※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:九十年代以降の公立病院の変化)
九十年代以降の公立病院の変化
このQ&Aのポイント
九十年代以降の公立病院は、経営が悪化し、サービスの向上や先端医療に遅れています。
職員の態度の低下や研修医制度の変化により、質の高い先生が派遣されなくなっています。
長年の間に市民の目から、よくない医療は淘汰されたため、公立病院のあり方について意見が分かれています。
1990年代の初めのころ、市民病院で医療を受けたことがある者ですが、あのころの公立病院の経営は、今のように悪化しておらず、患者や妊産婦が、常に一杯に活気に満ちた状況でした。
しかし、職員の態度は、公務員根性に居座った高飛車で横柄な診療態度、バブルの後ぐらいで、人材も良い人が地域医療に入らないためか、特に看護職員の態度が酷かったと思います。
めったなことで首にならないせいか、患者さんを恫喝して管理することもあったように思います。
そのとき以降、私も子供も公立を引き上げてしまい、どうなったかわからないのですが、経営が悪化したのは、民間よりも遅れたサービスの向上や先端医療を取り入れるのに遅れている、職員の質の低下、研修医制度の変化により、大學の医局から、質の高い先生が派遣されることがなくなってきた、なとなど、どうやらいろいろなことがあったらしく、今は赤字経営のようです。
今、テレビで市民病院を舞台にした、「トゥモロウ」など放映されていますが、以前の市民病院を知る私は、鼻白んだ目で見てしまいます。
こういった時代の変化というのは、やはり長年の間に市民の目から、よくない医療はよくない、という淘汰が起きたためだと思いますか。
公立病院のあり方、皆さんはどう思われますか。
お礼
私の住んでいる町の市立病院でも、産婦人科や小児科が閉鎖されています。今は、少子化の影響で、産む人自体が減ったのもありますが、近所の評判を聞くと、二度目の子は私立の産科に、四人出産した家は、娘だけはここで医療を受けさせたくない、いう話を聞いたことがあります。緊急な事態が起こった場合、市立病院に運ばれていたのに関わらず、全個室テレビつきの待遇の良い産科へと、淘汰が行われたのでしょう。 私は里帰りで出産したのですが、実家の近くの市民病院は、外来では問題はなく、むしろ超音波も市立病院より出世前診断もつくような機械でよかったのですが、入院後のスタッフが、今思っても悪魔のような言動の人たちで、満足に診察もしないような酷い医療で、帝王切開でした。きちんと医学的に納得のいく診療なら、私自身食い下がることもなかったと思います。しかし、どの時点で手術に踏み切ったのか、という問いに、執刀した医師がきちんと答えられないのです。私自身、こんな病院将来はない、今に大変なことになる、当時そう思って、一ヶ月検診を終えた時点で、見切りました。その予想が見事的中しました。 医療には、医療者としての誠意や精一杯を尽くす義務があります。そこには市民に対する虚飾も何もない、礼儀もあるのではないですか。 病院経営のことは存じ上げませんが、仁や礼という東洋の哲学で大切にいわれている忠恕(真心)が、市民の医療者には欠けていたように思います。桃李、物言わずとも自ずから道を成す、良い香りのする桃や李の樹には自然と人が集まり、小道を成している。それが、現在の産婦人科の現状だろうと思います。 病院の職員に市民よりも、高い人格と志があるなら、こんな現状は起きなかっただろうと思います。マスコミは大衆を映す鏡です。決して、過大な報道ではありません。私自身、あの当時ドクハラで報道されていた内容をはるかに超える内容を経験しています。 採用された人材に関しては、市民のお荷物になるような質の悪い人材はぜひ切っていただきたいのが本音です。税金は病院の職員への生活保障やボランティアのために使われるようなことは辞めていただきたい。 血税を使うなら、市民のエリート、優れた人材に対してだけです。今ひとたび、公務員の質(レベル)に関して、一考をしていただきたい。