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ニュースや新聞などで難しい漢字を使用しないことについて
読みやすさ、伝わりやすさ重視とは言え、難しい漢字(実際にはそこまで難しくない)漢字をわざわざ平仮名で書かれると、かえって侮辱されているような気がするのですが、マスメディアのこの方針は実際に効果があったのでしょうか?
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【結論】 マスメディアのこの方針は有意義な効果があったと考えられます。 【解説】(長文ですが引用が大半です) (1) 一般日本人はさほど漢字ができない 新聞漢字表 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E8%81%9E%E6%BC%A2%E5%AD%97%E8%A1%A8 常用漢字 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B8%E7%94%A8%E6%BC%A2%E5%AD%97 (引用開始) マスメディアのほとんどは、常用漢字のほかに使用可能な漢字を独自にまたは任意に選定し、常用漢字に準用している。一般的な新聞は、新聞協会用語懇談会が示す新聞漢字表に基づき、各社で多少手を加えて、漢字使用を運用している。 (引用終り) つまり、新聞などの漢字制限は常用漢字表に準じている。一方、今や年間300万人ほども受検しているらしい「漢検」では、2級が常用漢字レベルである。 漢検 各級の程度と出題範囲 http://www.kanken.or.jp/teido/teido.html 「問題例」を見ることができるが、2級の読み・書取の問題は(ご質問者の表現を借りれば)「実際にはそこまで難しくない」ものばかりである。満点は200点で、読み・書取の配点は120点と多い。四字熟語や部首などの問題にはかなり難しいものも見受けられるが、配点は少ない。そして、2級の合格率はわずか20%台後半である(合格基準は160点程度)。 漢検の概要 http://www.kanken.or.jp/kan_towa/kan_towa.html 私の知人は、会社の命令で職場ごと2級を受けに行ったという。大人が漢検2級に合格したって自慢にもなりゃしないが、なんと知人の同僚は不合格者が少なくなかった。漢検の志願者は学生なども多いそうだが、小中学生がこぞって2級を受けたりしているわけでもあるまい。たぶんこの合格率は、日本人一般の漢字力を表しているだろう。常用漢字表の漢字さえ、ろくに読み書きできない人が多いのが現実なのである。そして、この受け取り手の実情に合わせて、新聞などマスメディアは漢字使用の制限を続けていくことになると思われる。 (2) 漢字が滅びなければ中国が滅びる(魯迅) 漢字の本家本元の中国は、20世紀に入ってもなかなか識字率が上がらなかった。劇的に向上したのは1949年の中華人民共和国の建国後らしい。文豪・魯迅(1881-1936)はもちろん漢字に精通していたが、祖国の惨状を見つめて次のように書いた。 『漢字とラテン化』(1934年) http://www.luxun.sakura.ne.jp/luxun/sakuhin/kahen/kanji.html (引用開始) この四角い字(引用者注:漢字のこと)の弊害を伴った遺産のお蔭で、我々の最大多数の人々は、すでに幾千年も文盲として殉難し、中国もこんなザマとなって、ほかの国ではすでに人工雨さえ作っているという時代に、我々はまだ雨乞いのため蛇を拝んだり、神迎えをしたりしている。もし我々がまだ生きて行くつもりならば、私は、漢字に我々の犠牲となって貰う外はないと思う。(中略) たしかに、漢字は古代から伝わって来た宝である。しかし我々の祖先は、漢字よりももっと古い。だから我々はもっと古代から伝わって来た宝なのだ。漢字のために我々を犠牲にするか、それとも我々のために漢字を犠牲にするか? これは心を喪(うしな)った気違いでない限り、誰でもすぐ答えることができるだろう。 (引用終り) 『声なき中国』(1927年) http://www.luxun.sakura.ne.jp/luxun/sakuhin/sankan/koenaki.html (引用開始) というのはその文字が、何よりもまずわれわれの祖先がわれわれに残してくれた恐るべき遺産だからです。人々は長い年月をかけても、まだ使いこなすことが難しいのです。難しいために、多くの人々はそれを覚えようとしないのです、(中略) 中国には文字がありますが、現在はもう多くの人たちとは関係のないものになってしまい、使うのは分かりにくい古文であり、述べることは古臭い考えであって、すべての声がみな過去のものであって、まるで零に等しいものであります。