津地鎮祭事件と愛媛串料事件の論点である1.審査基準と2.政教分離の法的性格は同じ規範を採用しました。
両方とも1.目的効果説と2.制度的保障説を採用しており、この点において両者に違いはありません。
他にメジャーな論点で二つの判例を対比出来るようなものはなく、
この二つの判例の違いは、結論(あてはめ)が違うことだけだと思います。
Kaufmannさんは同じ目的効果基準を採用しているけれども、
厳格さが違うとおっしゃいましたが、
二つの判例の目的効果基準の該当文章を読めばわかりますが、
両者の基準の違いは全くないものと考えてよいと思います。
基準が全く同じであったにも関わらず、
二つの判例の結論が正反対になってしまったという事が、
政教分離の解釈の問題点につながるのだと思います。
これに関しては個人的な意見を好きに述べればいいと思います。
同じような状況下なのに結論が異なるのは、
基準を設けた意味がない(裁判官の心一つで結論が変わる)
のではないかとか、私ならそのような感じで書くと思います。
また、模範解答として、必ず入れておくべき批判点は、
日本の最高裁にいう目的効果基準は基準がゆる過ぎるということですね。
アメリカの元祖目的効果基準(レーモンテスト)と比べて、
政教癒着を認めやすくなるといった切り口が妥当かと思います。
最後に1.審査基準と2.政教分離の法的性格(制度的保障の論点)はしっかり区別してください。
政教分離の法的性格の論点は、訴訟形態をどれにするかにつながる論点です。
人権説をとれば個人で訴えることが出来るのに対して、
制度的保障説では、憲法の人権侵害とはいえないので、
住民訴訟などの客観訴訟の訴訟形態をとることになります。
これに対して、目的効果説などの審査基準は、裁判が始まって、
裁判官が実際に判断する際の基準の話です。
今回の津地鎮祭事件と愛媛串料事件との対比ならば、
政教分離の法的性格の論点は両者とも制度的保障説をとっているので、
問題とする必要はないように思えます。
お礼
遅くなりましたが切羽詰っていたのでとても助かりました! 細かい説明ありがとうございました。