なんで歴史は垣根が低いのか?
なんで歴史は垣根が低いのか?
歴史というのも当然一つの立派な学問です。
しかし他の学問より垣根が低い気がします。
書店に歴史の本として並んでいる著作には、全くの門外漢の人のものが少なくありません。
もちろん他の学問、数学でも天文学でもアマチュアの研究者というのはいます。
しかしそういう学問におけるアマチュアとは、それを専門の仕事にはしていないという意味
であって、基本的な知識手法を心得ていない「素人」を意味しませんよね?
光年とパーセクの区別をしらないでは、アマチュアでも天文家は名乗れませんよね。
しかし歴史だと、たとえば史料批判の手法とかが曖昧だったり、時代考証や用語が間違っている
ようなものでも、しばしば立派にその分野の著作として通用しています。
(全部が全部そうだとは言いません)
別に明確に間違った事は書いてなくても、さほど学問的に厳密だったり専門的でない本が、歴史の棚では大半を占めています。
これって逆にいえば、歴史とは読む側がそういう事に詳しく専門的な知識を持っていなくても、興味を持つと言う事でもありますよね?
数学なら知らない人はふつう興味も持ちません。
また、もっと専門的な論文であっても歴史の分野ではしばしば、経済学とか医学とか別の分野の
学者が書いたものが、高い評価を得ることがあります。
(それが悪いというのではありません)
一般世間レベルでも、こことかヤフー知恵袋の回答者になるのにも、垣根は他より低いように思います。
(自分自身も含めて)
総じて歴史は本書いたり説を立てるにしても、それをあれこれ論じるにしても、どうして他の学問より垣根が低いのでしょうか?
お礼
有難う御座います。 切るだけでいいんですか?それならすごく楽です。 中で根っこが入り組んだりはしないですかね?