経営の尺度が収益であり、褒章の原資が収益であるという前提をおきます。
営業マンが売上報酬としてインセンティブを売上%で受け取る場合には、目に見えるので簡単です。ところが、営業以外の職種でこのように収益貢献度を結びつける計算するのが難しい。また、短期収益獲得のためだけに行動してしまう弊害がでる。(アメリカの短期成績主義がわかりやすい例。)
収益後にクレーム損失が出た場合など、ライフサイクルでの収益貢献を見るべきだが、それでは長期間経過後でないと収益貢献度がわからない。でも、その最終評価時点までにその貢献実績を記録するすべがない。メンバーの転属や組織替えなどが記録不能の原因となる。そこで、1年以内の作業評価が実質的な運用限度だが、上記理由で適切な評価ができない。その時の運不運だけで評価せざろうえなくなり、長期に渡る活動を評価する機会が少なく、短期で結果を出すパターンにくらべ不利になる。短期で成果を出そうとするので、チーム間の利害調整に手間がかかる。利害調整が必要のないチームや個人ほど成績が良くなる。
以上の行動の積み重ねにより、”その場しのぎ的行動”の増加からくる品質低下が増加し、長期展望に基づく活動意欲は減退する。
全体としては、「人間の仕事結果を評価するのは非常に難しく、適切な尺度や汎用的方法論がいまだにない。」というのが実態です。少数の会社のみ成功例とされているが、ライフサイクルコストまで含めた正しい評価が出ているとは思えない。
評価ができたとして、その収益配分でも問題がでる。個々人の評価を積み上げると、収益原資をこえてしまうのが通例。すると相対評価とせざろうえないが、優劣順位をつけることが無理難題であり、結局は社員全体のモラル低下を呼ぶ。また、成績のよいグループに所属するだけで評価が高くなったり、評価分母の違いにより、同じような成績でも評価に差が出てしまう。
原資配分を均質化すれば優秀社員のモラル低下を起こし、傾斜配分を強めれば、中堅社員のモラル低下を招く。
現実に見えている部分は、このようなところでしょうか。
”アリ”の集団では、10%ほどのエリート”アリ”とその他一般”アリ”に分類できるそうです。この集団から劣勢のアリを間引きしても、結局は優秀なアリのうちのいくつかが脱落して、もとの比率に戻るそうです。成果主義も”優秀アリ”だけの精鋭化を目的とするのは幻想と考えるべきものと考えます。
社員コストをどのように正しく評価するかという技術がいつの日か完成すれば、正直(インチキをしないという意味)かつ貢献した者が高い評価と見返りを得るという図式が成り立つであろうと思います。すると優秀な社員になるべく、社員モラルが向上し営業成績・品質の向上がなされるものと期待されます。(永遠の課題なのでしょうが。)
お礼
申し訳ありませんがまとめてお礼とさせていただきます。 成果主義というと効率的といった漠然とした考えしかなかったのですが、みなさんの返答を読んでいくうちに単に効率的というだけでなく、その細かな部分まで理解することができました。また短所についてはあまりこれといって思い浮かばなかったのですが、以外といろいろあることがよく分かりました。 どうもありがとうございました。