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小学校の先生って、

来年度1年生になる子を持つ父親です。 ふと小学校の先生について素朴な疑問を抱きました。 ひとりでたくさんの教科を教えておられますよね。 すべての教科を十分研究し、準備し、多くの児童に細やかに指導するのはあまりに大変な仕事だと思うのです。そこで、 (1)小学校の先生にご質問…先生方はどんなことを考えながら、どんなふうに子どもたちを指導しておられるのですか。 (2)その他の方にご質問…そんな先生方の働きぶりをどう思われますか。 いろいろなお考えをいただきたいです。よろしくお願いします。

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  • ベストアンサー
  • sponta
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回答No.5

再度の回答で失礼します。 >>小学校の先生が「人が何のタメにいきるべきか」とか >>「どんな人間になるべきか」とかについて教えずに >>勉強を上手に教えることのみに専心しているようで >>これでいいのかな。と >よく分かりました。確かに先生の子に与える影響は大きいでしょうね。 >ただ、先生も完璧な人間ではない、とも思ってしまいますが。 >逆にそれだけの完璧に近い人物が先生をするべきということでしょうか。 いいえ。 そういうことではまったくありません。 人間、得手不得手があるのは当然です。 しかし、どんなことでも一生懸命やる気持ち。 そして何よりも、自分が教師として生きていることに自信を持っていることが重要だと考えるのです。 ある意味、こどもに求めるものも先生に求めるものも同じということ。 才能のない我が子はしかたない。 でも、ガンバル努力は惜しまないで欲しい。 そういうことです。 運動会の徒競争でビリッケツになっても、遅いなりに一生懸命に最後まで走ったら私は娘のことを褒めてやります。 満場の喝采の中で、ビリで走ることは恥ずかしいことです。 でも、そこでやる気をなくさないで諦めないで本気でガンバル。 そのことが貴いことだと思うのです。 教育学部を専攻した、小学校の先生になりたくてなった人も沢山いますが、 優秀な人ほど、本当は大学の先生になりたかった。 とか、研究所にはいりたかったとか、 そういう人も多々いるでしょう。 事実、一般の学部の学生が教職の免状を取るのは、つぶしがきくためですよね。 ですから、 大学のときの同級生の仲間内では、小学校の先生になったと、ばかにされることもあるでしょう。 でも、そんなことを気にしている場合ではないのです。 小学校の先生になった以上、その生活、職業をエンジョイしなければ…。 ☆ つまり、自分の人生に自信を持っていない人間が人に物を教えることはできない。 虚無感にとらわれている人間が人を指導すると、教える人間の虚無感が伝わってしまう。 私も小学2年の娘を持っています。 父親の私も、この不況の世の中業績不振で虚無感にとらわれることが多々あります。でも、そういう虚無感を娘に伝えないように努力しています。 つまり、大人たちは極力、こどもたちに明るい未来を感じさせたいと思うのです。 ☆ 私の娘の小学校の校長は、「こんな稼業を数十年もやっていますと…」と、自嘲気味に話されました。 その言葉以外にも、保護者に向って自分の職業に対して自信を持っていないということが、彼の話のそこここに見え隠れしました。 世の中に完璧な人間はいない。 だからこそ、人と接するときの誠実さ。ありのままの自分をさらけ出す誠実さ。 そういうものが重要なのです。 ピアノが下手な先生がいたら、それを隠すのではなく、「先生はがんばっているけど、なかなかできないんだ。先生にも得手不得手がある。でも、できないことをがんばってできるようにするのが大切なんだ」 と、告白することが大切だと思うのです。 ☆ マクドナルドだったら、店員さんがどういう人生を背負っているか、そんなことはどうでもいいのだと思います。 でも、学校というところは、そういうものではない。 人生を背負ってきた大人が、これから人生に立ち向かっていく子供たちに何かをつたえる。 そういう場所だと思うのです。 人と人とのコミュニケーションは難しいし、 大きな誤解を生む危険性もある。 でも、自分からコミュニケーションは避けてはいけない。 と、思うのです。 教師が学習指導に専心するのも、そのうらに、自分の人生のことを聞かれたくないという自己韜晦(隠したい)という気持ちがあるとおもうのです。 親と子の関係同様、教師と児童の関係にも、愛し愛される関係が重要だと思うのです。 そのためには、教師が自分の人生に自信を持って、子供と接する。 そのことが重要だと思うのです。 「でもしか」で教師になったとしても、教師になった以上、その境遇の中で自分を肯定して生きていくのが、教師としてのつとめだと思うのです。 その意味で、「こんな稼業…」などと父母会でつぶやく校長は論外なのです。 以上、書きすぎでご立腹されるようでしたら、ごめんなさい。 意見をかく機会を与えていただきありがとうございました。

