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ボランティアって何?
こんにちは。 ボランティアの活動ではなくボランティアって言葉について少し疑問を思ったので質問したいと思います。 ボランティアって簡単に言えば無償&自主的な活動ってことなんだろうけど、ボランティアを行う動機は何だっていいのですか?この前本かなんかで「ボランティアが将来探しみたいなニュアンスで捉えられてしまってる」とかいてあって私もそんな感じに思ってるなっと感じてしまいました。 ボランティア=えらい、かっこいい=評価される みたいな感じを受けてしまうのです。 またボランティアをして、何かと得たと思うのですが、得たからといってボランティアはボランティア、現実は現実といったかんじで生かせていない気がします。ボランティアをしてこう、次のステップ(?)みたいのってあるんですか?日本語が稚拙ですいません。なんとなく分かっていただけるとうれしいです。
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ボランティアと言っても、内容は多岐に渡りますから、一概には言えないでしょう。 私も水害復旧と自然保護のボランティアに参加した事があります。 どちらも明確な目的がありますから、そんなにフワついた気持ちの人はいなかったと思います。 ただ、安易にボランティアをやりたいと口にする人の中には、自分探しというか、自分が何をしたいのかわからないから人生経験としてボランティアもやってみたい、という人もいるような気はします。 ボランティアを受ける側としては、行う動機はどうあれ、手伝ってもらえれば嬉しいですから、動機は何だっていいということになりますかね。 家が土石流に埋まってる。 それを掘り出すのに、「助けたい」という気持ちであっても「良い運動だから」であっても、結果として復旧が早まれば良い訳ですから。 >現実は現実といったかんじで生かせていない気がします。 無理して生かす必要はないでしょう。 生かせなければならないと言うことはありませんから。 現実というのが何を意味するのかわかりませんが、ボランティアをしている時間も紛れも無い「現実」です。 ボランティアを「職業」と結びつけるのであれば、それはボランティアではないですよね。 あなたはまだ若い人なのでしょうか。 学生であれば、学生時代にボランティアをしていた関係の方面に就職するということも、あるかもしれないですが。
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- ogasawaraensis
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>ボランティアを行う動機は何だっていいのですか? はい。何だって構いません。 ボランティアも労働(ここでは十分な量の金品を対価として受け取るものとします)も、次のようにまとめられます。 「何らかの理由で参加することを選択し、 相手に要求されている活動をし、 金品なり謝辞なり経験なり、自身の達成感などの感情を動きなりを得て、 得たことを自身の満足とする(得られた代償が不満でも、妥協する)」 --------------- さて、本題を。 最近は学校でボランティアを強制されることがありますが、その目的は次のようなものと想像されます。 ・学校以外の社会を見せ、色々な経験を積ませること。 ・金品ではなく謝辞や経験や感情の動きが、労働の対価として成立しうると気づかせること。 ・進学時の内申欄を埋めたり、地域に学校の活動をアピールするため。 ですから、ボランティアの次のステップとなると、 ・色々な分野のボランティアを経験してみる。 ・謝辞や経験等が、労働の対価になりうると「自分に刷り込む」。 ・ボランティアをしていることを、自分のアピールポイントとして仕立て上げる。 ・ボランティアを運営する側にまわる。 などになるかと。
- KITAIKKI
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以下、ボランティアの功罪のうちの、ネガティブな個人的意見です。まず、ボランティアということ自体に胡散臭さを感じます。 もちろんこれは非難ではありません。ボランティアに情熱を燃やしている人たちには失礼かもしれませんが、ボランティアという行為にそれほどの社会的存在意義が感じられないということです。 なぜなら、巷のボランティア行為多くが、本来なら市民から税金を徴収している国や地方自治体が行うべきものだと思っているからです。 たしかに「ボランティアやってます」という言葉自体に魅力を感じて、その活動に身を投じている人たちはどこか、・・・私たちは清く正しい・・・という陶酔感を抱いている人たちもいるでしょうね。 もっともそれがいけないとは言いません。それで生き甲斐を感じているのなら、それはそれでとっても素晴らしいことですからね。 でもちょっと物事を違った方向から見てみると、そんな人たちっていいように利用されている面もあるのじゃないかなって、そう漠然と感じます。 