だから、人々はお互いに理解しあうことができなくて、さながら盆に撒き散らされた砂のようなものであります。 (引用終り) 漢字が滅びなければ中国が滅びるというのは、あえて矯激に走った一種の修辞であろう。本当に漢字を全廃したら(魯迅も)困る。また、魯迅の主張は白話運動(口語に近い文を書く)が主で、漢字制限は従かもしれない。それでも、彼のような大知識人がこうして極言したことに大きな意義がある。「漢字あっての中国ですね」などと凡庸なことを言ってたら、中国は覚醒しなかっただろう。 (3) 負担軽減の効果 日本は当用漢字表(1946年内閣告示。その後身が常用漢字表)で漢字制限を行い、中華人民共和国は漢字を簡略化した。ただし、(1)と(2)の話は直接にはつながらないかもしれない。また、(1)の「漢字ができない」の大きな原因は漢字制限だろうから、「マスメディアのこの方針は有意義な効果があった」という結論に結びつけようにも、循環論法の嫌いがある。そこで、ふたたび魯迅をひもといて学ぼう。 『吶喊』自序 http://www.luxun.sakura.ne.jp/luxun/sakuhin/tokkan/jijo.html (引用開始) というのも、薬の処方を書く医者がとても有名な人で、用いる薬の材料もとても変わったものだったから。冬の蘆の根、三年霜にさらされた甘蔗、夫婦のままのコウロギ、実のなった平地木……みな容易に手に入るものではない。だが結局、父の病は日ごとに重くなり、死んだ。(中略) その頃は経書を学んで科挙を受けるのが真っ当な道であり、いわゆる洋学を学ぶのは、進む道を失った者が、まさに魂を鬼(西洋人)に売り渡すことであると思われていて、より一層非難され排斥される、そのうえ母は自分の子供と会えなくなるのだから。しかし私はそれらのことにもかまわず、とうとうNへ行きK学堂へ入った。学堂では、私は初めて世の中には物理学があり化学があり、数学があり、地理、歴史、美術、体育のあることを知った。生理学は教えられていなかったが、私たちは木版の『全体新論』や『化学衛生論』などを読むことができた。私はまだ覚えているが、以前の医者の見解や処方は、いま私が知ったことと比べてみて、中国の医者というのは意図的にせよそうでないにせよ一種の騙りに過ぎないのだと悟るようになった。同時にまた、騙られている病人とその家族に同情を寄せるようになった。 (引用終り) 漢字や四書五経は中国文明の偉大な遺産に違いないが、その修得は中国人にとって重い負担だった。これにこだわりすぎて、自然科学や西洋医学やその他の学問にまで行き着かないこともあった。しかし魯迅は西洋医学を学んで、ご大層な漢方医も一種のペテン師にすぎないのだと悟る。(極端な言い方をするなら)漢字には多少死んでもらって、新しい学問のために学習スペースを空けてもらわないと、中国人がむやみに死に続けることになる。つまり、これは(2)の「漢字が滅びなければ中国が滅びる」につながる話である。 そして、この話は間接的に(1)にも結びつくだろう。近代から戦前にかけての日本の知的エリートは、難しい漢字も西洋の科学・文物・制度も両方修めていた。しかし、戦後は負担が軽減されたおかげもあって、エリートじゃなくても高等教育(大学など)を修めるようになる。その人数に物を言わせ、経済成長や国家社会の発展を実現していった。今の人の漢字力は、昔の人から見ると笑いものだろうが、各専門分野の知見は昔より進んでいる。 もっとも、麻生太郎の漢字力にはがっかりだ。 (4) 見栄えよりも楽なのが一番 以上述べたように、漢字制限は役立っている面もあるので、今後も「新聞漢字表」などは撤廃されないだろう。ただし、少しずつ制限を緩めて字体や音訓なども増やす傾向にあるそうだ。 新聞で「骨粗しょう症」、「し烈」、「こう配」、「漏えい」、「改ざん」、「ろ過」、「欺まん」、「ふ頭」などを目にすると、確かに見栄えが悪いと思う。しかし、新聞なんて毎日大量に読み飛ばすものだから、楽なのが一番だ。この点でも漢字制限が有意義な効果を挙げている。ご質問者は「侮辱されているような気がする」そうだが、「楽させてくれてありがたい」と感じる人も多いのではないだろうか。
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- 0120man
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なれの問題ですね。7:3に納める事の方がじゅうようでしょう。 「侮辱されているように感じる」という人は被害妄想で心がやんでいる類の人ですので、問題はgachinareさん自身の中にあるという事ですね。 いいリトマス試験紙になったと思って改善を心がけてくださいね。
お礼
あなたはもしかして僕の知り合いですか?