atsusaki
質問者

お礼

spontaさん再びありがとうございます。 教師が自分の人生に自信を持つべきだという点、よくわかりました。 自分自身、小学生時代を振り返ってみても、一生懸命に何事も取り組まれている先生は好きでした。ピアノの弾けない男の先生でしたが。 逆に完璧な人間(はいないにしても)に近い、何でもそつなくこなせる先生には、できない子の思いはわからないかもしれませんね。 教師も人間だからいろいろな人がいる、そんな人たちと触れ合う中で子どもは多くのことを学んでいくのでしょう。でも、子どもたちは未来に向かってぐんぐんと伸びていく存在。だから、いつも前向きにがんばる先生とかかわるべきなのですね。 >世の中に完璧な人間はいない。 >だからこそ、人と接するときの誠実さ。 >ありのままの自分をさらけ出す誠実さ。 >そういうものが重要なのです。 という言葉が私の心に響いています。 >書きすぎでご立腹されるようでしたらごめんなさい。 いえいえ、私自身がいろんなことを学ばせていただきました。 本当にありがとうございました。

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その他の回答 (6)

  • 38k
  • ベストアンサー率7% (3/41)
回答No.7

ちなみに私の小学校1,2年の担任は良かったです。公正でした。(女性特有の欠点もありましたが・・・) 酷かったのが同学年の他のクラスの担任でした。あの人たちは多分「自分の受け持っている学級の子供は自分の物」みたいなとこがあるんじゃないですか?これは私だけの経験ですけど。運動会の練習とかで1学年が合同で行動することがあるんですけど、たいてい彼らは自分の担当学級に特に厳しかったり逆に甘かったり。「おい、自己満足ちゃうぞ」って思いました。まぁ長く接してる人間の方が愛着が湧くのは当たり前な気もしますけどね・・・・。 あと、子供が相手なのをいいことに自分を絶対に正当化します。彼らの誤解で怒られることもあります。私はそこで妥協というものを覚えました。

atsusaki
質問者

お礼

38kさんありがとうございます。 おっしゃるように、子どもは一人一人違うのは当然としても、どの子にも同じように愛情を注いでくれる先生がいいですね。 先日新一年生の保護者説明会があり、校長先生が「教師全員でお子さんを見てまいります。」とおっしゃっていましたが、それでもやはり担任の先生にすれば自分の学級の子がどうだというメンツみたいなものを持ってしまうのでしょうか。もう「学級王国」の時代は過ぎたと思うのですが。

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回答No.6

ご入学おめでとうございます。 私は、小学校教員六年目の男性教諭です。 子どもたちの前に立つときは、「しあわせ」を感じます。 これは奇麗事ではなく事実ですので仕方ありません。子どもらの「質問」「驚き」「喜び」「意見」「生意気な態度」「友達間のトラブル」子どもたちに関するあらゆる出来事に毎日向き合えることは、「教職」という立場ならではだと思います。 子どもの一日と大人の一日では、その密度に大きな差があるとよく言われます。そんな子どもたちと多くの時間を共有し、一緒に感動し、喜んだり、怒ったり、笑ったりできる立場を貴重なものだと思います。 教科指導についても、言わずもがなです。全教科について研究、準備はもちろんのことですが、日々情報について敏感にアンテナを張り、自己鍛錬をしていくことは、他のどんな職業を選んでも同様だと思います。 子どもたちを相手にしていますので、ルーティーンにはなりえず、いつも自分を磨いていくことが必要です。これは、楽しいことだと思います。 ただ、保護者との関係は難しいです。自分の意見を持つということは、反対意見も必然的に生まれますので、理解していただけない場合も、ままあります。しかし、そこで話し合いをさせていただけると必ず理解をいただける「核」になるものを持つことが肝心だと思います。今は、それを目指して日々修行しているところです。 来年度は、新一年生担任になるかも!楽しみだ!! つまりは、明るく!前向きに!プラス思考です! 子どもに「人生の喜びを体現し、語る!」これに尽きますね! こんなのん気な教員がいてもいいのかしら・・・

