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自治体の合併と歴史的名称

 2009年6月16日8時10分 アサヒコムhttp://www.asahi.com/politics/update/0615/OSK200906150096.htmlは、自治体の合併で、歴史的名前の“安土”という名称が消えることを報道しております。  このことは、住民の請願もあり、その請願の扱いについての問題も報道されていました。  それにしても、“本郷弥生”も消えておりまして、今も何かと取り上げられます。  どうして、歴史的名称の尊重が為されにくいのでしょう。  理解するうえでの知識をお教えください。

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  • ベストアンサー
  • nobugs
  • ベストアンサー率31% (1061/3349)
回答No.3

地名と自治体名は区域が一致していれば良いのですが、合併により区域が広がり、自治体名と一致しなくなってきています。 静岡市と清水市が合併して静岡市になりましたね。 清水区として残していますが、区・町名として残すしか無いでしょう。 実際には、さいたま市の様に、地名となる場所が市外でも自治体名として採用しているところもありますね。 過去にも、住居表示制度の導入で地名が大幅に変った例もありますし、古事記にも出てくる地名を企業名に変えた自治体もあります。

krya1998
質問者

お礼

 ありがとう御座います。  当事者行政体と担当者もご苦労、ご苦衷なんですね。  それは判るが、何かどうも残りますね。繊維が歯の間に。    ありがとう御座いました。

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その他の回答 (4)

  • Ebiplitz
  • ベストアンサー率42% (9/21)
回答No.5

皆さんとは少し違う視点でご回答します。 合併作業という面では、最も苦労するのが自治体間の調整です。自分の地域(地名)を優先したいのが本音で中々調整が着かず、名称は、公募や住民アンケート等の形式は取りますが、一番無難なものが選択される例が多いように思います。(無駄な諍いを避けるため) また、「市」については既に○○市と名称が付いている方が許可しない限りは同じ名称が付けられない慣習?があり、合併して名乗れなくなった例が多くあります。(佐賀県鹿島市と茨城県鹿嶋市など) ただし、同じ市の名称を付けた例も中にはあります。町村は市の例はあまり当てはまらず同一名称のものが結構あります。 また合併ではなく区画整理などで新しい地名を自治体が付ける例は多くありますが、その多くは宅地開拓などの人口増加が目的です。こうした地区は引っ越してくる人が良い印象を持つように、「緑」「朝日」など一般的な名称が付けられる例が多々あります。(古い地名は新しい住民にはあまり受けが良くないようです。) このような事が重なり、歴史的地名は尊重されにくいのではないでしょうか?

krya1998
質問者

お礼

 ありがとう御座います。  由緒や意味性よりも、差しさわりのない方が選択される。  そういう流れもあるのですね。  私もある大学に46年そこそこ居ましたが、名前について検討すると、やはりそういう事にもなるのですね。  学部なども国際○○学部とか、平成○○とか。これはちょいと違うやり方ですが。   「緑」「朝日」ですか。  それにしても、みだりに名称をへんてこなのに変えて欲しくないという気持ちが残りますね。  ありがとうございました。

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  • tanuki4u
  • ベストアンサー率33% (2764/8360)
回答No.4

歴史的名称の尊重が為されにくいのか ↓ 尊重しない人が多いから。 ○○が丘とかいう地名を付けると住宅地として高く売れるので、古地名が無くなります。 不動産屋の悪巧みですが、そういったニーズがあるからです。 また、○○銀座という地名がありますが、本家の銀座も現在のような広さではなく、もっと小さい地域でした。 http://oldmaproom.aki.gs/m03e_station/m03e_shinbashi/shinbashi.htm 現在の銀座通りの左右程度。 それが、現在のように幅広くなっております。 これも、「銀座」の方が通りがいいので広がったわけです。

krya1998
質問者

お礼

 ありがとう御座います。  ○○温泉饅頭や、○○銀座は全国各地に。  ○○小京都、小江戸、○○の鎌倉。  でも、かの関東の由緒ある地の鎌倉借用は、北条市がそこにいたことがあるからだそうで、あまり説得的でもありませんね。  あまりこういうことに拘っていると、老人や(傘寿ならそうだが)偏屈といわれますね。  でも何か、後味がちょいと、ですね。 ありがとう御座いました。

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回答No.2

 歴史的名称が尊重できない事例は、私が知る限りでも多数ありますが、よくあるのが、  先使用されている事例です。 つまり、合併によって地域名称を使用しようにも、すでに類似した地域名称が先に使われていることがあるようです。  例えば、歴史的には「鹿島神宮」の長い歴史がある茨城県「鹿嶋」は、佐賀の市町村合併で誕生した「鹿島」に名前の先使用で譲るしかありませんでした。 この事例は総務省の指導が入った事例ですが、市町村名の重複を回避する慣習があるのは事実のようです。  歴史的名称は重複しやすい傾向にありますから、尊重しにくい部分もあるのでしょう。  それと憶測で申し訳ないのですが、歴史的名称は地域住民の愛着もあるのでしょうが、合併する周辺地域にとっては愛着もないことがあるでしょうから残せない部分もあるのでしょう。    ただ、市町村名では消えても、地区名称などで住所で残るケースもあるので消滅するわけでもないでしょう。  

krya1998
質問者

お礼

 ありがとう御座いました。  そうですか、重複は混同誤解につながり、生活と事務の円滑のためには避けなければならないのですか。  でも、どこそかの鹿島と鹿島灘の鹿島神宮は関係ないのだが、近代生活、広域社会としては忍受しなければならないのですね。  何か一言いいたくなる、もどかしさが残りますが、そうなんだからそうなんですね。  ありがとう御座いました。

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  • QES
  • ベストアンサー率29% (758/2561)
回答No.1

ご質問の例ですが、安土に限らずその周辺は歴史的な名前の市町が固まっており、合併によっていずれかの名前が消えることはやむを得ません。 安土は織田信長の安土城で有名ですが、合併相手の近江八幡市も豊臣秀頼の城下町であり歴史もあり面積も大きく人口も多く、過去に合併後の新しい市の名前に安土の名前が残ることが決まっていたことこそ驚きです。 また隣の東近江市も八日市市、永源寺町、五個荘町、愛東町、湖東町 の合併によるものですが、市の八日市や、歴史的に有名な永源寺町・五個荘町の名前が消えることに住民がこだわっていたら成立しなかったでしょう。 あえて歴史的な市町が合併後も名前を残すなら、昔あった太陽神戸三井銀行のようにすべてをくっつける長い名前にせざるをえません。

krya1998
質問者

お礼

 ありがとうございます。  いずれ選択と決定ということですね。  じゅげむじゅげむごこうのすり(ほんとうはシュリ)のようになるわけですね。  安土ほと外部者にはいずれも馴染みはないが、そういう選択をしなければいけないということですね。  それはそうでしょうね。  判るのですが、胸にすとんと落ちないところが、難しいですね。  ありがとう御座いました。

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