結論から言えば,示談の際,時計の修理が完成していたことを当然の前提としていたのなら,改めて賠償請求をすることが可能です。
逆に,時計の修理が完成しているか否かも争いがあったが,示談で,修理が完成していたものとみなした場合には,もはや請求できません。
「示談」は,通常,民法の「和解」契約に相当します。
「和解」とは,当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約束する契約です(民法695条)。
和解によって,当事者の権利義務はその内容どおりに確定しますので(民法696条),後になって,和解条項である事実について,実は和解とは異なっていることが判明したとしても,もはやその判明を理由として
相手方に損害賠償請求などはできません。
たとえば,AとBとが,ある土地の所有権をめぐって争っていたが,2分の1ずつの共有とする旨の和解をした場合,和解後になって,CからAへの売買契約書が発見されて,Aに単独所有権があることが判明したとしても,もはやAは単独所有権を主張できないのです。
しかし,後で判明した事実が,争いの対象となっていた事項ではなく,和解の前提事項にすぎない場合は,和解後に,新たな請求事由が発見された場合,錯誤(民法95条)を根拠に改めて損害賠償請求等をすることができます。
たとえば,「和解により債務者から債権者へ給付されるジャムが高級金印イチゴジャムでことを前提として和解契約をなしたところ、右ジャムが杏や林檎の混じった粗悪品であつたときは、右和解は要素に錯誤があるものとして無効である」とした判例があります(最高裁昭和33年6月14日判決)。
本件示談において,時計の修理が完成しているか否かは争いの対象ではなく,時計の修理が完成していたことを前提として,加害者からあなたに支払う内容や総額を決めるものであった場合,示談後に時計が修理できていないあるいは修理困難であることが判明したときは,改めて修理代金ないし(修理不能の場合には,)事故当時の時価に基づく時計の代金を請求できます。
【民法】
(和解)
第695条 和解は、当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる。
(和解の効力)
第696条 当事者の一方が和解によって争いの目的である権利を有するものと認められ、又は相手方がこれを有しないものと認められた場合において、その当事者の一方が従来その権利を有していなかった旨の確証又は相手方がこれを有していた旨の確証が得られたときは、その権利は、和解によってその当事者の一方に移転し、又は消滅したものとする。
(錯誤)第95条 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。