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「ジョニ黒」の謎
海外旅行が自由化される以前の話ですが、なぜ、ジョニーウォーカーの黒があれほど持て囃されていたのでしょう。 当時、海外に出る場合、酒としての土産はほとんどジョニ黒だったような気がします。たしか、サザエさんにも、長谷川先生の外遊の際のエピソードで「おっ、ジョニ黒ですな」というのがあったと思います。 実際、昭和42年、商社にいた叔父が海外出張したとき(一族郎党で羽田に送迎した)の土産も、年長の父にはジョニ黒、年下の叔父にはジョニ赤でした。 現在では、私でも、ジョニーウォーカーより旨いと思うウィスキーは十指どころではなく数えられますが、当時は情報がなかったんでしょうか。 また、その中で、ジョニーウォーカーが突出したのはなぜでしょう。
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- aoba_chan
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ジョニーウォーカーだけが突出して、ではないと思います。ただ、マッカランなど今はメジャーなウイスキーがあまりなかったからです。ジョニーウォーカー=外国産ウイスキー、みたいなイメージがあったんですね。ジョニーウォーカー自体、赤と黒、ぐらいしか区別なかったですし(本当はもっといっぱいありますよ。念のため)。 で、なんで外国産(スコッチやバーボンなど)のウイスキーが高かったか。昔は今と酒税がぜんぜん違ったんです。 古くは1953年にできた酒税法により特級、一級、二級と区別されていました。これはアルコール度数で区別されていて、特級は43度以上、一級は40度以上43度未満、二級は40度未満となっていましたが、外国産のウイスキーはほとんどが特級ということで、酒税の格付けが一番上だったんです。だから高かった。 この特級云々がなくなったのは1989年の酒税法改正で、ここからある程度、洋酒が安くなり、1997年にさらに外圧によって引き下げられたという経緯があります。だから今は安いんです。 つまり、酒税が高かった原因で、お酒そのものはもともとそんなには高くないんですね。前述のマッカランとかは、今でも種類によってはそこそこ値段張りますが、それに酒税がかかってもっと値が張ると、もう庶民には手が届かないわけで、そんな酒をもっていても誰も知らないから自慢にならない、ということでジョニーウォーカーが有名になったのでは。
まず、アレは昔から大量生産だった。桶買いの会社ですから。 そして、敗戦時、米軍がよく飲んでいた(バーボンは少なかった) 当然横流しが発生。統制の時代だから、国産のはほとんどなく、 手に入る高級ウイスキー=ジョニ赤が成立。 海外渡航出来るようになると赤より高級な黒が有名に。 あと、若干考えるに、あのスモーキーさの無さが好まれたという 点もあるでしょうね。田中角栄氏の愛飲した(吉田茂のパクリで すけど)ということで、パーが流行りましたけど、全体的な感想 としては、焦げ臭い、という評価が多かった様です。 あと、蛇足ですが、旨いマズイは如何でしょう? 口に合う、合 わない位が宜しいのでは?
- cat_cat
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毎年の輸入量が決められていた時代だったから希少価値からだと思います。 我が家も一度お土産で貰ったら出入りの酒屋さんが「売ってください」と言って事情を説明してくれました。
補足
知りたいのは、なぜ、ジョニーウォーカーが突出したからなのです。 スコッチであれば、ウスクベーとかグレンなんたらといった、今で言えばおいしいのがいろいろあるのに、何故、(はっっきりいえば)凡庸な味(Olad Parrより旨いと思いますか)のジョニーウォーカーがあれほどのブランドになったか何ですよ。