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育児書にもこういう記述がありますか?
いま英文読んでるんですが、 子供は(恐らく幼児の意味でしょう)苦労して作り上げた積木を、親である私がてばなしで褒めたたえると、まさにその時、無造作に積木を壊してしまう。 これは、大人ならよくできたものを保存しておくだろうが、子供は満足しないで壊しよりよいものを作ろうとする と、あるんですが、 親馬鹿の文章のような気がしてなりません なぜなら、積木は大人でも壊しやすい。注意散漫な子供ならなおさら。 質問: 1: 子供は、積木に限らず完成したものをすぐ壊す傾向があるでしょうか? 壊すとすれば、褒めている最中ですか? こういうと、すぐ壊す回答しか来なさそうで困るんですがw 2: 育児書にもこういう記述がありますか?
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1 私の接している幼児は、作った紙工作や折り紙を褒めてやっている言葉をかけている最中には既に、 その作品にはもう関心がないかのように、「次の工作を作る」と言いはじめ、次のターゲットに視線をむけます。 それは「これよりももっと良いのがつくれる」のが、成長途中の人において当たり前だからだと思います。 子供は、今が、これまでの成長の中の最高地点ですよね、何においても、いつでも。 子供は本能的にそれを知ってるんじゃないでしょうか。 自分の全てが途上中で、全てが上昇中。下降した経験がない。 だから、「これが自分の最高作品かもしれないから、保存しておかねば」なんてケチくささなんて持つ必要を感じないのではないでしょうか。 満足して作品をしばらく眺めるとか保存するという大人の行動は、 「昔の方がもっと良いのが作れたかもしれない」 という気持ちからではないでしょうか。 自分の能力の下降や停滞を感じ、過去との比較をはじめた以後の、 あるいは、比較する他者を持ち、優劣を感じた以後の、行動なんだと思います。 積み木って、同じ場所に何セットも置いてないものですよね。 ワンセット限りでしょう。 次の作品を作る目的で壊す場合と、2で述べるような場合の混在だと、 私は思います。 もしその積み木作品の制作場所の隣に、まだ作られていない別の積み木が何百個何千個と山のようにこんもりと置いてある状況では、どうでしょうか。 壊すことよりも、その積み木の山にまっさきに飛び込むことの方に、 子供の心は飛んでいくのだと思います。 褒め言葉の最中にはもう隣に体を移動させて、際限なくある積み木で、新しい作品を一から隣で作り始めるのかもしれません。 積み木に限らず、発達上昇しか経験したことのない子供という世代は、 過去の自分には、全く執着がないのだと思います。 2 育児書に積み木の例は読んだことがありませんが、壊すことについては、教育や心理の書物のいろんなところで出てきます。 壊す必要があって壊す場合もあると思います。 子どもが絵や作品で、自分の内面の陰の部分を表現することがあります。意識の奥にしまっている否定的な感情や押し殺している感情というものを、造形などの表現を通して吐きだし、浄化するという作用があるということを学んだことがあります。子どもは作品を壊したり、破って捨てたり、丸めて放り投げたり、塗りつぶしたり、普通に日常的にします。音楽療法や絵画療法などと同じで、人は自己表現をすることで心を整理することができるという側面が、日常的な遊びの中にもあるのだと思います。これは、子供の積み木や造形にかかわらず、大人が小説を書いたり、絵を描いたり、曲を作ったりして、それを捨てたり破ったり燃やしたりすることで、心の内面にある暗い部分を外に出し処理するというような行為にも、同じ意味があるのではないでしょうか。子供でも、無意識に、小さなレベルで、積み木を壊す行為でそれをやっているのかもしれません。
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- kyo-mogu
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積み木は集中力がいります。注意散漫な子どもは積み上げることが出来ません。ただ散らかすだけ。投げるだけ。 積み上げるのも楽しいし、また壊すのも楽しいです。それの繰り返しです。多くの子どもが褒めてもらって、また新しい物を作るの繰り返しでした。つなげるおもちゃもそうでしたね。保育所に子どもを預けて、多くの子どもを見ていましたが、その通りでしたよ。 しかし、年齢が上がるほど残して欲しいという子どもも出てきます。そして、より多くの人に褒めてもらいたいという行動に変わっていきます。年長辺りになると、壊すのがもったいないと。小さい子どもは作っては壊すの繰り返し。ただし、完成するまでに壊されると怒られたり泣いたりもします。 恐らく、成長と共に出来ることが増えて、困難なこともできるようになり、それが自覚できるようになると、残したくなると思います。 絵を描いている時も、小さいと描いては捨てる行動がありました。