atsusaki
質問者

お礼

makokichi7さんありがとうございます。 教師としての熱い思いが伝わってまいりました。 makokichi7さんのような先生に受け持ってもらっている子どもたちは幸せでしょうね。

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  • halfmoon
  • ベストアンサー率33% (55/165)
回答No.4

小学校教師2年目の新米です。こんにちは。私はとにかく日々頑張っているつもりです。確かにベテランの先生方には勉強指導の面では、まだまだです。しかし、学年団の先生方と、普通は授業の進度についてや指導方法は事前に打ち合わせや情報交換をしています。週1回は必ず学年会というのがあり、そこで行事についてや授業のことについて話し合います。私はとにかく情報を集め、少しでも子供達にいい授業をしていきたいと思っています!また、他の先生には絶対に負けていないのは、やっぱり元気さでしょうか・・・運動会やクラス対抗には「クラスで力を合わせれば、何だってできる!」「いつでも全力をつくそう!」をモットーに、熱血で練習したりしてます。実際、保護者にも大変理解を得ることができており、心強いバックアップもいただいています。友達関係も大事なので、とにかく子供とずっと一緒にいられるこの職業を選んでよかったと本当に思っています。若い先生であれ、ベテランの先生であれ、真剣に子供とつきあっていける先生ならば、きっと安心されると思います。  教師をしてて思うことは、低学年はやはり保護者の存在が大事です。宿題にしろ、生活面にしろ、いっぱい見てやってほしいと思います。かなりそれが影響していると思います。  4月から楽しい学校生活が始まることだと思います!私も来年度は何年生の担任かなぁ・・・(余談です☆)あまり参考にはなってませんねーすいません。

atsusaki
質問者

お礼

halfmoonさんありがとうございます。 学年会で話し合いをすることなど、よく分かりました。 おっしゃるとおり真剣に我が子とつき合ってくださる先生なら、安心して我が子をお任せできます。 halfmoonさんもそんな先生だろうなと思いました。これからもがんばってください!

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noname#3131
noname#3131
回答No.3

小学生の2人の息子の母です。公立です。 結論から申し上げますと、うちの学校の場合は、どの先生方も精一杯努力してくださっているように見受けられます。 私はどの先生にあたっても安心できます。 勿論、色々と悪評を論ずる親もいるようですが、他人の評価はあまり気にしないように努めています。 ピアノの弾けない先生、運動が苦手な先生、面白いことばっかり言ってうけを狙う先生、昔よくいたスパルタっぽい先生、字のきれいな先生、下手な先生(←この方が割合としては多いです)、いつでも笑ってる先生・・・とても楽しい学校だと思います。先生は決してスーパーマンではありません(笑)。 私立はどうか分からないですが、とにかく公立の先生方にとっては大変な時代だと感じています。 まずは子どもたちをまとめるだけでも一苦労です。地域によっても差はあるかもしれませんが。 保護者の多様性が様々な子どもを生み出しています。昔なら善悪の判断(生活面での常識)はどの家庭もあまり大差無かったはずです。 しかし今は「このような言動を何故叱らないのか?」と思える親が非常に多いですよね。経験されたことはないですか? 小学校に上がると、それまでとは違い、子どもは親から少し距離をおき、一人歩きするようになり始めます。言うまでもなく親の目は届きにくくなる。 その時、子どもがある程度の常識を持っておれば、さほど困る事はないです。 結局は入学以前の親の躾が、入学以降のあらゆる面での重要なポイントとなっているように思えます。 先生方には過大な期待はよせていません。 家でできることは家庭で、学校でしか出来ないことは先生やお友達に任せています。 時には親と教師が協力し合うことも必要ですね。親に無理な事があるように先生方にも無理な事はあると思いますから。 この為には、親はなるべく学校に出向き、普段から先生方と少しでも接していると良い関係を築きやすくなります。 ご入学されたらPTAには積極的に参加しましょうね。結構楽しいですよ。 入学以降、「今の小学校はこんなのか~」と思えることが沢山出てくると思います。 私達の時代と比較して批判や非難をするより、自分達も教育者の一人であると認識し、親も先生も子どもも皆一緒に成長しましょう!と思えると保護者としてもなかなか楽しい子育てが出来ます。 子どもが「いい先生だ!」と思えればそれで良いと思っています。 先生で足りない部分は勉強であろうが人間的教育であろうが親が補えばよいのです。 それと先生にはどうしても完璧を求めてしまったりします(←私も以前はそうでした・・・恥)が、先生も一人の人間であります。 家に帰れば(保育園かな?)かわいい子どもが、まだかまだかと親の帰りを待っています。 「その子どもが我が子だったら・・・」といつも思います。 何かあって相談するにしても、あまり遅くならぬよう気をつけています。 お互いを思いやれる関係が築けるといいですね。 ご入学、おめでとうございます。

