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日本の寺社が失業者を救済する発想のない理由は?
世界的な不況のなかで失業者が溢れています。海外の教会では、路地で温かいスープを用意して配ったり、住まいの提供(といっても場所の提供くらいのもの)など積極的に支援しています。現世に対する関わり方では、海外のほうに分があるように見受けられます。彼らは彼らなりに敬虔(けいけん)であり、教会はモラル(道徳心)の向上に寄与している面があるように思います。 ひるがえって日本の寺社を眺めますと、境内があるばかりで、支援すらしようともしません。日本の神主や住職にはこういった発想はないのでしょうか? 布教活動ひとつをとっても、国境を越えようとしない、「ミッション」という気概も感じられません。戒律らしい戒律・教義らしい教義が存在し、それを実践しているのか疑問ですらあります。モラルの向上に寄与しているかといえば、そうは感じられません。 日本の寺社とでは、どうしてこのような違いが生じてしまうのでしょうか?
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お礼
なるほど、役所化してしまったわけですね。人口確認のためと、対キリスト教政策として住民を檀家制度のなかへ囲い込み、まさに幕府の出張機関として一翼を担っていた、とは耳にした記憶があります。 >江戸幕府のほうがすんごい弱者思いです。 江戸幕府の統治機構はローコストであり、江戸の警備も少ない人数で間に合っていた時期が長く続いていました。大名の財源を圧迫させるためと称してはじめられた参勤交代も、定期的な財政投融資を行って景気刺激を行っていたという解釈も成り立つでしょう。江戸時代の統治機構を見直す動きは、国内より海外のほうが大きいかもしれません。なぜか、歴史の授業では習いませんが。 信長と本願寺の戦いを目にした家康は、本願寺を分割して(西本願寺と東本願寺)、牽制させたそうです。いわゆる「分割して統治せよ」を実現したわけです。その意味では、幕府の宗教管理はうまくいっていたと思います。 貴重なご意見、ありがとうございました。