いろんな団体や施設、それに自治体果ては国までもが、本来ならきちんと対価を払うべき事柄に、ボランティアという言葉をかぶせるだけで無償で嬉々として汗水流してくれ人たちが集まってくれるんです。こんなおいしいことってないですよね。 アメリカではボランティアというのは、進学の道具であったり、金持ちの社会還元という現実的な面を持っているのですが、日本の場合はどうも、自己満足をしたい人たちの道楽的なところがままあるようにも感じます。 そういう意味では、ボランティアをしたことによって何か自分を向上させることが出来たと思っている人たちって、とてもいい人たちだと思います。 でもやっぱりボランティア行為そのものに素直に共感できない私がいます。 主婦の人たちを見れば、「もっと他にやることがあるでしょうに、こんなところで遊んでていいんですか?ご主人やお子さんたちはほか弁で夕飯済ましてますよ」ってつい思いますし、若い子たちを見れば「仲間ごっこはいいけど、そんなことより自分の将来のためにもっとやるべきことがあるでしょう。自分の祖母や祖父をそんなに大事にしたことありますか?」なんて目で見てしまいます。 以上は私の個人的な関係者の実話なんですが…。 きっとたくさんの方の心証を悪くさせたかもしれませんが、まあ、こんなひねくれた人間も世の中にはいるということで、どうかお許しください(笑)
お礼
なんとなくわかるきがします。 どうせやるなら小さいことよりでかいことをしたらその分達成感も多く得られるし楽しいし…でも小さいことをないがしろにするのはよくないですよね。 いろいろな意見がいただけで、いろいろ考えさせられます。ありがとうございました
- kernel_kazzz
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なんだろうね。そんなに構えて考えた事無かったら。 興味を持った活動をやってみたいからやってみた。 世間一般ではそれを「ボランティア」と呼んでいた。 そんな感じ。 活動している人間の多くは「ボランティアをやりたい」と考えてません。 その活動を知った時「それをやってみたい」と思ったから参加している。 「何かボランティアをやりたい」あなたの言うところの「将来探し」の人もいましたが、大抵長続きしないんですよ。 そりゃ、そうですね。元々、興味も何も無くて来てるんですから。 ボランティアをして何かを得る、というのは人それぞれです。 たとえば、私は障碍者問題で長年ボランティアしてきましたが、得たものの最高のものは人脈でしょう。 良き友人であり、良きアドバイザーとして、様々な年代・職業の人たちと、良いお付き合いをしています。 長い人だと、もう25年以上のお付き合いですね。 仕事のパートナーもボランティアで知り合った人です。 ボランティアを特別なものだと考えるから、現実と一線を引きたくなるんじゃないでしょうか? ボランティアに関わっている時間も自分の現実の人生ですよ。
お礼
ボランティアを特別と考えていた気がしました。なんかボランティアと言う名が付いているのだから単にやってみたいだけじゃ駄目なのでは?と思ってたきがします。私は前に植林をしたのですが、環境問題って身近なことからおきてることだし小さいことからできてない気がするのに植林?しかも日本飛び出しちゃってたこともあり順番逆だよなと自分では思ってたんです。 興味はあるので之からも何か参加していきたいと思います。ありがとうございました
- ioaaaoa
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ご指摘通りの、個人の満足の問題です。否定することは出来ません。その価値観に賛同するのもしないのも、個人の問題。しかし有償で活動するのが当たり前と思っている人間には。無償奉仕活動は理解できないと思います。
- abcdsfg
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自分なりに言うと、社会に役立っていると思っている自己満足的な活動だと思います。 ボランティアを否定はしませんが、えらいとは思いません。この人たちがんばってるなぁ~って感じで眺めてます。 ボランティアは自己満足の世界なので、評価のしようがないと思います。自分がやりたいようにやればいいと思います。 八百屋さん、魚屋さん、お肉屋さん、農家の皆さんの方がえらいと思っています。なくてはならないのはこちらの方々だと思います。
お礼
なるほど。 確かに義務ではないのでやりたければやるでかまわないんですね。ありがとうございます
お礼
前参加したボランティアの内容が環境問題に関することで、実際活動として植林をして、森林伐採の問題について考えたりしたわけですが、家に帰って紙や割り箸などみて、これのために木が切られているのかと無駄遣いはいけないなっと思ってもやたら豊富に有るのでそういう気持ちも忘れてしまい、たまに思い出してこれじゃあ意味ないのではと思いつつも… こういうことが現実として生かせてないってことなんですが、難しく考えすぎかな。 まだまだたいしてボランティアしたわけでもないので、これからもやりたいことやっていきたいとは思ってます。ありがとうございました