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人は何の為に生き続けるのだろう?
題名を見て何言ってんだこいつはと思った方もいるかもしれません、変な質問ですいません。今年27歳になりました会社員ですが仕事に追われ忙しい毎日を送っています。そんな生活のなかで最近ふと疑問に思いました。仕事が楽しいと感じる人も中にはいるかと思いますが、大半の人が仕事上、人間関係のストレスに終われ、生活していくために仕事をするという形で、出来ればもっと自由な生活が出来れば良いな~と思うのではないかと感じます。(自分もその一人です)将来は今までの経験を生かして独立してやって行きたいと思い現在勉強中ですが、なぜ、人はこんなに苦労してまで生きようと思うのだろうと疑問に感じたのです。あっ勘違いはしないで下さいね、人生あきらめるとかって言うのとは違いますから。生きる喜びとか幸せとか人それぞれですが色々な方の意見を聞けたらな~と思いますので難しい質問ですが良かったらお願いします。
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地球上の生命体の一つだからです。 地球に存在する多様な生命体は、個々の存在が目的であるということよりも、最終的には地球の環境を維持するための役割を与えられています。 役割を遂行するために、それぞれの生命体は生存をかけて努力します。 人間だって同じことです。 個人の主義主張など、人間という『種』を保存する意義に比べたらちっぽけなものです。 あいだみつをさんの詩に「いのちのバトン」というものがあります。 自分の祖先を二十代遡ると、百万人になると読んでいます。 百万人のうちの誰か一人でも、命のバトンの意義を無視したら二十代後の自分は存在しません。 生命が『種』を保存しうるためには、保存に害となる行為は行ってはならないはずです。 その一つが、「人は何のために生きるのだろう」と疑問に思うことです。 疑問に思うということは、自分が人として果たすべき役割を認識していないことになります。 学校では、経済至上主義に基づく学問が主流ですから、一般の教育を受けた方々は知識として身に付けていなくても仕方がありません。 難しい問題ではありません。単純明快な問題です。 しかし、多くの方がその意識すら持ち合わせていないので「特殊な考え方」と受け止められてしまいます。 しかし、時間の問題でしょう。 人間だけが自分のために生きているなどという妄想を抱き続けては、地球環境が破壊されてしまいます。 もうすでにかなりの破壊が進んでいますが、このまま「今の人間の思考」を続けていけば、先に待っている破滅から逃れる術はありません。 二十代先の子孫に胸を張って自分の行動を自慢できますか? 限られた資源を自分のためだけに使いきってしまった愚行をなんとお詫びすればよいのでしょう。 発想が自己中心的である限り、この問題は難しくなります。 しかし、思考を『他者中心』とした場合に答えは簡単に得られます。 思考の矛盾に気がついていないだけですね。
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- kashima_antlers
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簡単です。死ぬのが怖いからです。
お礼
その為に生き続ける、確かにそうですね。僕の同僚で自らそれを選んだ人がいました。その時の本人の気持ちを考えたら何とも言えないくらい勇気のいることだったと思いますが、その勇気があれば生きる勇気を持って欲しかったです。自分自信が死ぬ事よりも周囲に与える悲しみを肌で感じ一人の人間の大きな存在に気がつきました。ご回答有難うございます。
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お礼
お忙しいなかのご回答有難うございます。rakkiさんのお答えを読み反省する事がいくつも出できました。自分の考え方はまさに自己中心的でした。他者中心的考えが出来る大人となるように今、この時点より発想の転換をいたします。そう考えますと、政府の取り組む環境問題、資源問題に対して今までは「良い事言うな~自然はやっぱりきれいだからな~」といったような楽天的な考えでしたが、改めてその重要性を知りました。個人の利益に走りがちなこの世の中(私もそのひとりでしたが)個人個人のモラルもとてもたいせつですよね。 PS:相田みつおさんの作品私もとても大好きです。