atsusaki
質問者

お礼

masa-pata-miyaさんありがとうございます。 いろんな先生に接して、いろいろな大人がいることを学んでいくのですね。 >とても楽しい学校だと思います。 >先生は決してスーパーマンではありません。 と思えば先生は肩の力を抜いて子どもたちにいい影響を与えるのだと思いますが、保護者の多くは先生に完璧を求めますね。おっしゃるように先生も一人の人間だと私は考えながら、先生方と一緒に子育てについて考えていきたいです。 >ご入学、おめでとうございます。 ありがとうございます。

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  • sponta
  • ベストアンサー率26% (54/207)
回答No.2

小学校の先生は、子供が世界観を形成するうえでとても重要だと思います。 つまり、先生とは、親や友達以外の初めて出会う他人なのですから…。 なのに、小学校の先生が、「人が何のタメにいきるべきか」とか、「どんな人間になるべきか」とかについて教えずに、勉強を上手に教えることのみに専心して いるようで、これでいいのかな。と、疑問に思うことが多々あります。 世の中には多様な価値観があり、ひとつの価値観にとらわれて児童に「こういう人生を歩め」なんて、恐ろしくていえないのかもしれません。 しかし、人を教えるということは、自分の価値観を人に伝えることなのです。 人に自分の価値観を押しつける勇気がないことは仕方がないことだとしても、自分自身の生き方、人生については、自信を持っていて欲しいものだと思います。 保護者面談でも、親の話を聞くばかりで、自らが理想とする教育方針を明らかにしない先生が殆どです。 彼らのほとんどができるのは学習指導方針だけのようです。 親も勉強ができるようになることを学校に求めているようですが、だったら学習塾にだけ行けばいいのです。

atsusaki
質問者

お礼

spontaさんありがとうございます。 >小学校の先生が「人が何のタメにいきるべきか」とか >「どんな人間になるべきか」とかについて教えずに >勉強を上手に教えることのみに専心しているようで >これでいいのかな。と よく分かりました。確かに先生の子に与える影響は大きいでしょうね。 ただ、先生も完璧な人間ではない、とも思ってしまいますが。 逆にそれだけの完璧に近い人物が先生をするべきということでしょうか。

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  • SHINO-BU
  • ベストアンサー率33% (97/293)
回答No.1

友人に小学校の先生ではなく、中学校の先生が降りますが・・・・。 「全ての教科を教える」については、やはり効果的かつ効率の良い教え方や授業の授業の方法は教育委員会の指導の下勉強していると思いますし、そのための教材も準備されていますし・・・。 「児童の指導」についても同様に教育委員会や先生同士の勉強会で対応を検討してるはずです。 「マニュアル」というと聞こえは悪いですが、きちんとしたマニュアルはありますし、じゃあそれをどう自分の学校では、学年では、クラスでは反映して対応していくか。きちんと勉強なさっていると思いますよ(^^) そのための勉強もきちんと大学なりで勉強してきた先生ですから。

atsusaki
質問者

お礼

SHINO-BUさんありがとうございます。 やはりそれだけ事前に研究されているのですね。 先生になる試験も難しいのだろうなあ…。

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