壊?!) 敏感になる。怒ったり、または攻撃されないようにやさしい関係を築くことに神経を尖らせるのかなーなどと思っていて。 わかりにくいですね; 私も何かと団塊、のひとくくりで見てしまうのは抵抗があります。 誰かの批判をしながら自分のことは棚に上げてしまう。 そうですね。 なんだかまとまらない文になってしまったのですが、 参考になります。どうもです^^