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作文の本に理解できない表現(事あるごとに、という)
私は中国人で、日本語を勉強しています。文章が上手く書けるように、作文の本を読んでいます。理解できない例文があるので、質問させてください。 1.「僕の心の中に、小さいな種をまいてくれたのはだれであったか、それは今ではさだかでない。それは事あるごとに、生活の芸術化を説いていた中学の先生であったか、あるいは、日本の住宅史を研究しているという母校の先輩であったかー。」 「事あるごとに」の意味がよく理解できません。意味を変えずに、ほかの言い方に書き換えていただけませんか。 2.私が書くとすれば、「日本の住宅史を研究しているという母校の先輩」の一文は、たぶん「「日本の住宅史を研究している母校の先輩」と書いてしまいます。「という」の有無は、ニュアンス的には違いますか。 3.「衣食住というように、住は人間生活の基本問題である。」 ここの「というように」の意味と使い方がよく理解できません。「『源氏物語』という本」のように、「という」の後ろに直接具体的な名詞が来るなら楽です。(ちなみに、質問2の「という」は「『源氏物語』という本」と同じような使い方なのでしょうか。) また、質問文に不自然な部分があれば、ご指摘いただけないでしょうか。宜しくお願い致します。
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私は専門家ではないのですが、日本語の美しさを愛する者です。 私が考える日本語の美しさは、修飾語の多様性と曖昧な表現(読み手に色々な想像をさせる)です。 1.「折に触れて」と言い換えられると思います。 「中学の先生」は「生活の芸術化」を持論としていて、生徒にそれを理解させようと、少しでも関係のある話題・事件がある度に「生活の芸術化」を説いていた。 この文から、「僕」はこの先生の言葉を耳にタコができるくらい聞かされていたことがうかがえます。 2.「という」は伝聞ですね。 先輩が日本の住宅史を研究しているということを、「僕」は直接知らない。 先輩から「私は住宅史を研究している」と聞いたか、または共通の知人から「彼は住宅史を研究している」と伝え聞いたか。 「住宅史を研究しているらしい母校の先輩」でも似た意味にはなりますが、「らしい」は推測の意味が強いので、疑っているような感情が入ることがあります。 「という」は間違っているかも知れない情報を、きれいに曖昧にする言葉でもあります。 「日本の住宅史を研究している母校の先輩」とすると、断定的ですね。確かな記憶、という印象です。 元の文章の流れからすると、「僕の心の中に、小さな種をまいてくれたのはだれであったか」忘れてしまったんですよね。 この、記憶に霧がかかったような、曖昧な記憶を思い起こすのに、「そういえばあの先輩は日本の住宅史を研究してたんだったかな」と回顧しているのでしょう。 3.「『源氏物語』という本」は、「という(名前の)本」。 具体的な名前が続く場合は、後に(名前の)が省略されています。 「衣食住というように」は、「(世間一般の人々が)衣食住と言うように」。 後に続く「住は人間生活の基本問題である」が筆者の主張したいことで、それを強調・肯定するために、多くの人が賛同する言葉(昔から言われている言葉)を前に述べます。 別の例を挙げると、 「畑の肉というように、大豆はタンパク質が豊富です。」 「大豆という豆は、タンパク質が豊富です。」 また、質問2の「という」は伝聞、「『源氏物語』という本」は(名前の)が省略されているので、少し違うと思います。 中国語で説明できないので、わかりにくいかも知れませんがお許しください。
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1. 「事あるごとに」は「折に触れて」と書き換えられると思います。、 でも、「事あるごとに」はむしろ、「いちいち、うるさいくらい」と少し、ネガティヴな感じがします。それに比べて、「折に触れて」は「いつもいつも、話してくれた」と、感謝の気持ちが感じられます。 意味としては、「機会がある毎に、たびたび」とか、「いつもいつも」という意味ですが、筆者のニュアンスで、「事あるごとに」を選んだのでしょうね。 2. これは、「伝聞」ですね。「人から聞いたのだが、その先輩は日本の住宅史の研究をしているそうだ」という意味です。自分では確かめてない、確信はないという意味を含んでいます。 3. 「衣食住というように」=「衣食住という言葉があるように」とか、「衣食住という言葉が示すように」「衣食住という言葉通りに」と書き換えられると思います。 この場合は「衣食住」という言葉の例を挙げて、筆者の考えが普遍的なものだと主張したいのだと思います。 「という」の後に直接具体的な名詞があるとわかり易いということですが、この場合、 「というように」「という」「よう」「に」と分けて見てください。 「よう」は「様」です。「~ふう」「~みたい」の意味です。 最後に格助詞の「に」がついています。 「というように」はこのように(←この「よう」も同じ!)「というふうに」のように(←また使ってしまった!)状態を表す言葉で、ほんとによく使います。
お礼
いつもお世話になっております。お礼が遅くなりまして申し訳ありません。 ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。大変参考になりました。 本当にありがとうございました。
- erista