- lions-123
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私も、日本文化や微妙なニュアンスを伝えるのに語彙や文字(漢字・ひらかな・カタカナ・ローマ字・外国語)を苦労しながらも使う事が良いと思います。 ↓ それでなくとも・・・(個人的な自戒を含め) ◇ワープロやパソコンの利用で、どんどん読めても書けない漢字が増えている。 ◇脱文字で書籍や新聞からテレビやパソコンに時間的にも利用頻度からもシフトしており、良くクイズ番組や投稿文書で漢字が出て来ず、「習うより慣れろ」「痴呆への恐怖が現実化」が、体験上も多くなり、身に滲みて分るように成った今日この頃です。 ◇例えば、「ゆめ」と聞けば 「夢」:ドリームを連想しますが、使用するシーンや文節、意味合いからは「努」:願い叶える為に努める目標の意味から使い分ける。 その様な、意味合いのニュアンスを伝えたり、人情や季節や色彩等の機微を伝えるのに漢字は出来る限り、覚え、使いこなしたい。 ◇誤字脱字や難解で読めない、文章が堅い、外国人が日本語は難しいと敬遠する等の弊害やマイナス点があるなら、昔は一般的だったルビを、もっともっと活用すれば良いと思います。 美しい日本語、豊かな表現に→安易に短縮、ひらがな多用は大きな齟齬になるのではと危惧します。 簡潔に簡単にがエスカレートしますと、意味の取り違えや情感の伝達が難しくなったり、表現力だけでなく読解力も一緒に喪失して行く、平板なビジネス文章・例文のような物ばかりに成るのでは・・・。 私の体験でもそうですが・・・恋愛は人を優しく、詩人・作家にすると思います。 昔はラブレター(恋文)、今はメールでしょうか? 憧れ、悩み、苦しみ、喜び、悲しむetcの体験や感情の高ぶり苦悩が 漢字やその他の文字に、推敲とアイデアで、人を詩人・作家に育てたり、感動や共感を呼び起こすのではないでしょうか・・・。
- i_can
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基本的には「常用漢字」を使うことになっています。 それに一般的だが常用漢字でないものを加えて「新聞漢字表」というものが基準になっているそうです。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E8%81%9E%E6%BC%A2%E5%AD%97%E8%A1%A8
中国からの留学生なら漢字が減って却つて読み辛く成るかも知れませんが、全体として見れば読める人が多く成るのは確かでしょう。 平仮名が多過ぎると却って読み辛く成るとも思料する処で有りますが、未だ其処迄には至つて居ないのでは無いでしょうか。 ニュースや新聞は貴方の為だけに報道して居る訳では無いので、侮辱されたなどと気にせずとも良いと思いますよ。 貴方以外の多数の莫迦の為なのだと思つた方が精神衛生上良いです。 と、何時もより漢字を多めにして書いて居ります。
お礼
回答有難う御座いました。流石に此処まで漢字を多用されると分かり辛いですが、一般的に読める漢字まで平仮名にする必要は無いと思ったまでです。
お礼
うーん二級合格できるか確かに怪しいですね。見栄、というよりも平仮名が多いと幼稚にみえます。 回答ありがとうございます。