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息子の遺骨の納め方(浄土真宗)
お伺いいたします。 息子(生後3日)が二年前に亡くなりました。 お骨をお墓に納めず、今も家のお仏壇の横に置いています。 しかし、周りから、お骨をお墓に納めないと、安心して、ご浄土に逝けないとうかがいました。 私自身 幼いころから、宗教教育を受けたわけでもなく、あまりに熱心とはいえない浄土真宗です。 (1)主人が転勤族のため、住まいが転々とするので、お墓を作ることができません。決まったお寺もありません。ですので、お仏壇を購入した際、お寺の人にお仏壇に念いれ?はしてもらってませんが、主人の実家の檀家のお寺さんに、実家で、拝んでもらいました。主人は次男です。 こういう家族にはお墓を作るのは、どのようにしていけばよいのでしょうか?お墓イコール家の近くといった考えであっているのでしょうか?また、決まったお寺をさがすべきでしょうか? (2)浄土真宗のお考えで、亡くなった人はどこへ行くんですか? たまに、息子は今どうしているか?誰かに抱かれて安心しているか? すごく心配になります。 人それぞれ 宗教感が違うので難しい問題だと思いますので、できれば、浄土真宗を信仰なさっておられる方、また、同じような経験をなさった方に限らせていただきたいです。 よろしくお願いいたします。
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坊さん@西本願寺です。 No.1回答者:teinenさんがご回答の通りです。 (1)浄土真宗は、お墓に執着する宗派ではありませんし、仏教は遺骨を拝むという宗教でもありませんん。「お墓イコール家の近く」といった考え方はありません。結果的に昔は人口移動がありませんので住んでいる近くにお墓があるケースが多かったというだけです。 また、浄土真宗は特に各家のお墓の必要な考え方は無く、代々お墓の無い家も多くあります(代々、本山・西本願寺の大谷本廟という合同墓所にざーっとあけてくる)。つまりある意味本山参詣が墓参のようなものです。 決まったお寺というか所属寺院はあったほうが良いですが、この点はご主人の実家の旦那寺が所属寺のはずです。転居先での代理寺院は所属寺経由で案内いただくのが良いです。 (2)浄土真宗では阿弥陀仏の「必ずすくいぞ!」という誓願(本願)に素直にお任せして、阿弥陀仏の浄土に往生させていただき、阿弥陀さまと同じお悟りをいただく仏とさせていただきます。息子さんは多くの先立った先祖やご縁の方々と一緒で、祖父母とか曾祖父母、高祖父母・・・に、わが孫、わが曾孫、わが玄孫と抱きいだかれ決して一人ぼっちではありませんのでご安心ください。 (3)いろいろお悩みで一言で言えば「ご供養」というようなお気持ちがあると思いますが、p-suke9さんがいただいた命の限り、私たち自身もいつ終わるかわからない人生であるけれども毎日を力強く生き抜いていくこと、それが先立ったお子さんへの何よりものご供養であります。 阿弥陀仏の浄土に往生させていただき、阿弥陀という無量寿・無量光の仏となったお子さんが阿弥陀仏と一緒になって、いつでもどこでも光の仏さまとしてp-suke9さんを照らして勇気付けてくれているはずです。 大安心で、力強く人生を歩んでいきましょう。 合掌
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- teinen
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浄土真宗の門徒ではありませんが,浄土真宗本願寺派系の大学で仏教学を学んだ者として回答を寄せさせていただきます。 浄土真宗の教義では,亡くなられた方(質問者の方のご子息)は,亡くなられるとすぐに,阿弥陀如来様がいらっしゃる極楽浄土に往生されますので,ご安心ください。 浄土真宗を開かれた親鸞聖人は,自分が死んだら遺体は鴨川に流して魚の餌にしてくれとおっしゃったことからも,遺体・遺骨に執着する宗派ではありません。 また,「倶会一処」と申しまして,亡くなられた方は,他の方々と一緒に極楽浄土におられると説いており,突き詰めれば,必ずしも墓を必要とする宗派ではありません。遺骨を墓に納めるか否かで,浄土へ行けるか否かが決まるものではありません。 どちらにお住まいかは存じませんし,真宗のどの派に属しておられるかは存じませんが,それぞれの本山には,同じく極楽浄土へ往生された方々と一緒に葬る合葬墓のようなものがあります。 一度,ご自分の所属されている宗派のホームページをご参照ください。
お礼
ありがとうがざいます。 きちんとお勉強なさったかたの書き込み、すごくうれしいです。 住まいは関西で、たしか、本山は西本願寺だったようなきがします。 (本山というのが正しいのかどうかもわかりませんが・・・) お墓やお骨にこだわらなくてもいいというお考えの宗教で少し安心しました。 ありがとうございました。
お礼
ご丁寧なお返事感謝いたします。 まるで、お説法を聞いているようで、心がなごみました。 主人の実家のお寺のご住職はどうも、儲け主義 って感じで、心に響きません。 亡くなればどこへ・・・と伺ったこともありますが、「わしは、この家一軒だけの、お参りではない。いそがしいので・・・」との一言。 お盆の時期だったためか・・・すごく悲しくなりました。だからそれ以来 信用できなくなっていました。 でも、amida3様のようなお答えが聞けて、ほんとにうれしいです。きっと 息子も、安心して、ご先祖様の膝のなかで、温かくだかれているでしょうね。しっかり手をあわせ、しっかり力強くいきていきます。