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1.「事あるごとに」 私ならば「節目節目に、その都度その都度、何かある度に」といったところでしょうか。 質問者様が省略された文章に述語があるのでしょうか? 2.だいたい皆さんが仰っているとおりだと思います。 この文章の筆者は「生活の芸術化を説いていた中学の先生」をある程度知っていますが、「日本の住宅史を研究しているという母校の先輩」のことはあまり知っていないようです。 3.まったく同じではないかもしれませんが、ほぼ同じ意味でいいかえるとすると 「衣食住というように」=「(人々によって、一般的に)衣食住と言われている様に」 「『源氏物語』という本」=「(人々によって、一般的に)『源氏物語』と言われている本」 既にNo.3さんが指摘されているように「というように」は「という+ように」ですね。
お礼
お礼が遅くなりまして申し訳ありません。 ご丁寧に教えていただき誠にありがとうございます。1に文を省略しませんでした。「~であったかー。」で文が終わりました。続いている文は「しかしその種はやがて芽を出し、成長し、今では枯らすことも、抜き捨てることも出来ない存在となった。」です。「事あるごとに」のニュアンスが納得できました。2と3もとても参考になりました。 本当にありがとうございました。
No.4の回答を書いた者です。すみません。誤字がありました。 「芸術家」→「芸術化」です。 失礼しました。
お礼
再びありがとうございます。了解いたしました。
他の方の回答と類似しますが、例は多いほど良いと思いますので、参考までに書いておきますね。 1. 「彼は、生活の芸術家について語る機会があるといつも...」と置き換えるとわかりやすいでしょうか。日本語での「事」は、英語での「event、chance」に相当する場合が多いです。 2. これは、別の方も書かれているように、断定ではなく、人から聞いた、というニュアンスを表現する場合に使う言葉です。ですが、日本人はあまり物事を断定せずに言う傾向がありますので、実際に「聞いた」わけではなくても、推測でモノを言う場合でもこういう書き方をすることがあります。 3. この「というように」は、「衣食住と良く言われるように」と言い換える事も出来ると思います。英語なら、「As they say...」という表現に近いかもしれません。広く知られている物事を話題に取り上げる場合に使います。
お礼
いつもお世話になっております。お礼が遅くなりまして申し訳ありません。 ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。「事あるごとに」のイメージをつかまえられるようになりました。2と3もとても理解しやすいと思います。いろいろと大変参考になりました。 本当にありがとうございました。
こんばんわ、なるべく解りやすようにお答えします。 1.「事あるごとに」は「何かあるごとに」という意味です。つまり、よく言っていたということです。 2.この場合の「という」は伝聞を意味します。あなたのように書くと、先輩が日本の住宅史を研究していることを筆者自身が知っていることになりますが、例文では筆者自身は知らず、人から聞いたという意味になります。 3.この「というように」は「という」と「ように」に分解されます。「ように」がくっつくことによって、「~という」例を挙げているのです。 大体こんな感じで解るでしょうか?
お礼
お礼が遅くなりまして申し訳ありません。 ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。理解しやすいと思います。大変参考になりました。 本当にありがとうございました。
1.「事あるごとに」というのは「物事が起こる度に」という意味です。つまり「僕の心の中に、小さいな種をまいてくれたのは誰であったか、それは今では定かでない。それは全てに於いて、生活の芸術化を説いていた中学の先生であったか、あるいは、日本の住宅史を研究しているという母校の先輩であったかー。」と言う風に訳すのべきでしょう。 2.「という」は「叫作(jiaozuo)」に近いと思います。そして「~らしい」という意味が加わります。「日本の住宅史を研究しているらしい母校の先輩」という訳が適切でしょう。難しいですが、ご理解していただければ幸いです。 3.これは「~だと言う様に」です。つまり「~と多くの人が言う(の)通りに」と理解していただきたい。「衣食住と皆さんが言う(の)通り、住は人間生活の基本問題である。」という訳がいいでしょう。 もし疑問な点があれば、また教えてください。
お礼
お礼が遅くなりまして申し訳ありません。 早速のご回答ありがとうございます。参考になりました。 本当にありがとうございました。
- bari_saku
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こんばんは(^^) それぞれを、別の言い方に置き換えてみました。 1)「それは事あるごとに、生活の芸術化を」 →「それはいつも、生活の芸術化を」 2)「日本の住宅史を研究しているという母校の先輩」 →「日本の住宅史を研究していると聞いたことがある母校の先輩」 3)「衣食住というように」 →「『衣食住』という言葉が指すように」 (重要なことなので「衣食住」というように、その事柄を端的に表す単語があるのです)
お礼
いつもお世話になっております。 ご親切に教えていただき誠にありがとうございます。別の言い方に書いてくださり、理解しやすくなりました。「というように」について、以前使っていた教科書でもう一度確認してきます。大変参考になりました。 本当にありがとうございました。
お礼
お礼が遅くなりまして申し訳ありません。 ご丁寧に教えていただき誠にありがとうございます。とてもすっきりしました。 本当にありがとうございました。私は日本語の美しさに感心させれれます。これからもよろしくお願い致します。