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一切の占い迷信を否定する生き方
占い、迷信の類を一切気にしないで生きてみようと思いました。 これまで結構この手のものに凝ってきました。どうも窮屈でした。 そこで凶だろうが吉だろうが、自分の好きなほうを選ぶという姿勢にしようと思いました。人付き合い的な慣習には反対ではありません。でも、心は内心ばかばかしいと思ってやるだけです。 こういう決意はいいことでしょうか?
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george-mさんと同じようなことを考えることがたまにあるので。 私も占いや迷信は、はっきり言ってあまり信じません。しかし 占いで一位だったら嬉しいし、最下位だったら気分悪くなるのは 確かです。 そのような決意をするということにいいとか悪いとかいえませんが、 あまり頭を痛めて考えず、george-mさんは強い意志を持っていそう ですし、その都度自分が思うままに、言い方が悪いかもしれませんが、 要領よく行動していけばいいのではないでしょうか?
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揚げ足取りのようなコメントになりますが、そういう類のものを一切信じない人間から言わせれば、いちいちそういう決意をすることが既に占いや迷信に捉われている気がしてなりません。 本当の意味で払拭できれば、決意など不要です。良いことか悪いことかを考える必要もなくなります。 例えば、歩き出すときに、右足から出すか左足から出すかをいちいち考えないことも同じです。そして善悪に拘る部分でもありません。
お礼
まだ決意しているようじゃだめですね。これを契機に、習慣化して、無意識の領域までいければと考えます。
良いとは思いますが、決意するほどの事でもない気もします。 占い、迷信は無くても困るものではありません。 ≫自分の好きなほうを選ぶという姿勢にしようと思いました。 当たり前の事なんですけどね。 それに気付いただけで良しとしましょう。 ≫人付き合い的な慣習には反対ではありません。 ≫でも、心は内心ばかばかしいと思ってやるだけです。 信じている人への態度に出ないように注意しましょう。
お礼
ありがとうございます。ほっとしました。態度にでないって結構難しそうですけどね。
お礼
占いにまどわされてますよね。私も一喜一憂しないように慣れるといいと思います。気付かれしてしまうので、気にしないようにしたいですね。