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回答ありがとうございます-!! まだ子供を授かったことがないので、う~ん、どうなんだろうと思っていました。 子供はみんな積み木を積み上げられると思っていました。 >年長辺りになると、壊すのがもったいないと そうなるんですね。 困難なことの自覚というのは、なるほどと思いました! ありがとうございます★
実際に子育てをしていて感じたことですが。 「ほめればそれに満足し、壊してまた新しいものを作りはじめる。」 というのは実際にあると思います。 ただ、子供は「苦労」して作ってはいないと思います。 積み木がなかなか上手に積めないと子供は何度も挑戦します。 何度も繰り返してようやく成功すると側にいる大人に見てくれるよう催促し、「褒める」と非常に喜びます。 親から見ればその繰り返しの動作は「苦労して作り上げた」と表現できるでしょうが、本人にとっては「成功した瞬間の喜びが心地よいから成功するまで何度も繰り返した」だけに過ぎないと思います。 努力することが楽しいのではなく、「成功した瞬間、親が一緒に喜んでくれる」ことがうれしい。 「親がすごいねえと褒めてくれることがうれしい」 だから、作品そのものに対する執着はなく、新しいものを作ってまた親に「褒めてもらいたい」と思う。 だからすぐに壊して新しいものを作ろうとする。 ということではないでしょうか。 ただ、すぐに壊すかどうかはその子の性格にもよると思います。 個人差があるのではないでしょうか。 ただ男の子は「完成されたものを壊す」ことを楽しんでやる傾向が強いと思います。 まわりが「あ~もったいない!」というと余計に喜んでやります。 確かに、壊す楽しみというのはありますよね。 私(女性ですが)も幼稚園のころ、苦労してトンネルを掘って貫通させた砂山をみんなで崩す時には何ともいえない快感を感じました・・・。 2については。 見たことありません。 ただ、茂木先生が「脳は快楽を感じることを繰り返す」ということを本に書いてらっしゃいます。
お礼
回答ありがとうございます-!! まだ恋人さんと遠距離かつ子供を授かったことがないので、なんとも言えないのですが、 想像力の反意で考えるならば、 >努力することが楽しいのではなく、「成功した瞬間、親が一緒に喜んでくれる」ことがうれしい。 「親がすごいねえと褒めてくれることがうれしい」 だから、作品そのものに対する執着はなく、新しいものを作ってまた親に「褒めてもらいたい」と思う。 だからすぐに壊して新しいものを作ろうとする。 ということに大いに納得いたします。 作品ではなくて、褒められることに重点があるんですよね。 まったく育児のことわからないのであやしいことを書きますが、 年齢とともに少しづつ自立していくと思います。 そうすると作品の方に関心が移っていくのではないでしょうか。 ありがとうございます★
お礼
回答ありがとうございます-!! はい、実はこの英文の後にまさしく >それは「これよりももっと良いのがつくれる」のが、成長途中の人において当たり前だからだと思います。 子供は、今が、これまでの成長の中の最高地点ですよね、何においても、いつでも。 子供は本能的にそれを知ってるんじゃないでしょうか。 と同じような文章が続きます。 するどい観察眼ですね。 文章の展開も麗しく非常に敬服しています。 私はまだ子供を持ったことがないのでなんとも言えませんが、 まだ作られていない別の積み木が何百個何千個のご考察は面白いと思いました。 どういう展開になるかは、「個性」によるのかもしれませんね。 1セットのみだと、作り上げた瞬間に褒められ、それが永遠には続かないので、壊す作業をしてまた新たに作り上げ、反復して褒めてもらいたいからではないのでしょうか 2の内面の陰の部分を表現するという考えも面白いです。 母親の表情を見て、善悪の境界のようなものを学んでいくと思うので、多少のストレスでもあるのかな? 積み木の場合ですと、母親は嫌がらないでしょう。だからストレス発散かなあと。(大汗 難しいですね。 自分でも子供に恵まれたら実験してみたいと思います。 ありがとうございます★