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学童保育の問題点
私は大阪の福祉系大学に在学中の4回生です。 ただいま卒業論文を作成中なのですが、テーマは 『国と利用者の学童保育に対する課題点の相違』です。 簡単に言うと、国が考えている学童保育の課題と実際に学童保育を利用している方の思っている課題、問題点にどれだけ違い、ズレがあるかということです。 そこで、今学童保育に対して思っている率直な意見や不満点をおきかせください。 実際に利用している方やそうでない方、また専門家のかたでも意見をいただけると光栄です。
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以前2年間学童保育の指導員として働いておりました。卒業論文の内容とずれるかもしれませんが、私が考えていた問題を書かせていただきます。 私は市の臨時職員という立場で19人の小学生1年生から4年生を指導員1人という形で見ていました。20人から指導員2人体制になるとのことでした。勤務時間は授業日は12時から18時、学校の長期休暇中は9時から18時。指導員の休憩時間はうち1時間とのことでしたが、指導員1人でしたので休憩なんてできませんでした。授業日は勤務時間が短かったからよかったのですが、長期休暇中はたまったものじゃありません。時給は850円。職員は教員免許か保育士免許を有するもののみですが、正規職員はなく、臨時職員のみの採用であくまでも「アルバイト」的雇用でした。 どこの市であれ似たようなものだと思うのですが、学童保育の存在意義を市や県、国がいかに軽く考えているものかと思えてなりません。 学童保育の指導員は、教員であり、親代わりであり、児童の安全を守りつつ教育的、保育的指導を行っています。とても尊い仕事であったのですが、これ以上待遇の向上が期待できないと思い、私は退職しました。待遇が悪いというのは、市や国がその職業をおろそかに考えているといっていいものと思います。私が勤めていたのは5年前なので、現在ではだいぶ改善されたものとは思いますが、大変なご苦労の中で、現在も勤められている指導員が多くいることでしょう。 また私の市では、学童保育を、児童センターのような形で大きくして、登録制でなく、いつでも多くの子どもを受け入れるような形にしようとしています。そのことは職員の中では疑問視しています。職員の数を減らして子どもの人数は増えるという、子どもの安全面でも教育面でも、また職員の負担の面でも、逆行しているものと思われます。これが全国的な動きかはわかりませんが、子ども一人一人を十分にケアすることができなくなるのではないかととても心配です。 とりとめもなく書いてしまい、卒論には役立たないような気がしますが、どうぞ研究の方がんばってください。
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- cha-suki
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福祉系大学院生です。 まず、様々な学童保育の定義、歴史を調べて、 国、学童保育所、利用者のそれぞれの立場ごとにどのように考えているのか、箇条書きでも書き出してみると論点が絞れると思いますよ。 yuumidoさんが自分として納得できる「学童保育」の定義付けだけで結構大変だと思うので、例えば、職員とこどもの職員比についてはどう思いますかなど、具体的に質問してみるとさらにいい回答がもらえるのではと思ったりします。
- ojasve
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#1の方同意見の保護者です。 保育園や幼稚園、あるいは学校などは、その運営要項などが、法律によってかなりきっちり決められていますが、学童保育はそのようなものが、なく、自治体レベルでも極めて陳腐なものしかありません。 さらに、#1の方がおっしゃるように、職員の待遇はひどいものです。中には、社会性や熱意のある方もいらっしゃいますが、やはり条件が悪ければ、それなりの人材しか集まらないのも事実です。 また、児童館などに入っている場合、学校から遠く、安全性や体力的な問題があり、さらに、児童を詰め込んでいるため、施設が狭い、戸外で遊べないなど、悪劣なところも多いのです。学校に併設の場合は、学童に通っていない児童の居場所は?という意見も聞かれます。 全ての対応において、保育園から学童保育に上がった保護者からは、大きなギャップが感じられます。 論文で、「国と」とありますが、私は専門でないので、「国」の考えを目にしたことはありませんが、まずは待機児をなくす、箱をつくる、といったことは考えていても、そこで過ごすこどもたちの気持ちには考えは及んでいないと思います。 最後に、このような論文を書くのに、この掲示板ではあまりにも情報が得られません。自分で足を運んで学童保育を覗いたり、ボランティアしたり、図書館でこれに関する本(冊子なども出ています)を読んだり、保護者たちのホームページなどを読んだり、保護者の会を覗かせてもらったり、もっと良い方法がいくらでもあります。